第45話 地下遭遇戦・解決編

「この状態、まだ続けるつもり?」

 30分ほどずっとイネちゃんよりも体格の大きい男をホールドしておくのは結構疲れるんだけどなぁ、腕力の差で地球で訓練していた時よりもかなり楽に確保し続けられているけれどいつまでもこうしているわけにはいかない。

「流石に気が長いって言ってもこれ以上は待つってのはなしにしたいんだけどさ」

「だったらさっさとやればいいじゃないか」

「いやぁ引き込めるなら引き込みたいじゃない?こっちの味方になるだけで確実に命を拾えるって言ってるんだからさ」

「確実なんて言う奴は信じないことにしてるんだ」

「なる程、それは確かに理解できる。逆の立場だったらこっちも信じないだろうし」

「なら見逃してくれよ。こんなクソ田舎のお上相手なんだからそっちはそんなにいい額もらってるわけじゃねぇんだろ?」

「立場としては、雇われではないんでね。こっちはこっちの目的で今こうしているわけなんだ。最も、その目的を果たすのに帰られたら困るわけなんだ」

 とまぁこんな感じのやりとりをずっと続けてるわけなんだよね、雇われじゃないって部分を信じてもらえないからこその長引きなんだけどさ。

 実際味方に引き込めるのであれば殺すつもりはないし、必要もない以上は嘘は言っていないのだけど、田舎の地方都市を人類軍が圧倒的多数で包囲している事実があるからこっちの味方になるメリットの提示はイネちゃんの正体やら出身を開示しない限りは難しいわけで……でも口の硬さがわからない相手に、それも複数人数にそれをやるだけの不安っていうデメリットが大きすぎて流石にできないんだよね。

 しかしまぁ、仲間の生殺与奪を握られているにも関わらずこうして長時間問答を続けるってことは……援軍だろうなぁ。

 一応地下道には感知を広げてはいるけど……索敵の詠術の他にも空中浮遊みたいに設置罠回避のための詠術とかそんなものが存在していても不思議ではないので防御能力に関してはイネちゃんの仇でもあった兵器の方のゴブリンと戦っていた時よりちょいと硬めにしてはいるものの、テレパシーな伝達が標準だとしたらサクッとやっちゃった方が良かったのかもしれないなぁ。

<<イネちゃん、欲張りすぎたんじゃないかしら>>

 状況を見かねてか月詠さんが低めのガチトーンでそんなことを通信してくる程度には状況は良くない。

 流石にこの状況で通信を返せるとは思わないだろうからいいとして、月詠さんが通信してきたってことはここの状況をスーさんたちにも伝えてくれるってことだから……あぁでも多分、あちらさんの援軍の方が早く到着しちゃうんだろうな。

<<そっちには既にスーさんの部下が数人向かって行ってるけど、大丈夫?>>

 答えることができないのをわかっていてその聞き方をするのか……というか最後の方ちょっと笑ってたし、月詠さんイネちゃんなら大丈夫だって前提で娯楽扱いしてるよなぁ。

「よし、状況はこれでひっくり返った。今度はこっちが降伏勧告すべき立場って奴だ」

 イネちゃんの感知には引っかかっていないのにそう言ってきたってことは……横目で後ろを確認するとクロスボウらしきものを構えた人間が10人程度いることが確認出来た……横目で10人くらいってことは倍はいるものと想定したとしても結構大変だなぁ、無理ではないにしてもこっちの援軍が来るまではこの状態を維持しておきたい。

「ということはこの人はこっちの防具にしていいってことだよね?」

「殺すじゃなくて防具か……もう考えが魔軍の豚と同程度だな」

「再三に渡る降伏勧告を無視し続けたのはそっちだったと記憶してるけど」

「長いものの方が巻かれていて心地いいもんだろ?滅びる方に付いたところで得なんてこれっぽっちもないってもんじゃねぇか」

「まぁ、気持ちはわからないでもないけどね、そっちのほうが考えなくても良くなるし」

「これでも考えた結果なんだぜ?俺たちはこれでも名の売れてる傭兵だってのにあんたはあまりに見事な手際で数的な不利をひっくり返していたわけだからな、そんな相手を目の前にしたら少しは考えだって揺らいでたんだぜ?」

 その割にはずっと同じ感じの問答を繰り返していたわけだけど。

 さて、月詠さんが気づいてスーさんに伝えた上にこっちに部下を寄越してくれたのがどの程度前なのかってことが問題……最悪勇者の力を使ってでも対応するつもりではあるけれど、できれば回避したいっていう立場でもあるっていう。

「さぁ、どうするんだメスガキ」

「どうするも何も……状況は何一つ変わっていないって思ってるから。むしろ状況が動いたことでようやく無駄な無限ループを抜けられるって安心してるくらいだよ」

「この状況でまだそんな余裕を見せるのは馬鹿なのか?」

「いやぁだって30分問答しながらずっともがいている人間の拘束を維持し続けたけど全然消耗してないし。この程度の実力なのであれば何人増えても負ける要素の方がないかなって」

「どうでもいいが、始末するぞ。まだ我々がここにいることを知られるわけにはいかないのだからな」

「だ、そうだ。軍人さんはお前を見逃さないってよ」

「そりゃプロだからね、そうでなきゃおかしいでしょ」

「なんでてめぇがそんな言い方を……」

「こっちの援軍も来たからだよ」

「いや奇襲したかったのですが……」

「隙になったから大丈夫」

 ホールドしていた人の掴んでいた腕を強く握りこみ、ナイフを逆手にしてから脇腹を軽く刺して、すぐに後ろにいる人間に向かってナイフを投げてから人質にしていた人間を問答していた男に向かって蹴り飛ばす。

