第20話 葉月ちゃんもおもい。Part1

 そんなわけで、葉月が俺の部屋にやってきた。

 俺は不覚にも緊張していた。

 電車以外で、葉月とサシでまともに話したことがないからだ。

 葉月は、俺のベッドに腰掛けていた。

 俺はというと、その隣に座るのはなんとなく気が引けたので、勉強机のそばにあるキャリー付きの椅子に座っている。

 葉月は、手にスマホを構えていた。鮮やかな緑色の、カエルをモチーフにしたスマホケースがくっついている。


「ではこれから、レーちゃんの緊急記者会見を始めます」


 真顔のまま、スマホをこちらに向けてくる葉月。


「ここでの発言は全部記録されるからね」

「……俺、そんなに信用ないの?」


 聖奈といい、葉月といい、証拠音源を取るのが好きだな。


「念のためだよ。私だって、大事な『トフレ(トレインフレンズ)』がウソつきの女子大生キラーだなんて死んでも思いたくないし」

「だったら、とりあえずそいつしまえ。家にまで入れてやった俺の誠意を感じてくれ」

「……レーちゃんの『声』がほしかっただけなのになぁー」


 さすがに葉月も、録音はやりすぎだと思ったようで、スマホをしまってくれた。

 これで心置きなく話せる。


「じゃあとりあえず、富士田聖奈に関する事実、つまり『聖奈・ザ・ファクト』その1」

「なんで英語交じりなの?」

「いいから聞け」


 俺は腕を組み目を閉じ、厳かな雰囲気を醸し出しつつ。


「聖奈は……小学5年生だ」

「いきなりウソっぽいのきたー」


 葉月は、あえてぶさいくに表情を崩してまで嫌そうな顔をして、ベッドに寝転んだ。


「これ本当のこと教えてくれないやつじゃん~」

「本当のことだ。まずここを信じてくれないとどうにもならないんだが」


 俺は微妙な捲れ方をしているスカートを気にしていた。普段はスカートに隠れているのであろう腿の艶かしく白い部分が露わになっている。俺だって男子なので、間近で肌をさらされると視線が誘導されてしまう。今はエロ方面に突っ走っている場合じゃない。鉄の意志で視線をそらした。


「レーちゃん。私はそういう誤魔化しを聞くためにここまで来たんじゃないんだよ」


 葉月は寝っ転がったまま、スカートのポケットに手を突っ込んだかと思うと、四つ折りにされた紙片をぴらりと差し出してきた。


「これ、私の決意の現れ」

「お手紙……ゲッ」


 開いて読んでみると、書き出しの時点で投げ捨てたくなった。


「『先立つ不幸をお許しください』から始めるのは遺書っぽくて不謹慎だからやめた方がいいぞ」

「だって遺書だから」

「ん?」

「遺書だよ。バイト先でささっと書いてきたんだ。私の決意の現れ」

「お前、決意のほどを示すのにも限度ってもんがあるんだぞ」


 死まで覚悟するとは、そりゃやりすぎってもんだ。ていうかそんな大事なもの、ささっと書くな。いや、そもそも書くな。


「だいじょうぶだよ。お手紙が入ってる方の反対側のポッケには、ちゃんとカミソリ入れてるから。準備はできてる」

「『いつも遅刻ギリギリまで寝ちゃうんだよね~』なんて言うくらいぐうたらなお前がそんな変なところで用意周到にならなくていいんだよ」

「うるさいなぁ。私がこれからも生きていられるかどうかは、レーちゃん次第なんだからね?」


 大事な生き死にの選択を俺に委ねないでほしいものである。

 葉月は思わせぶりに、カミソリ入りと思われる方のポケットをもぞもぞすると、勝手に俺のベッドの中に入り込んだ。顔まですっぽり掛け布団で覆って、ミノムシのようになっている。


「見えないのをいいことに刃物使うんじゃないぞ?」

「すんすん」

「おい、泣くな」

「泣いてないよ。嗅いでただけ」


 好きでもない男子のベッドのにおいを嗅ぎ始めるとは。

 葉月の精神状態は相当ヤバい状態だな、これ。


「ちゃんと真摯な対応をするから、とりあえず落ち着け」


 俺の部屋を事故物件にされてはたまらん。


「俺は本当のことを言ってるんだ。聖奈が小学生だという、決定的な証拠を見せよう」


 俺は机の引き出しから、捨てずに取っておいたとあるブツを取り出す。


「こいつを見てくれ」

「映画……?」


 葉月は、布団から頭だけ出して、俺の手のひらに乗ったそいつを見る。

 葉月に見せたのは、チケットの半券だった。


「もしかして、あのデカくてデカい人とデートした自慢を?」

「違う。大事なのはそこじゃない。よく見ろ、半券に書かれた映画のタイトルを!」


「『劇場版:魔法楽隊ポリリズム・キュアー~シンコペーション伯爵の逆襲~』……? やっぱり映画じゃん」

「これはただの映画じゃない……『ポリ・キュアー』だ!」


「『ポリ・キュアー』って、レーちゃんがやたらハマってるアニメのこと?」

「厳密に言えば、アニメじゃない」


「アニメじゃないならなんなのよ」

「愛……かな。俺は、キュアー・スミースとキュアー・ギャルの二人ほど互いを思いやる愛にあふれた美しい人間を他に知らないから」


「『ポリ・キュアー』ってラブストーリーだったの?」

「違う。バトルアニメだ。女の子のための特撮だよ。女の子だって、超強くなって悪いやつらをやっつけたくなるもんさ。でもそんな脳筋っぽい女児向けアニメ映画に興味を持つのは、せいぜい中学生くらいまでだろ?」


