第26話 ベッドルームでの攻防戦
俺の部屋で、葉月は額を床につけていた。
俺はそんな姿を、ベッドの縁に腰掛けて見下ろしている。
「ええっと、『色々ごめんなさい』でした……?」
「よし、帰れ」
「早っ。ていうかレーちゃんのカンペ読んだだけじゃん!」
顔を上げた葉月は、俺が渡したカンペをぶん投げてくる。ペラッペラの紙だから俺に直撃することはなく、葉月の方へブーメランのように戻っていき顔面にぺちっと当たった。
「その言葉を聞けただけで十分だ」
「よくないよ! 私の用事はまだぜんぜん済んでないもん!」
葉月は勢いよく立ち上がって、食って掛かってきた。
「今日ここに来たのは、レーちゃんに謝りに来たついでに籠絡しちゃおうって目的だけじゃないんだよ」
籠絡などという不穏な言葉が聞こえた気がするが。
やっぱ早く帰ってもらった方がいいな。
葉月は、俺と視線を合わせるように中腰になっていた。グラビアアイドルがやっていそうな、胸の谷間を強調するかのようなアレだ。サラサラの栗色の髪が肩からこぼれ落ちている。
「私、もう一度あの子と会わないといけないって思うんだ」
とうとう葉月まで、聖奈に会いたいと言い出した。
「……会って、どうするんだ?」
「説得するの」
「ん? 説得?」
葉月は未だに聖奈を俺につきまとう悪い虫だと思っているから、てっきり、『徹底抗戦するんだよ! 第三次大戦だ!』みたいに勝手に開戦宣言でもするのかと思ったのだが。
「私ね、あの子に対してプンプンしちゃってたんだけど、よく考えるとかわいそうな子だと思うんだよね」
葉月は自然な身のこなしで、俺の隣に座り込んだ。ゼロ距離で密着してくる。彼女面かよ。まあこいつはそう思い込んでいるんだけど。
「私は好きになった人のことはなんでも信じてあげたい尽くす系の女だからレーちゃんがあの子を『小学生だよ』って言ったのを本当のことだとして受け止めてあげるフリはするんだけど」
「あんまりマジで信じてる感じじゃないっぽい言い草なんだが」
「シャラップ」
どや顔の葉月は俺の唇に人差し指を当てる。
なんで急に英語使うんだよ。ちょっとウザいな。
「つまりさ、あの子はレーちゃんに人の道に外れた恋をしてるわけでしょ? 小学生でそんな不道徳なことに目覚めちゃったら先行きが心配だと思うんだよねー」
葉月はベッドの上に立って回り込むと、背後から俺に抱きついてきた。また恋人ムーブかよ。いい加減にしろ。抵抗しないけどさ。聖奈の時と違った感触がある。聖奈よりささやかな感触だけれど、聖奈みたいな馬鹿力じゃないからほどよい心地よさがあるんだよな。どうも最近の俺はおっぱい評論家みたいでキモい。
「だから、ここは大人として、あの子を更生してあげるべきだと思うんだよ」
そう口にした時の葉月は、真面目に聖奈のことを考えているような博愛精神溢れる表情をしていた。
「私たちがどれだけお互いを好きなのかわかってもらえれば、あの子だって自分の間違いに気づくはず! 私は一歩も譲る気ないしね! だからレーちゃん、私と一緒にあの子の前でイチャついちゃお?」
こいつ、聖奈よりもやり口が陰湿でいやらしいな。聖奈は『ポリ・キュアー』のように優しくて強い女の子になりたいって目標があるから、もう葉月と争うことなんて考えていないぞ。もっと歳上らしく振る舞えよな。
「そんなわけで、この場でリハーサルしておくべきだと思うんだよね。イチャつきラブバトルアジア最終予選の開始だよ。まずはレーちゃんの番ね」
「何故ターン制」
あとなんなのその『絶対負けられない戦い』みたいなキャッチフレーズが付きそうな大会名みたいなの。
「えっ、私のターンからでいいの?」
葉月はぺたぺた俺の肩や腕に触ってくる。こいつの思うイチャつきとは一体。
「なんでもいいけどさ、聖奈を煽ろうとするな。仲良くしろ」
「煽ろうとなんてしてないよ。説得だよ。体全体を使った」
「俺とお前の仲は、以前より後退しているんだぞ?」
「ええ? でもそれは私の謝罪でチャラに……」
「それくらいじゃ、ならん」
「そっか。言葉だけじゃだめだよね……」
俺の背後で、ベッドがきしむ音がした。
嫌な予感がして振り返ると、葉月は制服のリボンタイに手をかけていた。
「わかってるよ、レーちゃんってけっこうむっつりなタイプだし、言葉だけじゃなくて態度でも示せってことくらい」
「ご理解していただけてねーじゃねえか」
危機を察知した俺は、柔道の側転受け身のような身のこなしでベッドから降りる。葉月がベッドの上に寝転んでいるのをいいことに、掛け布団を使って簀巻きにしてやった。筒状になった布団から見えるのは鼻から上だけだ。
「レーちゃん、ダメだよ。私がレーちゃんに求めてるのは小学生みたいなビジュアルに加えてピュアなところもあるんだ。こんなマニアックなプレイをしようとするのは違うと思うんだよね。このままだと私、『お姉さま』にレベルアップできないよ。『お姉さま』になるにはピュアな男の子が必須だから」
「やっぱお前反省してねえだろ」
簀巻きになりながらも、葉月は大人しくなる気配がない。案外たくましいやつ。
「……俺を本当に好きだと思うなら、もっと普通に聖奈と仲良くしてやってくれない?」
俺は、枕を葉月の顔にそっと置く。心なしか嫌そうな顔をしているのが見えたからな。臭いものには蓋だ。
「聖奈だって、あの見た目だし、小学校では浮いてるぼっちだから。お前だって、クラスメイトから『異物』として扱われる辛さは、身を持って理解できるだろ?」
「それは……まあ」
「だったら歳上として、聖奈のその辺の寂しさをわかってやれ」
「そうだね。あの子は絶対レーちゃんじゃないとダメってわけじゃなくて、寂しい気持ちをレーちゃんで埋めたいだけだもんね。寂しくなくなるなら、レーちゃんじゃなくてもいいんだろうし」
「……たぶんな」
引っかかる物言いだが、否定するほどの根拠はなかった。聖奈の話し相手になってやった男子だから、という理由以外に俺が好かれる理由なんてないからな。聖奈の話を親身に聞いていたのが俺じゃない別のヤツだったら、そいつを好きになっていた可能性は十分にある。
「レーちゃんを便利に利用しようって魂胆は許せないけど、私も大人だし、下心のあるねじ曲がった子供が相手でもムキにならないよ」
俺を便利に利用しようとしているのは、お前も同じなんだけどな。ていうか聖奈よりヒドいんだけどな。理解者を欲しているだけの聖奈の方がずっといい。
「もう一度聞くけど、本当に聖奈と会いたいの?」
「うん。逆恨みされたらイヤだし、その辺後腐れなくしておかないとね」
やっぱりこいつ、聖奈のことあんまり信用してないな……。
「私じゃなくて、レーちゃんがグサリとやられちゃうかもだし」
不吉すぎるが、絶対ないとも言い切れなかった。
確かに、俺の気持ちを二人に対してハッキリしておくことは重要だろう。
俺はどちらとも恋人同士になる気はないのだから。
それでも、もしかしたら奇跡的に二人が和解して、無二の友達になれるかもしれない。
聖奈も葉月も、ぼっちでさえなくなれば、俺にこだわることもなくなるだろう。
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