「うぉ!?」

「ぐぇ」

 うめき声を聞いたと同時に左腕の仕込み篭手からワイヤーを射出してクロスボウを構えていた人間の肩に引っ掛けて巻き上げる。

「うわ、これは予想外」

 するとイネちゃんが引っ張られずにあちらが引っ張られて倒れてしまった。

 困った、一気に近寄って決めようと思っていたのにこれは本当に困った。

「一斉射!撃て!」

「味方がいるんだぞ!?」

「女子供相手に苦戦する程度の傭兵など代わりはいくらでもいる」

 ふむ、これは助けるとワンチャンこっちの味方になったりするかもしれないね、軍が来たことで一気に状況が動いてくれたよ。

「イネ様」

「わかってるわかってる。一気に片付けるよ」

 仕込み篭手を少し操作して展開、小盾モードにしてから更に操作をして、アングロサンで使われているビームシールドを発生させながら右手でファイブセブンをホルスターから抜いて構える。

「クソ、ウォールの詠術を使うとは……銃は怖いものではない、近接戦闘を仕掛けろ!」

「まぁフリントロックな単発銃ならこの状況なら怖くないってのはわかるけどね」

 残念ながらこっちは地球のベルギー製の高性能銃だからね、バックラーを構えながら突撃してくる兵士に向かってビームシールドを解除しながら発砲、バックラーごと撃ち抜いていく。

「ばかな……銃をこの盾で防ぐことができないなんてことはありえない!」

「いやまぁ既存知識でならその考えと作戦は間違いではなかったとは思うけどね、情報不足で突撃命令は焦りすぎだと、こっちは思っちゃうよ。おかげで早く片付くからこちらとしては大歓迎の展開ではあるけどね」

 というわけで残りの軍人の足を撃ち抜いて離脱できないようにしてから自称冒険者の方へと向き直る。

「それで、心変わりはしたりしたかな?」

 冒険者たちは全員絶句した状態で、スーさんの部下である夢魔の人が治療と介抱と拘束をしてくれているのでイネちゃんは今撃ち抜いた人類軍の兵士の方へと向かって移動する。

「イネ様、反撃を狙っていますのでご注意を」

「相手もプロだから、想定内だよ」

 やろうとしていることを把握されているって理解させる段階でかなりのプレッシャーになるから、この会話はイネちゃんだけではなく部下の人からも意図的。

 キハグレイスの定石としてはどうなのかってのはあるけど、イネちゃんはイネちゃんで大陸と地球の方式でやらせてもらうだけだしそれしか知らないからね。

「投降するなら命は奪わないよ、どうする?」

「くっ殺せ!」

 このセリフ、お父さんたちの持ってるえっちぃゲームとかでよく女騎士が言ってるセリフだけど……今イネちゃんの目の前にいるのは残念ながら普通のおじさんだからね、しかも脂汗ぎっしりな感じで無精ひげが不潔な感じして……うん、イネちゃんは無理だな。

「まぁ情報確保だけなら、1人居ればいいか」

 殺せという催促に賛同するようなつぶやきをしながら銃弾を派手に血が出るけど命に別状を与えないという、ムツキお父さんから教わった尋問用の場所に撃ち込んで気を失わさせる。

 これなら周囲の人間からは殺したってイメージを与えるし、イネちゃんとしては殺害まではやっていないという精神衛生的にも優しい効率的な負傷兵のつくり方を完璧に実践することになったとは思わなかった。

「それで、次は誰?」

「そいつは先月子供が生まれたっていうのに……」

「だから今日生まれたばかりの赤ん坊まで虐殺していい理由にはならないよね。というかそれなら仕掛けなければよかったわけだし、恨むならそっちの指揮官じゃないかなぁ」

 同情を誘うのならもうちょっとうまくやって欲しいなぁ、子供が生まれただのは定番だけど、それなら今襲撃しようとしている相手にだって同じ環境の人間がいるとか考えられないのかね、共感性の欠如とまでは言わないにしてももうちょっと言い方ってのもあるとイネちゃんは思うのです。

「おぉい、状況はどうなってるんだ」

「あぁティラーさん、訓練は終わったんだ」

「本を読ませたらすぐ形になったからな、俺たちが基本を教えるところはかなり早く終わった。ロロにはかなり負担をかけることになるが、練度上げの訓練に入ってる……それでこいつらは侵入者か」

「こっちは捕虜として捕らえて連れて行くよ。そっちは……できれば自由意思でついてきて欲しいんだけど、まだ心変わりしないかな」

「……いや、とりあえずここは剣を収めさせてもらうことにするさ」

「じゃあ手伝いはしないけど投降はするってことかな」

「そういうところさ。戦っても勝てない相手と正面からやりあうのは得策じゃねぇしな」

 割り切りの良さは傭兵ならではか……まぁ完全武装解除ができないにしても夢魔の人が特にこっちに耳打ちもしてこないってことは言葉通りに今は戦うつもりはないってことでいいんだろうけどね。

 ちなみにこの後、イネちゃんは捕虜と傭兵をパタに連行してから改めて地下道を調査することになった。

 あちらの地図が6割程度の完成度だったことと、既に入り込んでいたってところから侵入経路を全部潰しておく作業が発生しちゃったからね、とりあえず勇者の力で経路を封鎖した上でイネちゃんたちが今後使わせてもらうことになった時の前準備を少しだけして次に備えることになったのだった。

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