第22話 ネゴシエーター、俺
葉月がバイトしているため、『バンジャマン』は『聖奈と面と向かってお話する用スポット』候補から除外されるものと思っていたのだが、急展開が起きた。
[丘崎さん、聖奈、決めました]
学校での昼休み中、学食に避難していると、聖奈からメッセージが届いた。
[この前行った『バンジャマン』、すっごくいいと思います!]
聖奈が『バンジャマン』を気に入っていると知って、俺は気が気じゃなかった。
当然ながら『バンジャマン』では、葉月がバイトしている。
俺は、そう言っておかないといけない事情があったとはいえ、聖奈と葉月の二人に『好き』だと言ってしまっているわけで。
血みどろの修羅場になることは目に見えている……。
聖奈だって、葉月がいるんじゃ落ち着かないだろうに、どんな心変わりがあったんだ?
俺は、注文した中華そばセットをすすりながら、空いている左手でメッセージを返す。
【お前、いいの? 『バンジャマン』には】
[あの、丘崎さんを横取りしようとしていたびっち先輩のことですか?]
【ああ、うん、葉月のことなんだけど、とりあえず『びっち』扱いはやめてやれ。小学生がそんな言葉使っちゃいけません】
葉月のトラウマを抉る言葉だろうしな。
[あれ、丘崎さん、どうしてあの人の味方をしようとするんですか?]
普通の文章のはずなのに、寒気を感じた。
これ、スマホの向こうじゃ目からハイライトが消えてそうだ。
[浮気者は]
【まあ待て。落ち着け】
【これは俺に限らないことだけど、目の前で誰かがケンカしたりバチバチ火花散らすところなんて見たくないんだよ】
【だから、葉月と仲良くする気がないのなら、『バンジャマン』はナシだ】
【聖奈だって、わざわざ葉月とケンカするためだけに行きたいとは思わないだろ?】
[でも……聖奈は]
[……『バンジャマン』で、あの女の人に丘崎さんと両思なところをいーっぱい見せびらかして、勝った人と敗けた人の差を見せつけたかったんです。だからあそこに行きたかったんでけど]
【お前クズかよ……】
俺としては至極当然の指摘をしたはずなのだが、聖奈はムッとしているようで、怪獣が建物を踏み倒しているスタンプで返信してきた。
まあゆるきゃらテイストなスタンプなので、マジギレではなさそうだ。
[恋する女の子は好きな人以外はみんな悪い虫さんに見えちゃうんです! 丘崎さんは男の人だからわからないんですっ!]
小学生が女を語るなよな。見た目だけで言えば十分語る資格あるかもだけどさ。
[丘崎さんだって、キッチンにGが出たら叩きつぶしちゃいますよね? それと同じです!]
Gと一緒にしてやるなよ……それに俺はヤツを叩き潰せるほど勇敢なタイプじゃない。
[ここが聖奈の勝負所なんです! 今のうちにあの人を敗北の味を教えないと、丘崎さんを取られちゃう]
聖奈はとにかく、葉月に負けたくないようだった。
葉月も聖奈と同じくぼっちだったわけだし、同じ苦しみを抱える者同士仲良くなれる可能性があるのだから、揉める目的で二人を会わせるわけにはいかない。もちろん、俺の命のためにも。
【聖奈、俺は確かにお前を好きだと言ったかもしれん】
[言いましたよ。丘崎さんが好きって言ってくれたことは、生まれてからいちばんの思い出です。忘れるはずがありません]
【だけどなぁ、これからお前を嫌いなる可能性がないとは言えないんだわ】
【おっと、怒るなよ? まだ続きがあるんだからな】
【俺は、マウントを取るタイプの女が大嫌いだ】
【どんなかたちであれ、憎しみ合って争うことは悲しいことだ、そう思うだろ?】
【聖奈が本当に望んでるのは、そんなくだらないことじゃないもんな】
[……聖奈は、丘崎さんと幸せに暮らしたいだけです。そのジャマをしそうな人に近くにいてほしくないだけで]
よしよし。文面からも、聖奈がトーンダウンしている様子なのが伝わってきた。
