第248話 待機の日々

 大陸に戻ったイネちゃんたちは、情勢の変化が起きるまで各々で待機することになった。

 イネちゃんたちが地球を後にする直前の情勢としては、何度も開かれる緊急会合という状況に世界全体でピリピリとした空気感が広がっていて先行き不安から株価が不安定になりつつある……くらいの状態ではあったけれど、いざ戦争ともなればそれどころではないからね、各国が戒厳令に近い形での情報統制もしたこともあって魔法やブロブについての情報は伏せられてはいたものの、日米代表が帰国する際に発生した戦闘の一部がどこからか流出したようで50m級の人型ロボットっていう単語だけが1人歩きしていたのはどうかと思ったけど。

 ともかくイネちゃんが地球を後にする形で大陸に戻る時の情勢としては戦争の雰囲気に近いものが形成されていた。

「イネ、手合わせ中に考え事は悪い癖じゃないかな」

「あぁごめん。でも今は対魔力用装甲材の実証試験の意味合いが強いから、気にせず攻撃続けてもらえばいいよ」

「でもイネ、こっちもコツを掴んできたからそろそろ意識を向けてくれないと事故が起きるかもしれない」

「……確かに防護膜が剥がれてきてるね。ヨシュアさんの連撃数十回で剥がれるようじゃ実戦での運用はまだ厳しいか」

「実戦でって。それだけ頑丈なら……」

「イネちゃんだけで運用するなら、そうだね。ただ実際にこれを必要とするのってイネちゃんじゃなく魔法ってものがない世界の戦闘要員だからイネちゃんの試作品を解析して大量生産できないと意味がないんだよ」

「大量生産品ならこれでも十分そうだけど……」

「ダメかなー、戦場で運用する前提な上にこれもそれほど軽いものじゃないし、防護が剥がれたらその時点でただの装甲板でしかなくなっちゃう。対物理ならそのまま運用できなくはないけど、今必要なのって対魔法だから」

「だから小盾サイズで試験してるのか……」

「盾が実用レベルになったら軽い胸の防御用の板とかヘルメット、足や腕に付けるプロテクターと広げていくよ。大盾があったほうがいいならそっちもやらないとだけどね」

 実際のところイネちゃんたちだけで問題が解決できる環境が整えば必要のないものではある。

 でも現実では決してそんな無双して局所戦闘だけで戦争を終わらせるような創作物の主人公のようにはいかない事の方が普通だし、暗殺で事が終わるのであればそれが1番手っ取り早いし、犠牲者を極力減らすことができるという意味では理想だからこそそれができる状況で、イネちゃんがやれと言われればやぶさかではないものの一定の社会を形成している国家とかでは単純にリスクの方が大きくなるからね、ムーンラビットさんは最後の手段として絶対優先しない。

 となれば真っ向からの軍事作戦を相手から仕掛けさせるように動くことだろうし、そもそも戦うための準備が出来ていなければそれを回避するために動くのは今までの付き合いで重々承知していることでもある。

「こっちに戻ってくる直前のあっちの空気感は、戦争とかの大きな争いが起きる直前みたいなものがあった以上は、こっちも備えておかないといけないからね。戦争は1人でやるものじゃないから装備の充実は必須だしね」

「戦争……か。嫌だね」

「こっちが嫌と言っても聞かない相手である以上は仕方ないってね。ここで備えないのはただの愚か者、奪われるだけの本物の愚者だから」

 まぁ今話し合いのためにヒヒノさんがあの異世界で頑張ってくれてるわけだけど……そっちの動きはイネちゃんたちは把握できてないし、どうにも交渉役であるキャリーさんとジャクリーンさんの方でも詳しい情報が入ってきていないとのことで、地球側の異世界交渉担当者の大陸担当の人間なため情報の便宜は図ってある程度流してくれるものの、徹底的な縦割りで横のつながりが希薄なのに対してこちらではない異世界側への交渉は実質できていないらしく、テロを行ってる方の異世界との交渉はパイプがないこともあってヒヒノさんがやっているやり取りを地球に残ったサポート役からもらって地球側の要望を伝えてもらおうとするとかいう足の引っ張りをしているとかなんとか。

