第8話 そうだよ、どうせ小さいよ
休日で、しかも、よほどの人気作なのか、館内はほぼ満員だった。
俺たちは、スクリーンの中央、館内の大体真ん中くらいの席に座った。運良く両隣に他の客はいない。
女児向け映画なだけあって、付き添いの親を除けば、座れば床に足が付かない小さなこどもだらけだ。俺ですら、巨人に見えているかもしれない。
聖奈一人でこの中にいれば、確かに浮きそうだ。
だからといって、俺は聖奈を許したわけじゃない。
「あれれー? ボクを売ったデッカいお姉ちゃんがいけしゃあしゃあと変なサイリューム構えて映画を楽しみにしちゃってるよー?」
「やめてください、丘崎さん……コ◯ンくん口調であおらないで……」
自分の分のみならず、俺の分のサイリュームまで握る聖奈は、まるで某エスタークのような構えをしていた。
そんなエンジョイ勢な聖奈の姿がカンに触り、俺は名探偵ごっこを続けてしまう。
「さーて、今日はボクが大活躍するために誰が尊い犠牲になってくれるのかなぁ。ネクストコナンズヒントは隣のお姉ちゃん」
「コナ◯くんはそんなこと言いませんしピンポイントで聖奈を犠牲者にしないでください……」
聖奈はサイリュームを膝の上に置き、申し訳なさそうな視線をこちらに向けてくる。
「丘崎さんに悪いことしたのは、聖奈だってわかってます。……でも、たえられなかったんですよ。チケットのお姉さんから、『あらぁ? こーんなデカい子が「ポリ・キュアー」を? 残念、この映画は身長制限があってあなたはアウトなのよぉ』なんて思われてるかもって思うと……」
聖奈は、サイリュームを握りしめた両手をぷるぷると震わせる。
被害妄想強すぎだろ。
すっかりしょげかえってしまった聖奈は、サイリュームを目元に当てる。まるで涙が流れているように見える。青い蛍光色だけどな。
まあ、いつまでも小学生を煽るのはみっともないよな。
「事前に一芝居するって教えてくれれば、話に乗ってやらんこともなかったんだが?」
「でもぉ、万が一丘崎さんに断られたらって思うと」
「俺だって聖奈の事情は知ってるんだから、断るわけないだろ」
「……ほんとうですか?」
開演前の、まだ明るい館内で、聖奈は唇を尖らせてこちらを見つめる。
生成されてまだ十年と一年程度しか経っていない唇は、厚みと潤いをたっぷり含んで見えた。
「じゃあなんでも、頼んでいいんですか?」
「なんでも、じゃない。できることだけな」
言質取ったと思われて無茶振りされてはたまらないので、釘を差しておく。
「……じゃあ、せっかくわたしが勇気出して頼んでも、断られちゃうこともあるんだ……」
膝の上でサイリュームごと握りしめられた両手は、小さく震えていた。
見た目のせいでついつい忘れそうになるのだが、聖奈の内面はまだまだ図太くできていない。ちょっとしたことで、こうして傷ついてしまう。
まあ聖奈の言う通り、勇気を出してなにかを頼んだのに断られてしまうのは、大人な俺だってキツい。
……小学生ってやつは、本当に大人に気を遣わせる存在だ。
どうせ小学生の考えることだし、ちょっと面倒なことを頼まれる程度で済むだろう。
「……わかったよ、なんでも言え。俺にできそうなことなら、叶えてやる。もちろん常識の範囲内でな」
俺がそう答えると同時、館内はスクリーンの側から順に消灯を始める。
俺たちが座る中央の席の明かりが消えかけると同時、聖奈は言う。
「なんでも……常識の範囲内で……」
俺の言ったことを復唱する聖奈は、サイリュームをまとめて握りしめ、天を見上げ、放心状態で何やら物思いにふけっていた。
「聖奈、顔が赤いけど……大丈夫か?」
俺は聖奈の顔を覗き込む。
……身長差の都合上、座っていても聖奈の顔を見上げないといけないから、こうせざるを得ないのだ。
もうすぐ映画が始まるとうのに、体調不良で退室なんてことになったら、楽しみにしていた聖奈はやりきれないだろう。
「は、はいっ! なんですか、伶依?」
そんな心配を吹き飛ばすように、大きな声で返事をしてくる。
「……それくらい元気なら、大丈夫そうだな」
ていうか何で俺を呼び捨てにしたの……。
これ、俺が「背下の人」だからって侮られ始めているのだろうか? 『弟』呼ばわりされた件もあることだしな。
「あっ、今のはちがうんですよ、ちがうんです。べつに、丘崎さんとおつきあいすることになったら下の名前で呼ばないと変かななんて考えてたわけじゃないんですよ」
と、そこまで言いかけて、あわわ、とテンパり始める聖奈は、自らの口をふさいだ。
「……ほら、そろそろ始まるぞ。俺じゃなくてそっち見とけ」
俺は聖奈からさっさと目をそらして、大きなスクリーンを指差す。
その手のことに関しちゃ冴えている自信がまったくないのだが、どういうわけか聖奈が俺を恋人扱いするつもりがあるのはわかった。
たぶん、聖奈がこれまで一人では行けなかったところへ俺を連れ出すには、『恋人』にしてしまった方が都合がいいからだろう。今日みたいに。『デート』という名目にすれば、多少は無茶が効く。
「本当にちがうんですよ、誤解しないでくださいね、べ、べつに丘崎さんのことなんて好きじゃないですから!」
「あー、はいはい」
なんで昔のツンデレキャラみたくなってるんだよ、と思っていると、館内は完全に暗闇に包まれた。
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