第4話 誰得! 俺含め登場人物全員男子回!
見た目は大人、頭脳はこどもな美少女聖奈と遭遇した翌日。
俺は憂鬱な気持ちを抱えながら、通い慣れた通学路を歩いていた。
通っている高校にたどり着くには、長い長い坂を乗り越えないといけない。
どうしてこんな坂の上に学校を建てたのか、と創立者を恨みたくなるが、どうもうちに学校に通うと決めた連中は、むしろこの悪環境を歓迎しているらしかった。
まあ、うちの学校は特殊だからな。
だからこそ、俺みたいな平凡で善良な生徒にとっては、頭痛のタネでしかないわけで……。
ここに通うって決めたのは俺だから、あまり文句も言えないのだが。
無事教室にたどり着き、窓際端っこの自分の席に座ると同時。
この学校に通う上で、最大の憂鬱がやってきた。
「――よぉ、丘崎伶依ぃ。よぉく来たなぁ!」
たった一言だけで粗野とわかる野太い声が、俺の頭上から降りかかる。
俺の席を取り囲んでいるのは、バンカラな雰囲気を漂わせる、長身でガチムチの男子生徒たちだった。
当然というかなんというか、俺よりずっと背が高い連中だ。
傍から見れば、体育会系のガチムチ軍団に絡まれていると一発でわかる光景である。
「……なんだよ」
俺は目を合わせることなく言い返す。
「予鈴が鳴るまで、ちょっとツラ貸せやぁ。嫌とは言わせねえぜ」
集団のリーダーは、俺の正面にいて、両手を机にドンと押し付けてくる。机ドンだ。
多勢に無勢。
これから何が起こるのか、かんたんに想像できるけれど、抵抗したってムダだってことは経験上わかっている。
俺は黙って立ち上がる。
「おっ、今日はヤケに素直じゃねえか」
リーダーと、その周りの男たちによる、嘲笑にも似た下卑な笑い声。
この学校独特の粗野な雰囲気に飲まれた生徒にとって、俺のような生徒は格好の的。
だから俺は、学校が嫌いだった。
★
俺が連れてこられたのは、屋上だった。
一年生の教室は、校舎の最上階にあたる三階にあるので、屋上まではすぐだ。
マズいことにこの場所は、教職員の目に付きにくいときている。
ここに連れ込まれてしまっては、助けは期待できそうにない。
俺の前には、出入り口を背にするかたちで、ガチムチ男子がずらりと並んでいる。
その一歩前にいるのが、バンカラ男子集団のリーダー、巖田(いわた)だ。
角刈りの巖田は、厚い胸板を誇示するように腕を組み、俺を見下ろす。
なにせこいつは、身長190センチに届こうかというレベルの巨漢だった。
「丘崎ぃ……いや……」
巖田がまた一歩、距離を詰めてくる。
「レイちゃんって呼んだ方がいいかぁ?」
ゲハハ、と品性下劣な笑い声が、澄んだ朝の空気を汚していく。
「今日こそ覚悟してもらうぜぇ。おい、お前ら、囲め!」
巖田の指示を受けたガチムチの集団は、俺を取り囲む。
腕を伸ばせば俺の顔面まで届く位置までにじり寄ってきた時。
男たちは、体を大きく反らせ、勢いをつけるために振りかぶり。
パァン!