 あくまで一般論ではな、と俺は付け加えて、ヤドカリ状態の葉月に視線を向ける。


「もし聖奈が女子大生や女子高生なのだとしたら、大名作とはいえ、デ◯ズニーやピ◯サーや宮崎でも新海でもない、女児向けアニメ映画を観に行きたいとは思わないはず。逆に、『ポリ・キュアー』に興味津々な俺から誘われたとして、もし聖奈がそれくらいの年齢だったら、デート映画に女児向けアニメを選ぶ男とのデートを受け入れると思うか?」

「いや、ないでしょ、ないない……」


 うげぇ、なんて顔をして青ざめたと思ったら、葉月は急に物思いにふけったようになり。


「……でも相手がレーちゃんなら……」


 ぽそりと、なんか言った。


「俺ならどうだっていうんだ?」

「えっ? ううん! なーんでもない。フツーの女子高生なら、デート映画に小さな子向けの映画なんて選ばないよね。……わ、私ならレーちゃんと一緒だったら『ムカデ人間』だって観に行けちゃうけどぉ!」

「俺を変な世界に引きずり込もうとするな」


 油断も隙もない恐ろしいやつだ。

 葉月のペースに巻き込まれるわけにはいかないので、俺は話を続ける。


「だから、聖奈は大学生でも、高校生でもない。そして中学生でもない。何の抵抗もなく女児向けアニメ映画を観に行ける、正真正銘の女子小学生だってわかるだろ?」

「でも見た目が……」



「――そんなこと言ったら、俺はどうなる?」



 そう口にした時、葉月の顔つきが明らかに変わった。

 まさかそれを言うのか? って顔をしている。

 狙い通りだ。それでいい。


「俺の逆バージョンと思えばいい。絶好のサンプルが、ここにいるんだ。ほーら、聖奈の見た目が大人でも、小学生だって信じる根拠になっただろう?」


 葉月は目を丸くして、驚いていた。


「レ、レーちゃんが見た目のことで自虐するなんて……」


 葉月の驚きは、俺も納得するところだった。

 俺は、高校生に見えない見た目に対して神経質だった。たとえば、俺を女子扱いしようとする巖田のような人間に対しては、よくマジギレしていた。

 葉月だって、俺のそんなセンシティブな悩みのことをよく知っている。

 そんな俺が、見た目で自虐するようなことを口にしたのだ。

 おわかりいただけただろうか? 俺の本気度を。


「じゃあ、あの人は本当に小学生で、レーちゃんとはなんでもないの?」

「だから友達だ。結婚する予定もない。どういうわけか聖奈は俺と結婚するものと思ってるんだ。でも本当のことを言ったら傷つけることになるから、聖奈がいる前では言えなかったけどな」

「そっか……。よくわかった」


 葉月は、布団を跳ね除けてベッドから降りる。布団に丸まっていたせいで、スカートがくっしゃくしゃになっているのだが……後ろから見たら、見えちゃうんじゃない? それ。残念なことにベッドは壁際にあるから、回り込むことはできないんだけどさ。この部屋全部鏡張りだったらよかったのに。


「わかってくれたか」


 ともかく、葉月の説得に成功したことは確かだ。それだけじゃなく、葉月の生命まで救ってしまった。大満足の結果である。

 あとは、結婚するものと思い込んでいる聖奈に対して、俺という存在は現段階では『恋人』や『婚約者』なのではなく、大事な『友達』なのだということをわかってもらうだけだ。


「レーちゃん、ごめん!」

「ん? どうしたんだよ? 急に頭なんか下げて……」


 葉月の勢いに気圧されそうになる。


「今まで……私、気づいてあげられなかった!」

「まあ聖奈は初見殺しなところがあるからな。俺も最初わからなかったし、気にすることねーよ」

「レーちゃんはぁ!」


 急にデカい声出すからびっくりしちゃったんだけど、次の瞬間、それ以上にびっくりする出来事が起きた。



「私のことが……好き、だったんだね?」



 疑問を浮かべる隙も与えない勢い。

 葉月は恋する乙女の表情で俺を見つめてくる。

 おかしいなぁ。おかしいぞ。この状況、前にもどこかで遭遇したような気がする。

 期待感満載な表情を浮かべる葉月を前にして、俺はしばしの硬直状態を強いられてしまうのだった。

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