第28話 告白

 俺たちが案内されたのは、店の隅の席で、テーブルの上には『ご予約席』という札が立っていた。

 葉月が用意した席だった。

 店長も葉月経由である程度事情は知っているらしい。葉月が仕事を放り出して席に座るのを見ても、何も言わなかった。

 それはいいのだが。

 どうして聖奈も葉月も、俺の隣に座るんだ?

 俺が衝立になるせいで、話し合いをするには不都合だし、なにより互いが互いを敵視するバチバチの視線が俺を直撃するので居心地が悪いったらない。

 とりあえず、二人のために、イライラを鎮められるような糖分を注文しておく。


「……お前ら、絶対ケンカするなよ?」


 俺は、葉月の方を見て言った。元はといえば、葉月が煽るから空気が悪くなったのだ。歳上として、もっと自覚しろ。


「しないよ」


 葉月は聖奈に見えない位置で俺の腕に抱きつきつつ手のひらをさわさわし始める。


「でも、レーちゃんが私にだけ話しかけてきたのは、やっぱり私の方が本命だからだよね?」


 背筋がぞわりとした。


「は?」


 背中側から、突き刺すようなピリついた視線を感じた。


「なにを勘違いしてるんですか? 本命は聖奈の方なんですけど?」


 恐る恐る振り返ると、まーた聖奈のヤツ、瞳のハイライト消してやがる。

 余裕ぶっていられる状況じゃない。

 葉月のヤツ、仲良くすることが前提だから安心していたのに……。


「そっちこそ何言ってるのかな? 私、ちゃんとレーちゃんから『好き』って言われてるし? 言質取ってるんだから」

「…………」


 聖奈は沈黙していた。その静けさが怖かった。

 注文したケーキの到着がまだで助かった。

 聖奈の手元に、少しでも尖った器物があったら、俺は血みどろになっていただろうから。

 だが、聖奈は俺の想像とは違った態度を取っていた。


「……丘崎さん、聖奈のことが好きだったんじゃなかったんですか……?」


 敵意や悪意や殺意を丸出しにして俺に向かっているのではなく……心の底から悲しそうに瞳を潤ませていた。

 動揺しているのは俺だけじゃなくて、葉月も同じらしい。俺のすぐ隣で絶句している。たぶん、すぐさま何かしら言い返すなり、自分のものと主張するなり、強気の対応をすると思っていたのだろう。


「いや、これは……」


 俺は、どう答えればいいのだろう。

 聖奈と葉月が顔を合わせれば、こうなることは予想できたはずなのに、不意打ちされたみたいにどうすることもできなくなっている。葉月は、俺が聖奈を好きなのはあくまで聖奈の側の勘違いと思っている『勝者の余裕』があるから、下手なことはしないだろうという思い込みがあったのかもしれない。