と、大きく弾ける音を鳴らしながら。
額と両膝と両手を地面に押し付け、土下座をしていた。
全員、俺に向かって。
他の連中と同じく土下座スタイルのままの巖田がこう言う。
「レイちゃん……いや、レイ様!」
わざわざ様付けをして言い直し。
「お願いします! 重大な頼みがあるのです! 哀れな我々をお救いください!」
いったい何事だろう……と考えるまでもなく、もう何度も聞いた『重大な頼み』とやらを口にする。
正直屋上に連れてこられた時点で、またか、としか思わなかった。
「――どうか今後、女子生徒としてお過ごしください! 我らのために!」
「お断りだバカヤロ」
俺は、最前列で土下座している巖田の頭に軽くストンピングを食らわせる。
巖田は丸太みたいな首をしているので、蹴ったところでたいしたダメージにはならず、むしろ俺の足の方が痛くなる。
「で、でもぉ、レイちゃん聞いてくれよぉ。オレらの事情も考えてくれよぉ」
俺の足にすがりつく巖田。
「クネクネするな気持ち悪い! あとお前らの事情なんて知らん!」
「そんなこと言わず!」
「我らのために!」
体育会系ガチムチの集団は、土下座ポーズを解除し、肉を求めるゾンビのようにこちらにわらわら寄ってくる。
なぜこいつらがそんな気色悪いことを言い始めたのか、もう何度も頼まれているので俺は知っている。
俺たちが通う、私立
おまけに、部活動の分野で全国的な実績があるからか、入学してくるのは筋肉質で無骨な体育会系男ばかり。
唯一の女っ気、女性教師は、ベテランの中年しかいない。
思春期男子が求めるような、色気なんて素っ気もない学校なのだ。
俺の場合、そんな雰囲気が目的で入学したからいいのだが、こいつらは違うみたい。
「レイちゃん、マジヤベェんだよぉ。このままじゃオレたち、いざ女子が目の前に現れたらどうすればいいかわかんなくなっちまうよぉ」
「オレたちだって楽しく女の子と話せるようになりたいんだよぉ」
「だからせめてイメトレだけでも!」
「大丈夫! レイちゃんはそこらの女子よりずっと可愛い! おれが保証するぜ!」
ガチムチどもが好き勝手なことを抜かしてきたので。
「保証すんなオラァ」
俺は制裁のチョップを食らわせる。
事情を知っていようと、そして、同性として多少は同情の気持ちがあろうとも、女子の役をしろ、だなんて頼み、受け入れられるわけがない。
俺は戸籍上も性自認も男性なのだから。
まあ、こいつらは体育会系でガッツいた男たちなのだが、強豪校でたまに起きるような、性欲の暴走の果てにシャレにならないような犯罪をするタイプではない。小学校時代、授業中もずっと昼休みにするドッジボールのことばかり考えていた運動好きのガキたちがそのまま成長したような純粋な男ばかりだ。むしろ、純粋すぎるからこそ、俺を利用して、いざ女子を前にしても紳士的な対応ができるようにイメトレしたがっているわけで、その辺の節度をわきまえていること自体は嫌いじゃない。
だからといって、喜んで協力する気にもなれないんだけど。
「でも、こんなこと頼めるの、レイちゃんしかいねえんだよぉ」
リーダー巖田は、とうとうグズり始める。正座で。
「レイちゃんは顔も女の子みたいだし肌もキレイだし髪もサラサラだし声変わりもまだっぽいし背もちっこくてかわいいし……まさにオレたちが求める女の子の理想像なんだ」
「俺にとってはどれも褒め言葉じゃないんだが」
むしろバカにされているようにしか聞こえない。
「でもレイちゃん、体育で着替える時、オレらに見えない場所で着替えてるだろ? 最近思うんだ。レイちゃんは、本当は、女の子なんじゃねえかって」
「お前らがキモい視線送ってくるからだ」
こんなバカどもの世迷い言に付き合っていられるか。
「用が済んだんならもう行くからな」
そんな殺生なぁ、という叫びを背中に浴びながら、俺は屋上をあとにする。
身長のこともあるのだが、見た目が男らしくないことは、俺も気にしていた。
だから、あえてバンカラな男子校に入学することで、男らしさを鍛えようとしたのだが。
現実はこれよ。
ガチムチ男子校の空気を吸えば俺も男らしくなれると思ったんだけどなぁ。
ここにいるのは、逞しい見た目をしていながらそこらの男子生徒より女々しいゴリラばかり。豆腐メンタルのメスゴリラちゃんだ。
高校1年生の、5月。春が終わり、夏が近づき始める頃。
俺は早くも、この高校を選んだことを後悔し始めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます