第15話 ベストプレイス探しは続く

 次にやってきたのは、ショッピングモールのフードコートだった。

 図書館の時と違って、聖奈はいきなり上機嫌だった。


「丘崎さんとのデートで来た場所ですね!」


 俺と向かい合う位置に座っている聖奈は、ストローをじゅるじゅる吸っていた。ミルクティーが入った透明なタンブラーの中では、タピオカが躍動している。


「聖奈が丘崎さんと結婚することになったキッカケの場所ですし、ここにはいいイメージしかないですよー」

「…………」


 記憶の改ざんが起きているようだ。


「ま、まさか丘崎さん、ここにまた来たってことは、あらためて返事をくれるってことですか?」


 聖奈は、ストローをじゅるじゅるすすりながらも、頭から湯気が出そうなくらい頬を赤くしていた。


「いやそういうわけじゃないんだが」

「ないんですか……?」


 捨てられた子犬みたいな顔で俺を見る。ストローの音も、ずぞぞ……と、弱々しくなっていた。


「……い、今は時期を見計らってる段階だから」


 聖奈を傷つけたくない、と考えると、ハッキリと本当のことが言えなくなってしまう……。


「なーんだ、そうだったんですね!」


 聖奈はパッと顔を明るくする。


「婚約破棄なんてされたら、聖奈もう生きていけませんから」

「ははっ」


 冗談うまいなーってニュアンスで笑ってみせる俺。


「生きていけないんですよねー」


 聖奈は俺の反応に不審感を覚えたらしく、ちょっと真顔になって首をかしげる。


「あれ? 丘崎さんはもちろん聖奈との婚約をなかったことになんかしないですよね?」


 やめろ。瞳のハイライトを消してまで念を押すの、やめろ。怖いから……。


「ここまで聖奈を期待させておいて、やっぱりナシなんて言ったら、もういじめですよ」


 両手で握っているタンブラーが、くしゃりと歪む。


「……聖奈、丘崎さんにまでいじめられちゃうのかなぁ」


 聖奈の顔色がほんの少し青くなって、肩はふるふる震えていた。


「夫婦のじゃれあいとしてならいいんですけど、『本当は聖奈のこときらいなんじゃないかな』って不安になっちゃうときがあるんですよね」


 認識おかしいだろ、というツッコミができる雰囲気ではなかった。

 聖奈は教室で浮いた存在らしいから、ちょっとしたことでも不安になってしまう気持ちはわからないでもない。


「心配するな。そんなことはしないから! 俺だって、聖奈なしじゃ生きていけないからな! 今やほら、大事な人だから……!」


 それ以外に言うことを許されない状況だからというのもあるのだが、決してデタラメを言ったわけじゃない。

 大事なことに違いはない。

『ポリ・キュアー』の情報を共有できる仲間として。


「えっ?」


 うつむいていた聖奈は、長い黒の毛先が躍動する勢いで顔を上げる。


「ほ、ほんとうですか?」


 聖奈の瞳から、ぶわわと涙が吹き出す。


「うれしいです、丘崎さん! あまりにもうれしいので、もう一回同じ言葉を聞きたくなっちゃいました! もう一回言ってください!」


 それくらい何度でも言ってやるよ。


 ……って、躊躇なく言いたかったんだけどな。

 スマホをこちらに向けて、レコーダーアプリを起動してさえいなければな。


「……俺だって、聖奈なしじゃ――」


 まあ結局、言うんだけど。


 そうでもしないと、また暗黒面に落ちちゃいそうだし。


「やったぁ。丘崎さんにそんなこと言ってもらえるなんて、聖奈は世界一の幸せ者です」


 この変わり身の速さよ。

 堕天していた聖奈は、綺麗な天使の輪っかを取り戻したようで、うふふ、と微笑む。性懲りもなく胸を強調するような前のめり姿勢で身を乗り出し、俺の手をさわさわしてくる。ていうかいい加減、次からニット素材の服来てくるの、やめろ。言いたいこと言えなくなっちゃうから。俺の目にポイズンなんだよ。


「想いが通じ合う聖奈と丘崎さんのために」


 聖奈は、それまでずっと傍らに置いていたストローを、タンブラーに挿した。

 ストローは二本。一本は聖奈の方に。もう一本は、こちらを向いていた。

 聖奈の側にずっとあった余計な一本がずっと気になっていたのだが……まさかこれは。


「丘崎さん、片方どうぞ!」


 案の定、聖奈は、自分が口をつけているのとは別の一本をこちらに向けて勧めてくる。

 やはり……二人で同時に同じ飲み物をシェアするカップル飲みをするつもりだったか。

 これ以上聖奈を勘違いさせると俺の命にかかわりそうだし、あまり思わせぶりなことはしたくないのだが……直接唇を密着させるわけじゃないからいいか。回し飲みをするようなものだ。

 俺は、聖奈の要求通りストローに口を付けた。


「うふふ」


 向かいで同じようなことをしている聖奈はとても満足そうだった。

 一方の俺は、想像以上に恥ずかしく思っていることに愕然としていた。

 地元で一番とも言われる巨大なショッピングモールのフードコートなだけあって、色んな人間が行き交いするから、周りの視線がとても気になるのだ。


「丘崎さんに密着することもできますし、遠慮なくおしゃべりだってできるので、あの公園の代わりに、ここでもいいんですけど……」


 聖奈は言った。


「でも、人が多くて騒がしいから、あんまり落ち着きません……」


 やはり聖奈も、視線を気にしているようだった。

 まあ、ポリスの件でもわかるように、俺よりも聖奈の方が、目立ったらマズい存在だからな。


「聖奈としては、秘密の相談もしてみたいところなので」


 それならFINEで済ませればいいじゃないか、とは思うのだが、聖奈としてはそういうのは嫌なのだろうな。


「新居のこととか、こどもは何人くらいほしいかとか、色々です」


 どちらにせよ、俺の手に追える相談じゃねえわ……。


「それに、ここに来るまでちょっと遠いですよね。電車使わなきゃ、ですし……。丘崎さんと一緒に電車乗るのはいいんですけどね」


 確かにな。わざわざここまで来るのは手間か。あの公園みたいに、自宅近くの便利な場所を知っているから尚更だろう。

 ともかく聖奈としては、フードコートは公園の後釜にはならないようだ。


「そろそろ別のところ行くか? 今日は時間的にもう一箇所くらいが限界だけど」


 聖奈には門限があるので、あまり遅くまで連れ回すわけにはいかない。


「そうですね」


 聖奈はどこかしゅんとして見えた。


「すみません、丘崎さん。色々教えてくれてるのに、わがままばかりで」

「いいよ、気にしなくて」


 聖奈は小学校で交流がない分、少しでも長く他人と接していたいのだろう。

 その気持ちは、同じくぼっちな俺にもわかるから、面倒には思わない。


「じゃあ次で最後だけど、別に無理して決めることないからな」

「はい、それはもう」


 聖奈と一緒にミルクティーを飲み干して、俺たちは別の場所に向かった。

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