第21話 葉月ちゃんもおもい。Part2

 けれど、いつまでも石化しているわけにもいかない。

 葉月が急にわけのわからないことを言い出した理由を問いださなければ。


「いや……なんでその結論に至ったの?」

「なんでもなにも?」


 どうしてそんな疑問をお持ちになるのですか? とばかりに首を傾げてくる。


「あのデカくてデカい子が彼女でも結婚相手でもない単なる小学生のこどもでしかなくて、好きでもないんだったら……レーちゃんは私が好きってことになるでしょ?」


 ならねーよアホていうかどうして二択なんだよ世の中には他にも女の子がいるんだぞ可愛いからって思い上がんなよな……とは、言えなかった。

 葉月のヤツ……返答次第ではどうなっても知らないからね、とばかりに左手にカミソリをセットしていた。100均で買えそうな、折りたたみ式のチャチなカミソリだが、手首に当てたらスパッといってしまいそうな鋭さがあった。


「いや、うん、まあ……とりあえず一旦冷静になろうか?」


 葉月のカミソリの矛先は、場合によっては俺に向かう。葉月と俺の生命を守るためにも、クールダウンさせなければ。Nice boat.は御免だ。


「れ、冷静になんかなれるわけないじゃん!」


 葉月はカミソリを折りたたんでポケットに戻すと、真っ赤になった両頬に手を当てた。

 そしてそのままベッドにダイブし、両脚をバタつかせる。


「だって、レーちゃんが初めて好きって言ってくれた大事な瞬間なんだよ? 私史上最高の盛り上がりって言っても過言じゃないんだから、冷静になるなんてムリだしもったいないよ!」

「……言ってないんだけどな」


 葉月史上最高の盛り上がり、とやらでハイになっているせいで、口にしてもいない俺の言葉が聞こえてしまっているらしい。まあ人間の知覚機能なんて案外いい加減だからな。興奮して脳がパーになっていたら、そういうことだってあるだろう。


「よかったぁ。よかったよぉ。私……ひとりじゃなかったんだ」


 葉月はベッドの上にヘタリこんでしまう。

 気になる言葉を吐いて。


「ひとり……?」


 ……たぶん俺や聖奈のようなぼっち的な意味じゃなくて、周りの友達がみんな彼氏持ちになって疎外感があったけどこれでもうひとりじゃない! とかそんな意味だろう。


「実は私……高校に入ってからぼっちだったんだ……」


 葉月は手で涙を拭いながら、衝撃的な発言をする。

 ウソだろ?

 お前、男女問わず友達いっぱいの超絶リア充じゃなかったの?


「たぶん、俺とお前じゃ『ぼっち』の定義が違うんだろうが……俺の知ってる『ぼっち』は友達がいねーって意味なんだけど……葉月のは?」

「同じだよぉ。友達がいないって意味だよぉ」


 悲しみと嬉しさが混じっているらしい涙をドバドバ出している葉月。


「えぇ……でも、お前のコミュ力だったら友達づくりなんか余裕だろ?」

「お話する以前の問題なんだよぉ。うちの学校は中等部もあって内部進学組がグループで固まってて、外部から入学した人の人権なんてないんだから。よそ者扱いされて話に入れてもらえないの」


 中高一貫の私立校なら、そういうこともあるのかもしれない。


「でもお前、ほら、見た目はいいし華やかな感じあるだろ? いくら特別感出してるそいつらだって、外部組だろうと魅力的なヤツとは仲間になりたいって思うモンじゃない? お前が気づいてないだけでさ、こっそりそんなサイン送ってたりするのかもしれないぞ?」


 それだって、ありそうな話だった。

 葉月のフォローに走るのだが、葉月の表情は卑屈になっていく。口元が引きっっていて、冷笑を浮かべていた。


「そりゃ私もね、入学したばかりの頃は友達つくろうと思って張り切ってたよ。外部組差別する子たち相手でも、ガンガン話しかけて明るく振る舞ってたよ。でもどう頑張ってもみんなツーンとしててさ。輪の中に突っ込んでいって話かけた途端にその場が冷え込んだ感じがわかるようになってきちゃったんだよね。そうやって……『空気読めよ』みたいな雰囲気出されると、多勢に無勢で私としてはどうしようもなくなっちゃってさ、いじめに発展しちゃう前に調子乗ってるって思われるようなことをするのはやめたよ」

「うわぁ……」

「レーちゃんが知ってる私は、朝の電車に一緒に乗るちょっとの間だけの姿なんだよ。学校に着きそうになったら髪は後ろでまとめるだけだしメガネするし制服ちゃんと着るしですっごく地味になるんだからね」


