第2話 イチャラブは罪の匂い

 はいここで前回のあらすじ。

  

 リコーダーが苦手な帰国子女らしきグラマラス美女にレッスンしてたらなんと小学生で俺がクソチビ高校生男子と知った途端に鼻血吹いて倒れた。

  

 わっけわかんねえんだが。

 けれど一旦冷静になって、わかったこともある。

 聖奈さんが小学生だなんて、ウソだ。

 このリコーダー練習用小冊子は、誰かの借り物に違いない。

 きっと聖奈さんには、名前が同じ親戚とか知り合いがいて、これはその子のだ。

 はい、問題解決。

 ……解決ったら、解決!

 あとは、やむをえぬ事情により、俺の膝を枕代わりにして気絶している聖奈さんが目覚めるのを待つだけだ。

 気絶してしまった時はどうしようかと思ったけれど、今はのんきに寝息なんぞ立てている。命に関わる問題じゃないみたいでよかった。これ以上問題を増やしたくないからな。

 空模様はすっかり暗黒で、平和な家族なら夕食を囲んで一家団欒を始めている時間帯。

 もし、万が一、本当に聖奈さんが小学生なのだとしたら。

 こんな時間まで外に出歩いている娘のことを、親御さんは心配しているに違いない。

 まあでも小学生じゃないから関係ないんですけどね!

 ていうか、男子高校生の俺が小学生女子に「膝枕」なんてしていたら、完全に事案だ。

 でもほら、俺って高校生の大人だし?

 流石に気絶した女性を放置してさっさと帰るわけにはいかないでしょ。

 女子小学生はウソだとしても、人目を引く美女なわけだし、放置していたらハイエースに乗った悪漢たちにさらわれちゃうかもしれないし。

 こうするしかなかったんだよ。

 ふと見下ろすと、そこには当然聖奈さんの顔がある。

 街灯しか明かりがないせいだろうけれど、本当に、無邪気なこどものような寝顔に見えた。

 すると聖奈さんは、何やらむにゃむにゃ言い始める。

 目をこすりながら、むっくり上半身を起こした。


「おはようございます……」

「お、おはようございます」


 ついつい返事をしてしまう俺。


「あ、おかーさん、今日の朝ごはんはたまごやきじゃなくて目玉焼きがいい~。黄身のところぐじゅぐじゅなやつ~」

「残念ながら俺はお母さんじゃないし今は朝でもないんだわ……」


 やべえ。寝ぼけて甘えんぼ状態になっていると、舌っ足らずな声も相まって余計小学生に思えてしまう。


「おかーさんじゃ、ない?」


 中途半端に開いた目は俺をロックオンし、指をさす。


「じゃあ、おとーさん?」

「お母さんでもお父さんでもない」


 俺が答えると、聖奈さんは、夜行性動物みたいにぱっちり目を開いて。


「……じゃあ、だれなの?」

「そういや名乗ってなかったけど、俺は丘崎伶依(おかざきれい)っていって」

「だれなの?」

「名前を聞いてもピンとこないのはともかく、俺の顔まで忘れちまったか。……眠ってる間にちょっと前の記憶を失ったみたいだな」

「ここ、どこなの……?」


 聖奈さんの大きな瞳に、澄んだ海が生まれ、溢れ始めた。


「おかーさんはぁ? おとーさんはぁ? ここどこぉ?」


 なんということでしょう。

 美女の姿をした女子小学生(疑惑)が、近所迷惑も考えず、うわぁぁぁん、と、大きな声で泣き始めたのです。


「ほら、俺、これ! リコーダーの先生だよ!」


 俺は、地面に落ちてしまっていたリコーダーの楽譜集を拾い、聖奈さんの前に掲げた。


「リコーダー……せん……せい?」

「そうそう! ほら、この曲、上手く吹けるようにアドバイスしてやっただろ?」


 とっさに俺は、ベンチに転がっていたリコーダーで『エーデルワイス』の演奏を始める。

 ああこれで、小学生と間接キスするハメに。

 いやだから小学生じゃない!

 とっくの昔に卒業したはずのリコーダーだが、体はまだ覚えていたようで、ほぼミスなく演奏することができた。

 その笛の音は、ゴーレムを眠らせられそうなくらい優しく響き、聖奈さんはどんどん落ち着きを取り戻していった。


「あ、思い出した! 聖奈にリコーダー教えてくれた人!」

「そうだよ~」


 などと軽妙に答えながら、俺は小学生時代に友人がふざけて演奏していたのを真似して習得した、『マスター・オブ・パペッツ』の間奏部分をリコーダーで再現する。


「ごめんなさい……急に知らない人が目の前にいるって思って、パニックになってしまいました……」

「そうだね、知らない人が目の前に突然現れたら怖いもんね」

「こ、高校生の、男の人の先生ですよね……?」

「そのことはもう思い出さなくていいゾ」


 また卒倒されてはかなわんので、話題をそらそうとする。


「せ、先生、その笛、聖奈のですよね? 高校生の先生と、間接キスになっちゃうんじゃ……」


 やべー。まーた行動が裏目に出た。卒倒しかかっている。この子、案外ウブだな。

 話題話題、とにかく話題をそらさなければ。


「あー、俺、ちょっと聞きたいことがあって」


 無理矢理質問タイムに入ろうとする。

 そういえば、さっきから俺、すっかり聖奈さんに対してタメ口だな。

 認めたくはないのだが……俺の中では、聖奈さんは完全に小学五年生ってことで確定してしまっているのかもしれない。

  

 こうなったら、この際だ。

 真実を……確かめてしまおう。

  

