第7話 シネコンで売られる

 シネコンは、モールの三階にあった。

 聖奈は、ネオン街のような暗がりの雰囲気に一段とテンションが上がったようで。


「うわぁ、聖奈、映画館に来てる、映画館に来てるんだ!」


 映画館に来ること自体が初めてなんじゃないかってくらいのはしゃぎ方だった。


「映画本編より堪能しちゃいそうな勢いだな。このシネコン来るの初めてなのか?」

「はい、そうなんです……」


 聖奈は恥ずかしそうに頷く。


「聖奈の家には地下にホームシアターがあるので、映画はいつもそれで観てたんですよ」


 またブルジョアな話を聞いてしまった。


「でも、聖奈、気づいたんですよ」

「何に?」

「『ポリ・キュアー』のほんとうのファンなら、劇場版はちゃんと映画館で観ないとダメだ、って。ブルーレイじゃダメなんです。今までのわたしは、作り物で満足していたんです」


 聖奈の瞳が輝きを放つ。

 そんな聖奈には悪いけど、どこで観ようと映画は作り物だよ。


「だから今日は、聖奈の夢が一つかなっちゃったっていうか。これも、丘崎さんのおかげです。巨人小学生がいる、って目立たずにすんでますし」

「小学校から一歩出ればそんなもんだ。誰も聖奈を巨人だなんてバカにするヤツはいない」


 上機嫌な聖奈を見ると、なんだか俺まで嬉しくなる。


「ひょっとしたら、ここじゃ誰か一人くらいは聖奈のことをお忍びで映画を観に来た芸能人かと勘違いするヤツもいるかもしれないぞ?」

「ええっ? それはありえませんよぉ」


 聖奈は、残像が見えるくらい顔と手を横に振った。


「そんなことになったら、落ち着いて『ポリ・キュアー』観れなくなっちゃう!」


 あくまで『ポリ・キュアー』が第一か。

 聖奈のためにも、さっさとチケットを手に入れることにする。

 この町にあるシネコンは、少々設備が古い。専用の端末を操作して座席を取るのではなく、カウンターにて観たい映画を申告してチケットを購入するシステムになっていた。

 兄貴風を吹かせたくなった俺は、二人分のチケットを買ってこようとするのだが。


「丘崎さん、ここは聖奈が」


 ずいっ、と前に進み出てた聖奈が、片手を伸ばして俺の進路を阻む。


「一人で買えるのか?」


 なにしろ、聖奈はシネコン初心者らしいから。


「もう、丘崎さんバカにしないでください。観たい映画を言えばいいだけなんですから、聖奈でもできますよ」


 それもそうだ。聖奈は小5に見えないから、ついつい小5の実態以上に幼い相手と思って扱ってしまう。多少実年齢よりも大人扱いするくらいでちょうどいいのかもな。

 まあ、はじめてのお使い感覚で任せるのもいいだろう。


「わかった。行ってこい」

「……えっと、丘崎さんにも付いてきてほしいんですけど」

「え? どういうこと?」


 さっき、一人でも買えまあすっ! みたいなこと言ったばかりだよね?

 すると聖奈は途端に無言になり、俺から視線をそらした。

 急に愛想悪くなったな……いったいなんだっていうんだ?


「……だめ、ですか?」


 かと思いきや、態度を急変させて、まるで立派な胸を強調するみたいに手を後ろで組み、潤んだ瞳をこちらに向けてきた。

 ひょっとしてこれ、おねだりモードなんじゃないだろうか。

 この女、さては自分の体つきに無自覚なフリして武器だってきっちり自覚しているのでは……?

