第9話 俺の人生を変えてしまいそうな――
映画を観終えたあと、俺たちはショッピングモールのフードコートに来ていた。
向かいの席に座る聖奈は、今だにサイリューム二刀流の構えを崩しておらず。
「すっごかったですよね! キュアー・スミースにキュアー・ギャルの大活躍!」
映画が終わっても興奮を引きずっていた。未だに発光を続けるサイリュームを振り回し、熱心に感想を語ってくる。
上映中の聖奈は、今以上に昂ぶっていたし荒ぶっていた。
ていうか、あの時の館内では、『昂ぶらない者は人に非ず』な空気が蔓延していた。
『応援上映』とは、本来ならほぼ黙って観るのがマナーなところを、とある場面が訪れた時、主人公の二人組が敵の大ボスに負けないように、お客のみんなでサイリュームを振り回して『がんばえー』と大声で応援しながら勝利を願うという、俺からすればカルト染みたイカれた儀式のことだった。
俺の見たところ、並み居るちびっこを押しのけて誰よりも熱心に応援をしていたのは、あの時すぐ隣にいた聖奈だった。
体も大きければ、その分声も大きい聖奈は、その時は気まで大きくなっていた。
隣の座席で状況を見守っていた俺に対しても、応援を強要してきた。
『丘崎さん! どうして応援しないんですか! 聖奈たちが応援して二人のラブリーフレンズエンジェルパワーをいっぱいにしないと負けちゃうんですよ!?』
そのテンション、うぜー、なんて思った。
映画なんだから、主人公たちが勝つに決まってるっていうのにな。
ていうか、なんだよ。ラブリーフレンズエンジェルパワーって……。
でも聖奈からすれば、自分が応援しなかったら負けちゃう、なんて本気で信じていたのだろう。
まあ、そんな聖奈はウザいことこの上なかったけれど。
自分の見た目をやたらと気にする聖奈が、こどもっぽく無邪気に振る舞うことができたのだから、映画を観に来たのは正解だったのだろう。
それに、夢中になれるモノがあるのは、無趣味で帰宅部な俺からすれば羨ましいところもあったわけだし。
「そうだな、すごかったな。初見の俺が観ても楽しめたくらいだからな。なんつーの、根本の作品力が優れてるんだろうな」
聖奈の感想に乗っかって、機嫌取りに走る。
とはいえ、完全に初見の俺でも楽しめたのは本当のことだった。
主役は小学生の女の子二人だけど、女児向けとは思えないくらい熱い展開満載で、お世辞じゃなくて本当にハマってしまいそうだ。
「そうなんですよ! 女の子でも男の子より強い二人ってところが魅力の一つなんですけどそれだけじゃなくてやさしさにもあふれていてですね丘崎さんも観たと思うんですけど敵としてでてきた人が相手でも最後は愛の力で仲良くなってしまうんですよね!」
聖奈は俺の倍の勢いで畳み掛けてくる。
すっげえ早口で、オタクのバイブスを感じる。
そんな聖奈の前には、フードコート内のファーストフード店で購入した、ハンバーガーセット一式が二人分並んでいた。
「それと、ラッキーセット、わたしの代わりに頼んでくれてありがとうございます」
ハンバーガーのオマケらしい、『キュアー・スミース』と、『キュアー・ギャル』のフィギュアを手にしてご満悦の表情をしている。
映画のあと、聖奈には二度目の『弟扱い』をされた。
俺もう完全に便利な男。
それに加えて、食事代は俺が持つことになっていた。
聖奈は遠慮したのだが、流石に小学生に飯代を払わせるのは気が引けた。
俺も変なところで男らしい。
俺が目指している男らしさは、こういうのとは違うんだけどな。
『ポリ・キュアー』の二人みたいに、巨悪を倒すとかそういうのがしたいんだよなぁ。
「気にすんなよ。二度目はもう慣れっこだったから」
「ヒュン! ばんっ! ごんっ! くっ、ラブリーフレンズエンジェルパワーが足りないッ! ……あっ、丘崎さんが気にしてないならよかったです」
「口から効果音出してお人形遊びするくらいならもっと俺を気にしろ」
聖奈は、二体のフィギュアを使ってぶつけっこをし、ド◯ゴンボールの空中戦のようなバトルを繰り広げていた。
ていうか『ポリ・キュアー』同士で戦わせてたけど、そいつら固い絆で結ばれた親友同士じゃなかったのか? 勝手に黒いオリジナルエピソードつくるのはやめろよ。せっかく映画はいい話だったのに。
フィギュア同士をガチゴチぶつけて遊ぶ美人。しかも人力SE付き。
傍から見たらヤベー奴としか映らないだろうけれど、聖奈にとっては幸いというべきか、満席のフードコート内には気にしている人間はいなかった。
「丘崎さぁん、ラブリーフレンズエンジェルパワーがたりないんですよぉ。応援ください」
「そんなことで甘えるな」
「ちっちゃな声でもいいんですよ?」
聖奈は、フィギュアを自分の両サイドに従えて、俺を見つめる。
聖奈のヤツ、すっかり俺に慣れたみたいだ。
今まで初対面状態だったから遠慮していただけで、こっちの図々しい方が本来の聖奈なのかもな。
学校ではぼっちみたいだし、なかなか本来の自分を解放するチャンスがないから、ここぞとばかりに自分自身を丸出しにしているのだろう。
「俺を見てちっちゃいって言うな。……『キュアー・スミース』、『キュアー・ギャル』、がんばえー」