「そのリコーダー練習用の本に、『富士田聖奈』って書いてあるけどさ、もしかして君の名前かな?」


 聖奈さんは、手元に戻っていた小冊子に一瞬視線を落とすと。


「そうです、これ、聖奈のですし」

「……でも、まさかそこに書かれてる『5年3組』ってのは、なにかのネタだよね?」


 すでに勝敗は決した。それはわかっている。俺は賭けに負けたのだ。

 往生際の悪い俺は、それでも現実を受け入れられず、どうにか別の答えを引き出そうとする。

 だが俺は気づいていなかった。

 聖奈さんの正体を知ることから目を背けたいあまり、自分のことで精一杯になりすぎていたのだろう。


「聖奈は、そんなに小学生に見えませんか?」


 目の前の聖奈さんは、憤慨しているように見えた。

 空気がぴりぴり震えていて、こころなしか髪の毛が逆立っているような……。

 見ようによっては、クールビューティーとも形容できそうなくらいの美人なだけに、強い視線で射抜かれると相当な迫力があり、俺はたじろぎそうになる。

 実年齢はどうあれ、俺は聖奈さんを、おっとりした人だと思っていた。

 その彼女を、こうまで怒らせてしまうとは。

 聖奈さんにとって、大人びた美人として見られることは本望じゃないのだろう。


「聖奈だって、好きでこうなったわけじゃないです!」


 静かな住宅街の一帯に響き渡ってしまいそうな、大きな声だった。


「ランドセルだって似合わないですし、座る席だって小さすぎてきゅうくつだし!」


 学校では、見た目で得したことよりも損することの方が多いのだろう。

 その時のことを思い出してしまったのか、聖奈さんの瞳は再び湿り始めた。


「聖奈なんて人間じゃないバケモノなんです! このままスクスク育ちすぎて進撃してこの国をめっちゃくちゃにしちゃうんです!」

「いや何もそこまで言うことないんじゃないかなぁ……」


 俺はどうにかなだめようとする。

 実年齢を確かめたかったのは、なにも聖奈さんを傷つけるためじゃないのだから。

 今日は珍しく女の子と関わる機会があると思ったら、まさかこんなことに巻き込まれるとは。


「ほら、一旦落ち着こう。またリコーダー演奏してやるから! 俺、リコーダーでスラッシュメタルの曲だって演奏できちゃうだぜ? 細かいタンギングがポイントで……」


 どうにかして聖奈さんの気を引こうとするものの、俺の提案はまったく魅力的ではないらしく。


「話そらさないでください! ここがこんなになってる小学生なんて、いるはずありません!」


 そうして俺の手を取ったと思ったら――

 不幸は連鎖するものだ。

 運の悪いことに、近くを巡回していたらしいポリスが俺たちに気づいたらしく、乗っていたチャリを急停止させた。


「君たち、どうかしたのかい?」


 警戒心を解くような穏やかな笑みを浮かべ、こちらに寄ってくるポリスは女性だった。

 背筋はピンとしていて、身のこなしにも優雅さと力強さがあり、相当有能な警官なのだろうと想像できた。


「ん……? 君たちは……」


 遠目かつ暗がりからではわからなかったのか、ポリスは俺たちの姿がしっかり確認できる位置までやってきた時、急に不審そうな視線を向けてきた。

 それもそのはず。

 俺の提案を拒否した聖奈さんは、俺の手を取っていて。

 その手を向かわせた先は。

 富士田聖奈の、小学生とは思えない、大きな山なりの片方。

 力を入れれば入れるほど、指先がどこまでも沈んでいくという、大きく柔らかい偉大なる山だった。山なのにまるで底なし沼だ。

  

 完全に逮捕案件である。

  

 この時俺は、プリズンでの長い長いバカンスに思いを馳せてしまっていた。

 檻の中じゃ性犯罪者はめっちゃいじめられるらしい。

 どうやったら獄中で自殺できるのか考え始めた時だ。

 ポリスの悪を憎む正義の瞳は、俺ではなく富士田聖奈に向かっていた。


「痴女……か……?」


 その反応を見る限り、ポリスの目には、小学生に無理矢理自らの胸を触らせる事案女子大生、として映っているらしい。

 いや俺小学生じゃねえし。

 小学六年生に混じったって背の順で真ん中より後ろになれるくらい背あるし。

 この人、完全に俺たちの見た目で誤解していやがるな。

 おかげで俺は助かったけれど……。

 聖奈さんがピンチだ。

 ポリスの手には、ギラリと光る手錠があった。


「あ、これは誤解なんですよ」


 聖奈さんを犯罪者にしてしまうわけにはいかない。

 だって、聖奈さんは何も悪いことをしていないわけだし。

 悪いやつがいるとしたら、聖奈さんのセンシティブな問題にズカズカ踏み込み、あまつさえ、右手で味わってしまった幸せな感触を役得だとちょっぴり考えてしまっているゲスな俺だ。


「俺がちょっとバランス崩しちゃって。そしたらたまたまこうなっちゃったんで」

「いいんです、かばわないでください。聖奈、逮捕されちゃうべきなんです。巨人罪で」

「冷静になれ。そんな罪状はない」

「でもこの大きさは……犯罪級です」

「なにかのキャッチコピーみたいだな」


 確かに大きかったが。

 違う。聖奈さんが言っているのは、胸じゃなくて身長のことだ。


「自首するか。それもよかろう」


 ポリスは、手錠をヌンチャクのように振り回し始める。


「だから誤解って言ってるじゃないですか」

「だめです! 聖奈は他にも犯罪しちゃいましたから!」


 擁護しようとしているのに、それを台無しにしていくスタイルの聖奈さん。


「君はなんで逮捕される方向に行こうとしちゃうの?」

「で、でも、聖奈は丘崎先生とキスをしちゃいましたし……!」

「なっ、キスだとっ……!」


 ポリスの背後で雷鳴が轟いた気がした。


「うらやまけしから……いや、逮捕だ逮捕! どこぞのガバガバ県警と同じだとネットで笑われる前に犯罪を未然に防いでくれる!」

「いや、間接キスくらい別に……」

「犯罪です! 結婚前にキスしちゃった罪で逮捕です!」

「そうやって次々オリジナルの罪状考えるのやめろよ……」


 それで逮捕されているのなら世のカップルは全滅だ。


「よし。罪を認めたな! 結婚前にキスしちゃった罪で、逮捕!」

「あんた本当に警官ですか……?」


 本職なら、そんなデタラメな罪で逮捕するはずがない。


「なぁにぃ! どっからどう見ても警官そのものだろうがぁ!」


 妙に動揺する女性ポリス。


「見ろ! ちゃんと警官の格好をしているだろうが!」


 確かに完璧な警官の格好をしているけれど……どっかおかしいんだよなぁ。

 ポリスにもやましいところがあるのか、一瞬だけど、俺たちへの警戒が鈍くなった。

 逃走のチャンスと判断した俺は、聖奈さんの腕をしっかり掴み。


「今だ、聖奈さん! 変な警官に逮捕される前に逃げよう!」


 俺は、渋る聖奈(さん)の手を引いて、国家権力の手の届かない場所を目指して駆け出すのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る