【聖奈が憧れる、なりたい女性像はなんだ?】
[それはもちろん、お母さんみたいな]
【違うだろ】
俺は神速でメッセージを発した。
あの、『男なんておっぱい押し付けときゃイチコロよォ! クッソチョロくて草ァ!』みたいなろくでもないアドバイスをしたカーチャンを目標とされちゃ都合が悪い。
【お前が最も敬愛し、憧れている女性像は……キュアーズみたいな女の子だろうが!】
【聖奈が愛するキュアーズは、そんな薄汚れた擦れっ枯らしの女みたいなことを平気でするような子たちだったか!? 女同士の勝った敗けたの中でしか生きる価値を見出だせない、志の低い奴らだったか!?】
【違うだろ!】
【『ポリ・キュアー』はアニメだがアニメじゃない! 『愛』だ! 自分以外の人間を強く思いやる力があったからこそ、キュアーズはシンコペーション伯爵に絶対負けなかったんだろうが!】
俺はひたすら押し続ける。聖奈に返事をしたり、息をしたり、考えたりするヒマすら与えないほどの、メッセージの連打だ。
【そんな調子じゃ、キュアーズみたいにはなれないぞ! いや、『ポリ・キュアー』ファン失格だ! どれだけ映像ソフトを揃えていようが、金にモノをいわせた豪華な環境で視聴しようが、グッズにいくら費やそうが……ファン失格だ!】
[し、失格なんですか……?]
【そうだ! 失格だ!】
[せ、聖奈、失格なんだ……]
いいぞ、効いている……!
【俺の見込み違いだったのかなぁ。俺が聖奈を好きになったのは、聖奈ならキュアーズみたいな強くて優しい女の子になれると確信したからなんだけどなぁ】
俺が最後に送ったメッセージに既読がついてから、聖奈から返事が来るまでに、それなりに時間がかかった。
[ごめんなさい……聖奈が間違ってました]
土下座するスタンプがセットで貼られていた。これ、い◯すとやのヤツだ。
[丘崎さんに言われたあと、歴代『ポリ・キュアー』のみんなが聖奈の頭に浮かんできました。全部で60人いるんですけど……みんな、すっごくキラキラしていてカッコよくてやさしかったです。……それに比べて聖奈は、シンコペーション伯爵の部下の中で一番弱いゴセンプ戦闘員よりしょぼい生き物です……どうして聖奈、こんな汚れちゃったんでしょうか?]
[聖奈、泣きたいです……ていうか、泣いてますけど]
【泣くな】
【聖奈はまだ、やり直せる】
[そんな……聖奈は失格な大巨人のマウント戦闘民族です。もうやりなおせません……]
【やり直せるさ。そうやって涙してしまうのは、聖奈が優しい心を持っている証拠だ】
【キュアーズがキュアーズでいられたのは、強さやかっこよさの前に、優しい心をちゃんと持っていたからだ。涙を流すほど反省できているのなら、聖奈にはすでに、その資格があるってことさ】
[聖奈に……資格が?]
【そうだ、聖奈には資格がある!】
[それなら……聖奈がまだキュアーズみたいな女の子になれるなら……聖奈、やっぱり『バンジャマン』で丘崎さんと話していたいです]
な ん で ?
『バンジャマン』で葉月と鉢合わせてほしくないから熱弁したのに……その説得を受け入れてくれたっていうのに、どうして?
【どうしてそう思うのかな?】
動揺を悟られないように、極めて冷静を装いながら聖奈にメッセージを飛ばす。
[あの人は、丘崎さんの『友達』なんですよね……? だったら、仲良くしないとって思ったんです。キュアーズのみんななら、そうします]
仲良くするよりも顔を合わせないでほしかったのだが……。
【まあでもほら、聖奈はよくても、葉月はまだ気にしてるかもしれないし、もうちょい間開けてからでもいいんじゃない? 聖奈のその気持ちはめっちゃすげぇって思うけどさ】
[いいえ、聖奈は決めました。あの人……葉月さんにひどい態度をとってしまったんです。聖奈が反省してるんだって丘崎さんにわかってもらうためにも、すぐ行動した方がいいはずです!]