 俺が二人同時に『好き』と言ってしまったのは、そう答えなければ二人とも収まりがつかなそうな圧をかけて迫ってきたからだ。

 それでも、元はと言えば俺が態度をハッキリさせなかったことが悪いには違いない。

 聖奈と葉月の二人を仲良くさせることばかり考えていたけれど、俺の問題をどうにかしないと、この話はどうにもならないのだろう。


「聖奈。……今までハッキリ言えなかったけど」


 ここで、言うしかなかった。


「聖奈のことは、好きだ。それはウソじゃなくて、本当のことだ」


 聖奈の顔を見ることができなかった。聖奈は何も答えない。手は膝の上にあって、微動だにすることなくうつむいている。


「でも……あくまで友達として、だ。俺は高校生だから……」


 聖奈を嫌っているわけじゃないことを、伝えないといけなかった。


「友達にはなれても、恋人同士になるのは……難しい」


 ぼっちなのは、俺だって同じ。

 聖奈と関わることで、ここ最近の生活が賑やかで、充実したものになったことは確かだから、聖奈が大事には違いなかった。


「もし聖奈と同じ学年だったら、聖奈のこと好きになってるかもしれないし」


 どう言おうとも単なる誤魔化しにしかならないことはわかっているはずなのに、まるで丁寧に小石を敷き詰めて舗装するみたいに、取り繕うための言葉を吐いていく。

 葉月は口を挟むことなく黙っていた。

『勝者』の余裕なのかもしれないし、ろくでもないことを企んでいるのかもしれないが、今のところが黙って見守る気があるみたいだ。


「……丘崎さん」


 俺の肩を掴み、半強制的に俺を振り向かせた聖奈と、目が合う。

 瞳には輝きが残っていたけれど、並々と水が入った瓶の口みたいに潤んでいて。


「丘崎さん……ばぁぁぁぁぁぁ!」


 濁音混じりの声で絶叫したと思ったら、聖奈は店内に響き渡る声を上げて泣いた。

 幼児が転んで膝を擦りむいた時みたいに、遠慮のない大きな声で。

 綺麗に整った顔立ちがぐっしゃぐしゃだった。

 外見はどう見ても『美女』な女が大声で泣いていたら異様に思うだろう。店内にいる人間もそう思ったようで、会話をやめて俺たちに視線を向けてきた。俺は聖奈を気にかけながらも、そんな周りの視線も気にしてしまう。


「聖奈、落ち着け、落ち着け。とりあえず今は友達ってだけでな」


 俺は聖奈の肩に手を置いてなだめようとするのだが。


「だっでぇぇ、オガザギさんがぁぁ、聖奈のごとギラいってゆったぁ!」


 聖奈は俺の手を振り払う勢いで、全力で泣いていた。


「嫌いとは言ってない、嫌いとは言ってないぞ、すごく好きなことに変わりはないんだから……」


 俺は、聖奈のこと以上に、周りの視線を気にしていた。

 ……まさか俺は今、保身に走っている真っ最中だっていうのか?

 そういう意味での『大人』になったつもりはなかったのだが……。


「聖奈はオガザキさんのごどごんな好きなのにぃ! どうしてオガザギさんは好きじゃないんですがぁ!」


 聖奈のパンチが俺の胸にバンバン飛んでくる。なんとなくガードしてはいけないような気がして、俺はされるがままになっていた。

 とはいえ、このままじゃ俺の体が持たない。衝撃で心臓が破裂してしまいそうだ。

 いっそ、聖奈と本気で付き合うと宣言してしまうべきか……?


「レーちゃん、そこどいて」

「……お前、どうする気?」


 葉月にとって聖奈は邪魔者。殺気のオーラをまとって見えるのが気がかりだった。


「こうするの」


 俺を押しのけた葉月は、泣く聖奈を全身で覆うように抱きしめ、慰めにかかった。


「だいじょうぶ、だいじょうぶ、レーちゃんはあなたのこと好きだから、泣き止んで?」

「敵に塩までぇぇ」

「今だけは敵じゃないよ」


 聖奈の頭を撫でる葉月は、慈しみのある視線を向けている。


「今だけは……『女の子を泣かせる男の子』って共通の敵を持つ味方同士だよ……」


 一方俺には、人間のクズに向けるような蔑んだ視線を向けてきた。


「レーちゃんったら、ホントにくずだよね。一度、好きだって言ったはずなのに都合よくなかったことにしようとして」

「ぞうなんでず! 丘崎さんはひどい人です!」


 俺の悪口で盛り上がっているのは気になるのだが、聖奈も次第に落ち着きを取り戻し始めていた。

 葉月の胸元に顔をうずめ、信頼を置いているかのような姿勢すら見せている。

 それより、何故二人は突然共闘を?


「いや、元はと言えば葉月が煽るからこんなことに」

「この期に及んでまだ言い逃れしようっていうの?」


 葉月の視線は、どこまでも冷たかった。

 葉月からヤンデレ的な好かれ方をするのを迷惑に思っていたはずなのに、いざ俺から気持ちが離れているとわかると、とんでもない喪失感が訪れてしまう。


「レーちゃんがちゃんとしてないから、こうなるんだよ?」


 葉月は聖奈を立ち上がらせる。葉月は俺とそう背丈が変わらないから、聖奈とは結構な身長差があった。

 それでも葉月は、聖奈の腕を自分の首に回し、怪我人を運ぶような姿勢になる。


「店長、休憩室借ります」


 そう断って、葉月は聖奈を連れて、ソファを立ち上がる。聖奈を介抱するために変な座り方をしていたせいかスカートが際どい位置までめくれてしまっていたけれど、何重にも重ねられたレースのせいで何も見えなかった。


「なにしてんの、レーちゃんも来るの!」


 葉月の叱責が飛んでくる。

 ぼんやりしすぎた。


「あっ、ハイ」


 眉を釣り上げて俺に何かを言う葉月なんて初めて目にしたので、俺は光速で立ち上がってしまう。

 そして俺は、バーカウンターの奥にある、スタッフ専用の部屋に連れて行かれるのだった。

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