 いやー、まさかね。俺の考えすぎだ。

 見た目に騙され過ぎだよな。こいつの中身は小学校5年生なんだから。


「いいよ。それくらい」


 まさか取って食われるわけでもあるまい。俺は快くオーケーする。


「ほんとですか? やったぁ。丘崎さんって、すごくやさしいから好きで……」


 などと言いかけた聖奈は、両手で口元を覆う。


「あっ、今のはちがいます、ちがうんです!」


 聖奈は、若さと生命力の象徴みたいな柔らかツヤツヤな髪を振り回して、違うんです、と連呼しながら顔を赤くして、その場にしゃがみ込む。


「あの……聞こえちゃいました?」


 耳まで赤くした聖奈が、最新の注意を払って様子をうかがうようにこちらを見上げる。捨てられた子犬のような弱々しさである。


「え? 聖奈、なんか言ったのか?」


 聞こえないフリをしたのは、俺が難聴系主人公だからではなく、武士の情け。


「よかったぁ。丘崎さんのこと好きって言っちゃったの聞こえてなくて……」


 無 意 味 。俺の気遣い。胸なでおろしてる場合じゃねえだろ。

 あざとい。この子あざといわー。きっと俺以外の男にも同じことしてたぶらかしているクソビッチなんだわー。

 ……なーんて思うのは、精々中学生以上の女子に対してだけ。

 小学生の聖奈にそんなスキルあるはずないもんね。

 これくらい、可愛いもんよ。

 別に、本心はどうあれ、『好き』って言われて満更でもない、なんて思ってるわけじゃないからね。

 仮に思ってたとしても、巖田を始めとする筋肉モリモリマッチョマンズから受ける日々のストレスの反動である。

 そんなわけで、俺は聖奈と並んでカウンターの前に立つ。

 チケット売りのお姉さんは、にこにこ顔で待ち構えていた。

 カウンターの上には、空港における発着予定一覧のように、上映中の映画のタイトルがズラリと並んでいる。

 劇場版『ポリ・キュアー』は、二種類上映されているらしい。

 片方は映画のタイトルだけなのだが、もう片方は、タイトルの最後に『応援上映』という文字がくっついていた。

 普通の映画とどう違うのか、俺にはわからないのだが。


「あの、『ポリ・キュアー』の、応援上映の方でおねがいします」


 聖奈が選んだのは、応援上映という文字がくっついた謎のバージョンだった。

 まあ、どちらにせよ同じ映画には違いないだろうし、俺より詳しい聖奈が迷わず選んだのだから問題あるまい。

 なんて思っていたのだが。

 聖奈は突如カウンターに上半身を乗り出すと。


「ワタシの『弟』が、どうしても二人を応援したいって言うので!」


 聞かれてもいないのに、チケット売りのお姉さんに対して、そんな申告をした。

 は? って思ったよ。

 ていうか、『応援』ってなんだよ。誰を?

 それはともかくとして。

 聖奈が俺を『売った』というのはわかった。

 聖奈の魂胆はだいたいわかる。


「ワタシはつきそいでー、小学生の『弟』が観たいって言うからここまできただけなんでー、女の子向けの映画が観たいなんて、困った『弟』なんですよー」


 いらぬことをべらべら喋る聖奈。

 つまりこいつは、別にこの場では誰も気にしていやしないというのに、『女児向け映画を観に来た大人』として見られるリスクをなにがなんでも排除したいのだ。

 だから俺を『弟』に見立てる不義理をした……!


「きみ。お姉さんに連れてきてもらって、よかったね」


 チケット売りのお姉さんまで、にっこりスマイルで俺に追い打ちをかける。

 俺、女児向けアニメを観るのに適齢期なこどもに見えるの……? そんな背低いつもりなかったんだけどなぁ。


「ほら、伶依、行くよー。昨日楽しみすぎて寝れなかったなんて、まだまだこどもなんだから☆」


『姉貴風』を吹かせる聖奈は、俺の手をぐいぐい引っ張って、スクリーンのある館内に連れ込もうとする。

 こいつ自身も、後ろ暗いことをしている自覚はあるらしい。

 屈辱的だが、『バカモーン、こいつが小学生だ!』だなんてムキになって真実を暴露しても、誰も幸せになれない。

 理不尽に耐える。それが大人。


「ウン、オネエチャン、すっごく楽しみだなぁ……!」


 けれど、素直なガキを演じる俺のこめかみは怒りでヒクつきまくっていた。

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