第31話 ラストバトルはデートにて

 決戦の日は、すぐにやってきた。

 日曜日。

 俺は、市内で一番栄えている街の、駅前の広場で聖奈を待っていた。

 辺りには、俺と同じように待ち合わせをしているのであろう連中がぞろぞろいるのだが、聖奈の姿は未だに見えない。

 約束の時間までまだ余裕はあるのだけれど、俺は落ち着かない気分でいた。

 元々、俺は、地元で聖奈と待ち合わせてからここへ来るつもりだった。

 ここまでは、電車を乗り継がないといけない。

 聖奈は見た目はアレだが小学生だ。

 一人で来させるには大冒険だし、ちょっと心配だったから。

 悪いやつに騙されてホイホイついていっていないだろうなぁ、などと不安を覚えながらも聖奈の到着を待っていると。


「丘崎さん!」


 聞き慣れた声がすると同時に、後頭部にふんわりと幸せな感触がした。

 振り向くまでもなく聖奈のもので……ていうか恒例のおっぱいクラッシュのせいで振り向きたくても振り向けねえ。


「すごいんですよー、聖奈はじめて一人で電車乗っちゃいました! ほめてください!」


 聖奈は俺の頭に乗せたあごを、ぐりぐりとする。

 改めてその身長差に憂鬱になる。


「そうか、よくやったな」


 だが、今日は憂鬱になってばかりもいられないのだ。

 聖奈のため、俺のため、そして結果的にお膳立てをしてくれた葉月のため……俺は、このデートを何の進展もなく無駄に過ごすことはできない。

 俺が褒めたタイミングで、聖奈はようやくバックハグ攻撃から俺を解放してくれた。

 そうして振り返ったとき、俺は聖奈がこの日のために用意した勝負服を初めて目にする。

 聖奈の艷やかに輝く長い黒髪は、この日はふんわりとしたお下げのようになっていて、毛先がふんわりゆるく巻かれていた。

 花柄のレーストップスに、黒いスカートは、聖奈の体型に絶妙に合っていて、小技も効いていた。


「これ、お母さんが今日のためにぜんぶやってくれたんですよー」


 聖奈は誇らしげに胸を張った。

 いつにも増して眩しい笑顔に、俺は直視できなくなっていた。

 なに照れまくってるんだ俺は。

 相手は小学生だぞ!

 もっと年上らしくしろ!

 俺の中ではすっかり要注意人物と化していた、未だ見ぬ聖奈の母親。

 この日は別のベクトルで、聖奈の母親を非難したい気分だった。

 あの野郎(面識はない)、なんてことしやがる!

 ここまでクソ可愛らしく仕上げなくていいんだよ!


「丘崎さん、きょうの聖奈はどうですか?」


 聖奈はくるりと回り込んで、俺の顔を覗き込む。俺がちっとも感想を口にできないからか、どことなく不安そうだった。


「丘崎さんはこの前、聖奈を小学生扱いするので、それっぽく見えないようにってお母さんに頼んだんですけど」


 なるほど。これほどまでに気合が入っているのは、『バンジャマン』での俺の発言のせいでもあるってことか。

 ふざけんなよ、過去の俺……!


「い、いいいいんじゃね?」


 なんということでしょう。ろれつが回らなくなっている。


「えー? それだけですか? これでもけっこう時間かけたんですから、もっとほめてください」


 不服そうにする聖奈は、俺を横から抱えてぐいぐいする。俺のこめかみが聖奈の胸を押しつぶしてしまっているが、不可抗力だ。


「いや、今ので精一杯なんだが……」


 ついつい本音が出てしまいそうになった時、ようやく俺は、周囲の注目を集めてしまっていることに気づいた。

 そりゃ、注目されないはずがないよな。

 どう見ても小学生に見えない極上の美少女が、ばっちり着飾っていて、目も眩むような輝きを放っているのだから。

『なんであんなちっちゃい男があんな美女と?』

 みたいな嫉妬と憎しみが混じった視線は、そう多くないように思えた。

 たぶん、俺の見た目のせいだろう。同性の友達同士か? という戸惑いの分だけヘイト成分が減っているに違いない。

 まさかコンプレックスになっていた容姿のおかげで命拾いすることになるとは。

 だが、始まる前からこれ以上疲弊させられてはたまらない。


「お姉ちゃん、早く行こ!」

「丘崎さん、どうして弟モードに? 今日も『ポリ・キュアー』の映画観に行くんですか?」


 意を決して児童化した俺に、聖奈は不思議そうにした。

 幸い、俺の目論見はピタリと当たった。周りにいる男どもは、「なーんだ姉弟かー」という顔をして、俺へ向けていた好奇の視線は聖奈へと向かっていった。


「丘崎さん、なんかからだがちくちくするような気がするんですけどー……」


 不安そうな聖奈は、肌に突き刺さる視線から逃れるように、俺への密着を強め、体をすりすりこすりつけてきた。またマーキングかよ。

 あんまり聖奈を晒し者にするわけにもいかない。


「こんなとこに突っ立っててもしょうがないし、さっさと行こう」

「そうですね。ふふふ、今日はせっかくの丘崎さんとのデートですし」


 そう言って、聖奈は俺に向けて手を差し出してきた。


「なんだ? お手か?」

「そんなわけないじゃないですか!」


 プークスクスと聖奈は笑って。


「デートなんですよ? 手をつなぐに決まってます!」


 いつもなら、手を繋ぐなんて、こどもを引率する感覚で余裕でできるのだが、なにせ今日の聖奈は気合い入りまくりのバージョンアップ版だ。恥ずかしながら、一瞬だけ躊躇してしまう。

 そんな迷いは、かんたんに見抜かれてしまったようだ。


「うふふ、丘崎さん、もしかしてはずかしいんですか?」


 聖奈に煽られてしまう。

 いくらオシャレに着飾ってバージョンアップしているからといって、小学生に圧倒されるわけにはいかない。


「恥ずかしいわけないだろうが」


 実際は恥ずかしい俺は、ノールックで聖奈の手を取り、いわゆる恋人繋ぎをしてしまうのだが。


「あっ」


 いざ手を繋ぐと、聖奈が変な声を出した。


「どうしたんだよ?」

「思ったよりむずむずするんですよー……」


 聖奈の顔は頭から蒸気を発しそうなくらい真っ赤になっていた。

 どうも聖奈は、手を繋ぐこと自体は余裕でも、「公衆の面前」で手を繋いでみせることの恥ずかしさを今になって痛感しているようだった。

 そんな聖奈の姿を前にして、俺まで恥ずかしくなってしまう。恥ずかしさが連鎖した。まるでもらいゲロみたいに。


「……こんなところでグダグダやってたら日が暮れるから」

「そ、そうですよね! はやく行きましょう! 丘崎さんはどこにつれていってくれるのかなぁー」


 俺は聖奈を引っ張るようにして、町中を進んでいった。

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