第242話 待機の日常
「イネ、そのお料理運んじゃってー」
「ほいほい、つまんでもいい?」
「1個くらいならいいよ」
そんなやり取りをしながらイネちゃんはお皿に盛られた炒め料理を手に持ってテーブルに運ぶ。
待機中は日本に戻ってもいいということではあったけれど、せめて調査団が戻るタイミングでいっしょに戻ろうという形になったので今でも領事館に滞在させてもらっているのだけれど……ヒヒノさんが異世界に行ってからイネちゃんに対しての襲撃がなくなったのでかなり暇になってしまいリリアの趣味に付き合ったりいっしょにゲームしたりとどうにも休日って感じの流れになっている。
普通の休日と違うのは気を抜けるのかどうかって点で、いつ襲撃が再開するかもわからないので警戒を解くことができないっていうのは精神を休ませるって意味ではできていないので後数日の調査団まで気が抜けない。
「イネ、ちょっといいかな」
「ヨシュアさんどうしたの」
「待機時間だって何度言ってもヒロがね」
「あー……相手の攻撃が自分に集中していた時期と比べちゃってるわけだ」
「元は自分がって考えが強いみたいでね。相手が個人ならその考えは当然なんだけど、国家組織だってなるとたんに現時点での目的が違っているってだけなのをうまく説明できなくて」
「言葉だと意味は伝わっても実感は沸かないからなぁ。若さってところもあるけどそもそも知らなくてよかった世界って考えればヒロ君を責められないね」
「だからどうにかしてやりたいんだよ」
「できないでしょ。状況は個人戦闘からとっくに離れちゃってるし、世界を構成している社会構造ってそういうものなんだって諦めに近い納得してもらわないと」
「僕やイネは簡単……でもないけど受け入れるのにそんなに時間がかからなかったからね」
「まぁ経験が無いって意味ではそうだね。イネちゃんの場合スタート地点が低すぎてむしろ人間社会のありがたさの方が強かったけど、平和を無意識に享受できる世界だとその価値がわかりにくいし」
ヨシュアさんも戦争とまではいかないにしても冷戦に近い世界情勢が続いている世界出身なだけあって平和ってものが貴重品であることを実感している人だからね、そういう意味でもヒロ君の世界は異世界が関与する以前なら平和を無意識でも享受できる国家が複数ある時点で実感を抱きにくいというのは人間心理的な意味で仕方ない。
一般的に人が空気のありがたさを実感できるのかどうかと同じラインの問題だからね、本当に仕方ない。
「平和に過ごせる環境が整えば別にそれ以上深入りする必要はないってのは平和な世界の平和な国の学生がすぐに認識できるかっていうと難しいだろうから」
「それは確かにね、こればかりはどうしても経験で賄う必要があるよね」
「そういうわけだからヒロ君、焦る必要はこれっぽっちもないからお料理覚める前に食べちゃおうね」
匂いに誘われて部屋から出てきたヒロ君が聞き耳をたてていたのはイネちゃんもヨシュアさんも把握出来ていたのでそう締めくくっておく。
ヒロ君は煽られれば煽られるほどテンションとかが上がるタイプだし、意地になってくれればこれで多少自分でブレーキがかけられるようになる……はず。
「俺だってもう平和ってのがタダとは思ってねぇよ。ただこう……モヤっとするというか」
「狙いが自分から逸れたのならその状況をありがたく享受すればいいんだよ。その享受の内容は自分で決めればいいだけでね」
最近のイネちゃんのようにだらける感じでもいいし、ヨシュアさんみたいに瞑想するのもいい、なんだったらロロさんにお願いして戦闘技術を磨くのもヒロ君の立場なら普通にありだろうからそれこそヒロ君が決めればいいことである。
「そんなに切り替えられねぇよ」
「切り替えをうまくできるようになるのも成長だよ。人によっては才能って言う人もいるけれど、ある程度の切り替えは誰だってやろうと思えばできることなんだから」
まぁできない人もいるかもしれないが、それはそれでその人の問題で個人差だからね、ヒロ君はできる人だしイネちゃんの知る限りではむしろイネちゃん以上に切り替えがうまい人ばかりなのであまり想像しにくいけど。
「そんな器用になれるかね」
「なれるかどうかじゃなく、なりたいかどうかだからね。出来る人できない人を分けるのは基本的にそこだから」
「それもよく聞く内容だけど本当なのかよって思えるぞ……」
「まぁよく聞くってことはヒロ君の周りやよく触れる創作物にはそう考えてる人が多いってことだよ。無意識でもそういう状況ができてるのならヒロ君の素養は十二分にあると思うよ」
正直言うとイネちゃんだってうまく切り替えられている勝手聞かれたら自信は無いしね、ただそう立ち振舞っているだけでできているように見えたのならそれはそれでよかったっていう感情になる。
「じっとしているのが不安なら瞑想のやり方じゃなく、近接戦闘術をロロやイネから学ぶのもいいんじゃないかな」
「イネちゃんが結構暇しているってわかってて名前出したでしょ」
「イネとしても魔法の応用が聞く人間が近接格闘できれば負担が減るんじゃない?」
「今後も監視する者の襲撃があるのなら、ね。あったとしてもヒヒノさんの考えそうな流れだとイネちゃんだけあっちの世界に呼ばれる形になると思うし……」
「それならこっちの世界で監視する者をあしらえる人物が必要じゃないかな」
「なんか推すね。実際ヨシュアさんでもあれは普通に倒せると思うよ」
純粋な魔力での攻撃なら普通に有効なのでイネちゃんの防御を破ったような攻撃なら影響を与えることが出来るからね。
「ヒロは僕以上に魔法の応用がうまいよ」
「なる程……それで基礎ができればもっとってことね」
「うん」
当人が会話の外になっているけれど、ヒロ君は成り行きを見守っている。
今までなら自分の話題を自分が介入していない状況で進んでいくことに過剰な感じに反応していたにも関わらず黙っているということは、ヒロ君の意思としても強くなりたいっていう考えがあるということか。
「ヒロ君も学びたいってことでいい?」
「今更お前とロロさんに噛み付くようなことしねぇって。それに万が一2人より強くなっても最初に会った時のようなことをする気もねぇ」
「いやそういう好みなのは理解してるけど性欲方向は夢魔の人たちで解消出来るだろうし、なんだったら大陸移住して合法で好みの夢魔の子と一緒になれるって分かってから絡んでこなくなってるから心配してないよ」
「なんで知ってんだよ!」
「いやだって、夢魔の人がベースキャンプに来てからウッキウキに通ってたの見てるし……」
「殺してくれ!」
こんな平和なやり取りをしながら平和な日々を過ごしていくのだった……まぁヒロ君の訓練は結局やることになったので、イネちゃんとロロさんの暇な時間が有意義になったのはいいけどね、うん。
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