小学校での不遇の光景はあくまで想像でしかないのだが、不憫に感じた俺は聖奈の思うままにしてしまう。
「丘崎さんが応援してくれたおかげで、なんとナゲットが出現しましたよ」
「んなもんねぇよ」
お前が注文したのはどっちもラッキーセットのハンバーガーの方だ。ナゲットの方じゃ足りねえって顔してたからそっちにしたんだろうが。
「ありますよ。丘崎さんの目の前に」
「これは俺のナゲットさんだ」
「違います。ラブリーフレンズエンジェルパワーで生まれた、聖奈にエネルギーを分けてくれるスーパーな聖奈専用アイテムです」
「『ポリ・キュアー』とやらは正義の味方な上に食料まで精製できるのか」
「そうです。あ、これ聖奈のオリジナルなんですけどね。しかし! その肉の正体はなんと小さなこどもの――」
「お前は、あの無害そうな勧善懲悪アニメに黒い設定を持ち込まないと落ち着かない病なの?」
心の闇を感じた。
「でも、丘崎さんだって、聖奈くらいの時は好きなアニメとかマンガにオリジナルな設定をつくって楽しんでたんじゃないですか?」
「……まあ、な」
身に覚えはある。
聖奈みたいに黒い内容ではなかったはずだけれど。
「丘崎さんのその肉は食べてはいけないものなんですよー。だから聖奈にください」
「いいよ。持ってけ。食い意地張りやがって」
だからそんなスクスクスクスク育ち過ぎちゃうんだぞ。この上まだ育つつもりかよ。お前、デカいことに悩んでいたんじゃなかったのかよ。
まあでも、食い意地張っているのは、こどもっぽいといえばこどもっぽいけれど。
呆れながら背もたれに背中を預けると、ちょうど聖奈が身を乗り出して俺のナゲットに手を伸ばしてきた。
姿勢の都合上、聖奈の胸が重力に引っ張られ、ワンピースで隠れていたはずの形状が目立ち始めてしまったので、俺は慌てて天井に目を向ける。
ダメだ。今見たものはさっさと記憶から消去するべきだ。小5の児童に「女」を感じてはいけない。
これが普通の高校生女子か女子大生なら、役得を感じこそすれ、罪悪感を覚えることなんてなかったというのに……。
「丘崎さんはやさしいですね」
うふふ、と聖奈は微笑み、ナゲットを口に放り込む。
「何がだよ、俺は優しくねーよ。小学校でもかんたんに騙されてるんじゃないだろうな」
「だまされてませんよー」
聖奈は、心なしか卑屈な顔つきになり。
「……大巨人はからだが大きいからちっちゃい人間なんてみんな踏みつぶしてしまうんです。怖がって誰も寄ってきませんから、だまされることもないです。聖奈は、みんなを踏みつぶさないように気をつけて生きてるだけです」
「ああ、うん、悪かったな……」
ちょっとした発言でも、聖奈のトラウマを刺激するリスクがあるな……。
ていうか、聖奈の見た目は、短所よりも長所の方がずっと勝っていると思う。
まあ小学校では色々あるのだろうし、遠慮のないガキどもから気にしていることをあれやこれや言われたら、自分を好きになれなくなったって仕方がないか。
俺だって、チビで細くて童顔のせいで、高校で不当な扱いを受けているものだから、気持ちはわかる。
「でも、聖奈思うんですけど」
聖奈が、両手をバンとテーブルに押し付けた時、空気が変わった。
「聖奈には、小鳥さんが必要なんですよ」
「小鳥さん……?」
「とっても強そうな大巨人の肩に小鳥さんが乗っていると、大巨人は大巨人でもやさしい大巨人に見えませんか?」
「まあ、牧歌的な光景ではあるわな」
「それなんですよ」
どれなんだよ……という心の声は、聖奈にも伝わったのだろう。
これはきちんと説明せねば、という気持ちになったらしい。
「だから……その、丘崎さんには、聖奈の小鳥さんになってほしいんですよ」
小鳥という名目でチビ扱いされているのは気になったが、怒る気にはなれなかった。
その表情を見れば、聖奈の意図は理解できたから。
……映画が始まる直前にも、なんかそれっぽいこと言っていたしな。
「丘崎さんは聖奈をちゃんと人間として見てくれますし……一緒にいて安心します。丘崎さんがいてくれれば、聖奈だってやさしくて怖くない人間に見えるはずです」
俺の顔色をうかがいながら、手元にあるポテトやらハンバーガーやら、果てはジュースまで寄越してくる。食い物で釣ろうってのか? 全部食いかけ、飲みかけじゃねーか。
けれど、どうあろうと、俺は聖奈の好意を受け入れることはできない。
俺は高校生で、聖奈は小学生だ。見た目は逆だけどな。誰がチビだ。
友達になるのならもちろん大歓迎だが、それ以上は無理に決まっている。
ていうか、恋人同士になった時のことを想像するだけで罪悪感がある。
「丘崎さん、聖奈と……」
それでも聖奈の告白は続き。
手元の食料を全部差し出した彼女は、とうとう、自分自身を、とばかりに身を乗り出す。
目の前は、聖奈の顔でいっぱいになり。
「――聖奈と…………夫婦になりませんか!?」
唐突なプロポーズ。
しかも小学生から。
俺の想像をワンステップ飛び越えた告白のせいで、意識が遠のきかけた。
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