第44話 地下遭遇戦・前編

「急場しのぎにしかならない程度ではあるけれど、一応の防衛補強は完了したよ」

 殺し間の整備と城壁の補強を済ませてドラクさんの屋敷に戻ったイネちゃんは、スーさんに頼んで作ってもらっておいたキハグレイスの文字で記載されたリストにチェックしておいた紙をドラクさんに手渡した。

「足りていないのはやはり人員ですか……」

「そこから来る補修の遅れも結構大きいね。運搬に関してはエレベーターがあるから何とでもなってるけど、作戦の移行に臨機応変できないのは気になるかもしれないかなとは思ったかな」

「少数による迎撃を行う以上、そこは飲み込むしかないでしょう。そもそもが多勢に無勢であるためむしろまともな迎撃体勢を現時点での人員で行える形に整えられただけでも望外ですよ」

「練度に関してもやっぱあっちのが上と考えても?」

「はい。あちらは日々魔軍との小競り合いをしている部隊も来ているでしょうし、教練内容もパタのものより最先端ですから」

 最先端か……となると人体工学とかはまだ定義されていないにしても優れたスキル本とか伝道者はいるっぽいのかな。

 でもそうなると結構な基礎訓練量とかの差は大きそうだなぁ、こればっかりは人口密集地である中央都市郡と田舎の地方都市ともなればその差はこれでも勝手くらい開いていそうだよね。

「それとイネさんにお願いしたいことが発生しまして……」

「地下に何か?」

「はい。代々パタの領主に伝わっている経路以外のものまで見つかって、明らかに人の手が入っていて比較的に新しく整備も行き届いている場所がありました」

「なる程、人類軍でないにしても何かしらの外部の人間が関わっているということですかね」

「そう、認識しています」

「それは裏社会の追加した道とかじゃなく?」

「いや、私も把握していないルートだね。そもそも違法なブツを仕入れるにしてもわざわざ領主様の秘密の通路なんていう危ない場所に繋げる理由がどこにあるんだい」

「いえ、私ではない先代以前が裏社会と密接に関わっていたとなれば可能性は否定できません」

 ドラクさんにも聞いてみたけど、すぐにドラクさんが可能性として排除しない内容で反論した。

「現状では情報がないにも等しいですからね、単独の戦闘能力が高く隠密、そして建造物を破壊せずに戦えたうえで最悪のパターンであった場合はその破壊も可能な人材となればイネさんしか私たちは知りません」

「いやぁ……買いかぶりですってそれは」

 実際できるのだけれど少しは謙遜やらなんやらを入れておかないとドンドン戦力として取り込まれてしまうからね、程よい距離を確保するためにもこの辺はしっかりしておかないといけない。

「ですが私たちにとってもメリットは大きいのですよイネ様」

 そして早速そんな思いを抱くイネちゃんの考えを止めてくるスーさんである。

「そのメリットって?」

「地下道を完全に把握、こちらのコントロール下に置ければ万が一の際に避難民を安全に街の外に逃がすことができるようになりますので後顧の憂いを断つという意味では全体的に見れば低くないメリットです」

「それだけ?」

「いいえ、他にも今回パタの勝利、または優位という形で戦闘を終わらせることができれば地下を我々の自由にしてよいという確約を文書も含めて獲得いたしましたので、今後のためにもメリットの方が圧倒的に大きいです」

「なる程、そっちが本命……まぁ確かに直通路が確保できるだけでだいぶ楽にはなるけどね、転送陣を使う必要もなくなるだろうし」

 地下なら輸送車両を運用することも視野に入れることができるからね、そう考えれば今後のキハグレイスでの調査活動に関して言えば今までの遅れを取り戻した上に更に加速することだってできるようになる。

 どのくらいの文明レベル、技術レベルかを7割程度把握することができれば今後はどの程度こちらが関わっていいのかっていうのが決めやすくなるし、裏社会からイネちゃん1人で動くっていう10年計画かなってレベルの流れを断つことができるのはとても嬉しいものと感じる。

「可能であればあなた方の技術に関しても多少なりこちらに供与して頂ければ幸いですが」

 ドラクさんもそこは慈善活動ではないってことなのは、まぁ予想出来たから良い。

 問題は戦後どのくらいふっかけられるのかの予想を立てるのが凄く難しい。

「その辺の詰めも私に委任していただけるのであれば……」

「いやむしろイネちゃんがやるとかなり持っていかれるだろうから、スーさんにしか頼めないよ。イネちゃんは交渉事に関しては素人だからね」

「話はまとまったのかい?」

「まとまったようなまとまりきってはいないような……でもまぁ最低限は決めれたよ、地下の調査は請負います」

 クリムさんの質問に答える形で請け負う旨を伝えてから、自分の装備を確認する。

 今は手持ちとして普段から装備しているP90にファイブセブン、盾としても使える左腕の仕込み篭手、それにショートソードとハンドアックスにサバイバルナイフにコンバットナイフ……後はソードブレイカーと。

 継続戦闘を考えるなら篭手と斧と体術でなんとでもなるけれど、さくっと暗殺気味にステルスするにはちょっと武器が不安なところがあるかな。

 でもまぁそこはそれとして全部体術で仕留めるだけの訓練と思ってやればいいか。

「それで、今すぐ動いた方が?」

「そうですね、可能であればすぐにでもお願いしたいところですが……地図は領主に伝わる暗号地図のみなものでして……」

「あー別に大丈夫です。こっちはこっちで自力でマッピングするのは慣れていますし、それをして欲しくないというのであれば回収可能な目印を付ける程度の許可は頂きたいですけど」