マズいなぁ。聖奈はまだしも、葉月がどうなのか心配だ。ちょい前までの聖奈と同じことを思っている可能性が高いのだから。
とはいえ、二人が仲良くなれば、俺にもメリットがある。
聖奈も葉月も、俺から好かれなくなったら死ぬ、みたいな恐ろしい勢いがある。
そうまで思いつめてしまっているのは、たぶん、二人ともぼっちだからだと思う。
唯一の繋がりが俺だけなので、俺から関心を持たれなくなったら正真正銘の一人ぼっちになってしまうと恐れているのだ。
もし、聖奈と葉月がいい友人になることができれば、狂信的な勢いで好かれることもなくなる。
必要にかられて、聖奈と葉月の二人に『好き』と言ってしまっている俺だが、好きだと思っているのは確かだ。恋愛的な意味で好きかどうかはわからないだけで、二人には幸せになってほしいと思っている。俺だって、学校生活に不満を持っている人間だし、ついつい共感してしまうのだ。
【聖奈がそうしたいんなら、いいけどさ】
【でも、葉月のためにももう少し待つべきだろ】
葉月はまだ聖奈を恋のライバルとか思っているわけだから、そっちの説得もしないといけない。
【聖奈は将来的に『ポリ・キュアー』の一員になれるかもしれない逸材だからなー。優しい心と思いやりの気持ちを持っているんだから、葉月のためにちょっとだけ待ってあげることくらい簡単だよな?】
[聖奈が、『ポリ・キュアー』に……?]
どうも聖奈は、『ポリ・キュアー』を完全なるフィクションとは捉えていないようだ。実在する魔法少女の戦いを忠実に再現したドキュメンタリーかなんかと思っていそうだ。その辺、小学生だよな。5年生にしてはちょっと幼いような気もするけど。
[わかりました! 聖奈は他の人のこともちゃんと考えられる人に生まれ変わったので、葉月さんが落ち着くまで待ってあげられます! 正義の味方はいつも遅れてやってくるので、のんびり屋さんなくらいな方がちょうどいいんですよね!]
生まれ変わるの、早いな。
そう簡単に人間の根っこは変わらないと思うのだが、まあ聖奈がそう言うのなら良しとしよう。
【じゃ、葉月とはいずれ、な】
[はい! 葉月さんが丘崎さんのことを好きでも、聖奈はもうムッとしませんし、失恋の痛みだって治してあげる気でいますよ]
【……気持ちはわかるけど、そういうセンシティブなことはもっと慎重に行こうな。葉月はあれでいて繊細なヤツだから。『友達』の俺にはわかるんだわ】
慈悲を持って接しようとしているとはいえ、聖奈が『勝者』の立場からモノを言えば、葉月だって違和感に気づいてしまうから、早まった真似はしないでほしかった。『どうしてレーちゃんは私を好きって言ったのにこの子は自分のことを好きだと思い込んでるんだろう?』と疑われたら破滅に近づいてしまう。
[うーん、聖奈は早く葉月さんと仲良くなりたいんですけど、丘崎さんがそう言うならそうします。聖奈は夫の言うことを大事にしてあげたいので]
【今後もそうしてくれると助かる】
これで一件落着……というわけじゃないけど、俺が血まみれになる惨劇が回避される方向へと一歩近づいたことは確かだ。
[あ、でも一つだけいいですか? (ムキムキの髭面外人レスラーが、天に向かって人差し指を突きつけているスタンプ)]
ん? なんだ? まだ……何かあるのか?
[丘崎さんに会いたくなっちゃったので、学校終わったらどこかで会えませんか?]
聖奈には俺の言い分を聞いてもらったのだ。
ここで断るような俺ではなかった。
色々問題のある聖奈だが、こういう素直なところは普通の小学生っぽくて可愛らしいのだった。
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