 葉月は、俺のよく知っている、ひたすら澄んだキラッキラの瞳はどこへやら。今は死んだ魚の眼をしていた。


「せっかくがんばって勉強していい高校入ったのにぼっちなんて、もう死んだ方がいいと思って」


 アーマジワラエルワーホントオワライミテェナジンセイダワー、という感情のこもっていないつぶやきが葉月の口から人魂のようにスルスルッと漏れていく。


「……生きろ。たかが高校でぼっちになっただけじゃないか。それくらい、ふつうだ」


 俺だってそうなんだから。


「……私、小学校の高学年くらいかなぁ? そのときくらいから、ちょっとぼっち気味で」

「ウソをつくな」


「本当なのに」

「……お前がぼっちになる理由がわからん。お前は明るいし、顔もいいんだから、そのノリで生きていればどこでだって人気者だろうが」


「女の子同士でするような明るいノリで男子と楽しくやってたら、女子から『びっち』扱いされた小学生時代……!」


 この子、なんで急に小学校の卒業式で卒業生がやらされる寸劇みたいなの始めたの……?


「見た目を気にするようになって軽くメイクして髪染めて男女分け隔てなくワイワイやれる学校生活を目指して頑張ってたら『娼婦』扱いされた中学校1年生……!」


 中1からスタートするのかよ……。


「それでもめげずに委員会とか学祭実行委員とか陸上部でがんばって青春しようとしたら『夜の蝶』扱いされた中学2年生……!」


 バカな。陰口の知的レベルが微妙に上がってやがる。


「受験あるし遊びは我慢して学校と塾で勉強に打ち込んでたら『マグダラ』扱いされた中学3年生……!」


 神話の領域に突入しちゃったか……。


「そのとき陰で『ヤリリン・マンソン』とかあだ名されてたんだけど元ネタわかる?」

「知らねえ」


「だよね。そんなこともあって私、一発逆転狙って……ほら、高校生活って、ドラマとかマンガの中だとみんなキラッキラしてて楽しそうでしょ? だから、いい高校に入れば今までとは違う自分になれるって期待してたんだ。男子のいないところなら女の子同士仲良くやれるに決まってるよね! なんて思ってたのに……それなのに」

「わかった、もういい。もういいから、よく今まで頑張ったな。逆境に負けずに努力を続けるところは尊敬できるし……好きだぞ」


 別に恋愛的な意味で葉月を意識していなくても、俺はそう声をかけざるを得なかった。

 だってさぁ。葉月の話が本当なら、こんな不憫な話ないよ。勘違いを加速させるってわかっていたって、優しい言葉をかけたくなるってものである。


「お前はなにも悪くないって。悪いのはお前のことをロクに知らずに悪口言う奴らだ」


 まあ、実を言えば俺だって葉月とはロクに交流していないわけだから、葉月のことをよく知らないわけだけど……こう言っておくしかないだろ。この場は。


「本当の私を知ってるのは、レーちゃんだけだよ」


 まさか、通学中の電車に乗り合わせるだけの縁しかない俺だけが、葉月の『知っていてほしい自分の姿』を知っているとは……。

 葉月はベッドから降りて、ふらりふらりとゾンビのように力ない足取りでこちらまでやってくる。


「これで実はレーちゃんからもなんとも思われてなかったら、私はなんにもない空っぽ女だったよ。今頃血の海だったよね」

「葉月が死ななくてよかったよ。ほら、カミソリなんて危ないブツはこっちに渡せ」


 スカートのポケットから、カミソリが出てくる。殺傷能力こそ低そうだが、それでも刃物は刃物だ。


「私だけじゃなくて、レーちゃんも一緒だったかもよ?」

「おいおい冗談だろ?」


 冗談であってくれ、と願いながら俺は言った。


「レーちゃんだけってのもワンチャンあったよ?」

「そんなチャンスはいらん」

「ウソだよ。レーちゃんがいないと、本当の私のこと知ってくれる人、誰もいなくなっちゃうもんね」


 葉月は、カミソリをこちらに渡す。刃は一応折りたたんであった。


「私はレーちゃんがいてくれるから、こうして存在できてるんだよね」

「俺が何らかの力になれてるのは嬉しいけど、あんまり思いつめすぎるなよな」


 まさか、能天気そうな葉月が、考えすぎてドツボにハマるタイプだったとは。妄想が負のスパイラルに組み込まれてしまっている。


「レーちゃん、私のこと好き?」

「そりゃ、大事な『トフレ』だからな」


 そう口にすると同時、不満を感じているのか、葉月の表情が曇る。

 これじゃダメか……。


「……ぼっちの俺にとって葉月はかけがえのない存在だ。いなくなったら困る」


 直球で『好き』なんて言うと問題が増えそうだったので、あくまで大事であることを強調するにとどめた。

 それでも葉月としては、満足の行く回答だったらしい。


「うふふ、レーちゃん、だーいすき」


 葉月にガッツリ抱きつかれ、胸元を中心にすりすりされてしまう。


 ポカした。


 ますます葉月の勘違いを指摘しにくくなった。

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