「こちらの都合で手間をかけさせるわけですので、はい。今回の大規模戦闘が終わり、私がまだパタの領主でいられるのであれば開示できますが……」

「まぁ、そこも理解はしますよ。現状こちらは異邦人であり見捨てる可能性を排除できないのだから当然の判断だと思いますし、そこを責めるのは筋違いですから。それでは行ってきます……あ、スーさんイネちゃんがやる予定だったお仕事の割り振りは任せたから」

「はい、任されました。お気をつけて」

 スーさんに本来やるべきことだったアレコレを全部投げてから、イネちゃんは領主の屋敷地下へと向かう。

 装備を確認した感じでも現状のまま動いて大丈夫だからこその即応は、ある意味でイネちゃんの売りではあるからね、ココロさんとヒヒノさんと比べた場合あの2人はむしろ身一つで何とかするタイプだから身軽さでは負けるのは仕方ない……よね?

 一応は砥ぎとかが必要ない分一般的な冒険者や傭兵と比べれば身軽だから間違ってはいないから、うん。

 ともかくそういう経緯があってイネちゃんは今、領主の館の地下通路を探索していたのだけれど……。

「そっちのマッピングはできたか?」

「侵入防止のトラップの多さはさすがってところだが、楽なもんだ」

「これで金貨50枚とか楽な仕事だぜ」

 とまぁ予想どおり侵入者がいたわけだよね、今は気配を消して広めの場所のうまいことイネちゃんの姿が隠せそうなくぼみが通路の上の方にあったのでそこに潜伏しながら観察している。

 人数的には今視界にいるのは3人で、マッピングを複数人数で行っている以上は他にもいる前提で隠れたのだけれど……他の人間の気配を感知で探れないあたり目の前の連中だけってことでやってしまってもいいのだろうか。

「索敵はしてるか?」

「最初に全域索敵した時にいなかっただろうが」

「ここは敵地だぞ、こっちが泳がされてここまで招き入れられた可能性もあるだろうが」

「わかったよ、やりゃぁいいんだろ」

 おっとこれはまずい。

 詠術には索敵ってのもあるのか……道理で結構な無警戒ムーブしていたわけだ。

 さて、今何やら呟く感じの動きを見守っていると順当に行けばイネちゃんが見つかってドンパチスタートではあるけれど……どうするか、3人相手でも負ける要素は殆どないだろうけれど、それだと手加減をまともにできるかどうか……素手での格闘となるとちょっと怪しいところでもあるんだよね。

 そしてそんな怪しい状態を安定安心のラインにしたいという気持ちがあって見つかってからドンパチするか、今索敵しようとしている奴をホールドして所属と目的を聞き出してからやるか……悩んじゃうんだよねぇ。

「……フロッフ!」

 そんなこと考えていると索敵の詠術の詠唱が終わったのかそう叫んでいたので、発動と同時に索敵していた奴の首にコンバットナイフを添えて片手を後ろにねじる形でホールドアップをする。

「はーい、動かない」

「畜生!どこにいやがった!」

「今質問するのはどっちか、わかるよね?」

 他の2人は武器を抜きつつイネちゃんを睨みつけて警戒しているけれど、状況的には完全にこちらが上位になったのでとりあえずは安心かな、後方は感知してるしこのまま目的を聞ければいいのだけれど……。

「ここに入りこんだ目的は?」

「喋ると思うのか、おめでたいな」

「まぁ雇い主と仲間の天秤で雇い主を取れるのは信頼厚いって感じで好感は持てるけど、何も聞けないなら聞けないで全滅コースにしかならないぞ」

「メスガキが……調子に乗るんじゃねぇ!ヤッちまえ!」

 その叫びと同時にイネちゃんの頭上辺りで風を切るような動きを感じたので咄嗟に身体を捻って回避運動をしたついでにホールドしている人間を盾にする。

「動きが完全に盗賊ギルドの手練って奴だ!一撃に注意しろ!」

 なる程、盗賊ギルドにはやっぱ暗殺者部門が存在するっぽいね。

 というかイネちゃんの技術をスキルとかで補完されるのはなんというか……ちょっともやっとする。

「エアストライクを回避するバケモンがパタにいるなんて聞いてねぇぞ!」

「お前……俺が死ぬところだったぞ!」

「はい仲間割れは後にしてね、死んだ後か投降した後のどっちかだけど」

「投降を認めるなんてお優しいこったな」

「別に皆殺しなんて考えちゃいないからね、そっちの雇い主はどうだか知らないけどさ」

「戦争は勝手にやってくれって思ってるさ、俺たちはここのマッピングのために雇われただけだしな……なぁ取引しようぜ、俺たちはここの地図を持ち帰る。あんたは遭遇しなかったと報告する、どうだ」

「こっちにメリットがこれっぽっちもないよね、状況的にはこっちはそちらの口を完全に封じることができるっていうのにさ」

「じゃあそっちはどうして欲しいんだ、言ってみろ」

 なんか偉そうだな……まぁいいけど。

「こっちは人手不足でね、こっちに雇われたりしない?」

「既に消耗品で赤字出してるからな、金貨50枚の報酬に釣り合うだけの何かが提示されなきゃ無理だね」

「命と金貨で金貨を取るのか……いやまぁいいんだけどね、こっちが痛い思いをするわけでもないし、名無しの強欲冒険者が勝手に死ぬだけだって話しか残らないわけだからさ」

 どうにも使命感とかそういう部分より、金欲中心な感じがするけど……そう言ってるだけって可能性を考慮すると平行線になりそうなのがちょっと不安。

 そしてこの状況で30分にらみ合いが続いたのと日記がいい感じなので今回はこの辺で続きは明日の分に回すよ、うん。

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