 自分たちが交渉の場に立てないことに対しての焦りはわかるのだけれど、そもそもの根本として下手に要求を出して争いが加速する状況だということが見えていないわけだ。

「それで、イネはこれの改良と量産体制についてどのくらい考えがまとまってるんだい?」

「んー……対魔法を魔法を使わずにってのは現時点だと実質無理だね。可能な限り一般的な鉱物でって考えると質量を持たないのに実質超質量のビームと似たような能力を発揮するヨシュアさんの魔法に対しての防護が難しいどころか無理だからね。相手が点による攻撃ではなく面、空間に対してやってくること考えると多少落とせはするけどねぇ」

「面や空間となると完全防御は無理じゃないかな」

「まぁね、それが一般的な盾が廃れている要因である以上はある程度仕方ないと割り切る必要があるとは思ってるよ。でも逆に技術的ブレイクスルーが発生すれば有用な防御手段として復活するのはアングロサンが証明しているから……」

「それを意識して、短期間で突破しようとしているってことか……」

「実際無茶だとは自覚してるよ。ある程度の応用できそうなものはもう試しちゃってるから漫画やアニメみたいに日常生活から発見して明日にはできてるなんて都合のいい展開はないし、都合のいい方法が見つかったとしても鋼材で魔法を防御する場合魔法側の性質に大きく左右されるから全部に一律対応できるみたいなことは不可能だし」

 それこそイネちゃんがやったように架空金属粒子とバグセクト決戦の時にヌーリエ様からしれっと伝えられてたナノマシンでの防御なんて勇者の力を前提にしている素材オンパレードだからアングロサンでも再現が極めて難しいし、できたとしてもナノマシンに制御が極めて難しい自己増殖自己修復をかなり強い状態での実装は避けた方が無難。

 それがあればって場面は少なくないもののそれがあったからまずい場面になったってデメリットの方が圧倒的にでかすぎるから……人工アザトゥースとかその典型で自己進化までしてたからなぁ。

 滅亡の可能性まであった存在を生み出すかも知れない技術をアングロサンが作るかと言われると、やらないと確実に滅亡するって状態にならないとまずないからね。

「とりあえずは対ブロブ。精神侵食とかそっち系はシャイニングトラペゾヘトロンが動力だったことで発生してた特性だから純粋な魔力爆発に対応できればいい。他はできれば対魔道具関係。こっちは正直何が発生するか不明な上に転移、テレポートの類の場合まともな防具では防御が実質不可能だってところが問題だから考えないものとする」

「テレポートの方は戦略、戦術でないと対応は難しいでしょ」

「というか既存のままだとまず不可能だろうね。だから宣言会場もあっさり占領されたわけで」

 ムーンラビットさんがいる状態で占領されたからね、思考読み、無意識まで見れる人がいる状態であそこまで綺麗に占領されると既存戦略、戦術は軒並み通用しないと考えた方がいい。

 一応既存の戦術組み合わせでもなんとかできなくはないものの本来の効果は間違いなく得られないし、たとえうまく言っても局所での勝利にしかならないから前線兵士の生存率を可能な限り高めて経験を積んで全体のレベルを底上げする必要もある。

 新兵なら予めそれを前提とした訓練過程を組めばいいけど、既存の軍の場合今までの訓練と常識が邪魔をして経験豊かな兵士ほどカモにされることになりかねない。

 そして対策ができた後必要になるのはそう言った経験豊かな兵士なわけで……本当、現状は前途が多難すぎて霧どころか真っ暗闇って状態だけどイネちゃんはやれることは待機と前線兵士の生存能力を高める防具の開発くらいだから。

「ま、続きやろうか。今度はアングロサン側の技術もちょろっと使ってアングロサンが製造量産、それを卸す前提での構成にしてみる」

「了解。僕の方もブロブの魔力爆発、イネの確保してたデータを元に再現してみるよ」

 暗中模索っていう四字熟語を思い出しつつも、イネちゃんはヨシュアさんと一緒に防具の開発を続けるのであった。

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