第5話 スマホの力で打診される

「――あー、悪夢だ悪夢だ……」


 朝っぱらからそんなことがあり、憂鬱なまま昼休みを迎える。

 俺は学食に向かわず、購買で買ったパンを片手に、自販機から紙パックのジュースを取り出した。

 私立照光港しょうこうこう高校は、私立なだけあって、各種施設が充実している。

 校風や生徒はバンカラの名残があるけれど、校内は洒落たオフィスのように小綺麗だ。

 まあそんな洗練された施設も、ガチムチ男子動物園と化したこの学校では、宝の持ち腐れなのだが。

 俺は基本、昼休みはぼっち飯である。

 なにせクラスメイトは、今朝の巖田みたいなガチムチしかいないからな。

 たまーに、他クラスのまともな感性をもった知り合いと一緒に学食へ行くことはあるけれど、そいつ、あんまり学校来ないからなぁ。今日も来ていない。

 だから今日は、全国チェーンの飲食店がテナントで入っている学食ではなく、西校舎と東校舎を繋ぐ連絡通路の脇にある中庭でぼっち飯を決め込んでいる。

 憂鬱な俺とは対照的に、空は快晴だ。

 サイコロ状になった大理石に腰掛け、何気なくスマホを確認する。

 メッセージの通知があった。

 富士田聖奈からだ。

 この男子の園の中にあっては、小学生といえども女の子からの着信はちょっとした癒やしだった。

 女子と疎遠なのは、巖田たちだけじゃなくて俺も同じだから。

 聖奈を自宅に送った夜、連絡先を交換しておいてよかった、なんて思ってしまう。

 チャットアプリを通したメッセージには、こうあった。


【丘崎さん、やりました!】


 なにをやったっていうんだい。


【今日のリコーダーのテスト、合格でした!】


 テスト、今日だったのか。俺と会ってなかったら、テスト本番も緊張で失敗してたのかもな。


【これも全部、丘崎さんが先生やってくれたおかげです】


 そうだろうそうだろう。

 聖奈のメッセージに既読を付けた俺は。


『いや、合格は聖奈の実力だろ。誇っとけ』


 結局、本番で頑張ったのは俺じゃなくて聖奈なわけだし、ここは褒めとかないとな。

 聖奈から、太陽をモチーフにしたゆるキャラがバンザイをしているスタンプが付く。


【あの、おねがいがあるんですけど】


 何やらおねだりしてきた。

 俺は、グラサンのロン毛髭面男が耳に手を当てているスタンプを貼って先を促す。


【じつは今、「ポリ・キュアー」の映画がやってまして……今回ので20作目なんですけど……】


 あの女児向けアニメ、俺の全人生より歴史があったのか……。


【……それ観るために、ついてきてほしいんです】


 その後、聖奈とメッセージのやりとりを続けたところ、こういう事情があるらし

い。

 当日は小さな女の子で埋め尽くされるであろう劇場内は、大きな女の子である聖奈にとって完全にアウェイ。

 聖奈はそんな環境でも平然と鑑賞を続けられるほどメンタルは強くない。

 なにせ、人の目を気にすると、リコーダーを吹く時でさえ、本来の実力を出せなくなるくらいのあがり症だ。

 けれど、同じく、『男子高校生』という異物である俺が一緒なら、奇異の視線にも耐えられるとのこと。視線が分断されるからな。

 要するに、映画を観るためだけに俺を利用したいということ。


【聖奈、一緒に観に行く友達もいなくて……お父さんもお母さんも忙しいし……】


 ほんの触りの部分でしかないとはいえ、聖奈がクラスで息苦しい思いをしているのは知っているので、同じく教室に嫌気が差している俺はついつい同情してしまう。


『「ポリ・キュアー」のことはよくわかんないけど、俺でいいなら、いいよ』


 聖奈に対して、俺はそう返事をした。

 聖奈が欲しているのは、『男子高校生』という身分の俺。

 どっかのバカどもから、『女子高生』を求められた直後なだけに、俺の男らしさを必要とされているようで、気分は悪くなかった。


【ありがとうございます、丘崎さん! 楽しみにしてますね!】


 すぐさま聖奈から感謝のメッセージが返ってくる。

 こういう素直な反応をされてしまうと、利用されているだけとわかっていても、返事してよかったと思えてしまう。

 まあ直後に貼られた、あきらかにヤバい目つきのクマのキャラクターが両手を上げているスタンプが何を意味しているのか、よくわからなかったけれど。ちょっとしたジェネレーションギャップ的なモノを感じてしまう。

 そんなわけで俺は、この週末、聖奈と『ポリ・キュアー』の映画を見に行くことになった。

 初めて二人きりでおでかけする女子が、まさか小学生とは。

 まあ、家族サービスをする親の気分で、連れて行ってやろう。

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