第43話 防衛ライン構築

「ロロさんは練度の高い人向けの訓練、ティラーさんたちは練度の低い人向けの訓練をお願いするね」

 スーさんの買ってきたものをドラクさんたちに見せてから2時間後、ベースキャンプから来てくれたいつもの面々が来ていて指示を出しているんだけど……人数に対してやることが多いし、何より大陸の人間が各所を手伝ったの方が色々早くて任されてしまい当初想定していた計画からドンドン遅れて行くって予想が濃厚になっていた。

 そうと言うのも2時間の間に現状を確認したよね、軍と衛兵の練度は低いとは言わないけれど、新兵も多くて全体的な練度自体が低くなってしまっている感じだし、城壁の方も専門業者がやってはいるものの古代から中世のヨーロッパに近い文明レベルな以上は効率がかなり悪くなっちゃうんだよね、エレベーターも人力だし、滑車の発明自体はされてるけど活用されている場所が少なすぎる。

「投擲中心?」

「とりあえずグレネードをうまく使えるようにさせてやればいいってことか……」

「そういうこと。できれば城壁の補修と補強にも参加してもらいたかったけど、流石に投擲能力が低すぎたってのが作戦の根幹を揺るがしちゃうからね」

 最初に確認したけど、遠投の最高記録が10m程度とか本当どうしようかと思っちゃったよね、あまりに個性豊かすぎる投げ方の披露会かと思うレベルで変な踊りだったからイネちゃんの精神力が一気に削れた削れた。

 一応正しいフォームとして上投げ下投げ横投げを一通り披露してからスーさんに頼んで地球から野球のトレーニングブックや陸上競技の本の他に人体工学の本も調達してもらったからね、キハグレイスの人間も筋組織が弱いとは言ってもそこは人体構造まで違うわけではないから役に立つと思う。

 ただクリムさんから『スキルがない奴らばかりだから仕方ない』とか言ってたのがちょっと気になるところなんだよね……投擲って人間がどの動物よりも優れている貴重な身体能力の1つなのに、そこに制限をかけるキハグレイスの女神スクラミアスさんの意図をちょっと知りたくなるよね。

「これを教本として使えばいいのか……って本当に基礎も基礎だな、全部体の正しい動かし方とかそんなところじゃないか」

「そうだよ。どうにもキハグレイスはそんな人体工学の基礎の基礎までスキルに依存しているっぽくてね、だったら教本レベルの本ならスキル本みたいな扱いで習得させられるんじゃないかって思ってさ」

「そんなうまく行くかね……」

「それを確かめるためってのも含んでるよ。ダメだったらその時はその時で別の手段を考える……正直、プランD以外を軒並み変更とかいうデスマーチが始まるけど」

「勇者が、大変」

「ロロさんも他人事じゃないからね……?」

「でもまぁわかった。コーザたちもいいよな?」

「いいも悪いもやりがいのある仕事ってことじゃねぇか!」

 ぬらぬらひょんのリーダーであるコーザさんがそう言うとモヒカンな面々がヒャッハーと相槌を打つ。

 本当、なんでこの人らはモヒカンヒャッハーなのか……ティラーさん含めぬらぬらひょんって紳士的な人しかいないのに見た目とテンションで損してるよ絶対。

「でも……ロロも、投げるのは……」

「大丈夫大丈夫、大陸の人間が言う苦手がキハグレイスでの上位者になりかねないほどだから」

「そん……なに?」

「まぁ見ればわかるよ、うん」

「それでイネちゃんは俺たちが訓練させてる間なにをやるんだ」

「パタ周辺の状況確認に相手の戦力評価、城壁の補修に殺し間の作成、武器弾薬の帳簿確認に不良品がないかの検品……」

「いや多くね?」

「総責任者だからね……」

 ちなみに他にも確実で安全な補給線の構築と万が一の脱出路の確保にキハグレイス領主の館から伸びてるいくつかの隠し脱出路の安全確認と封鎖もやらないといけないんだよね、最後のはドラクさんが単独で動こうとしたものだから止めたから増えたものだけど、一応状勢から見ればドラクさんが総指揮官で大将首だからね、うっかりそこで暗殺されたら戦う前に負けちゃうので仕方ない。

 一応イネちゃんも大将首ではあるけれど、召喚された勇者がイネちゃんに勝てなかったって時点でキハグレイスでイネちゃんに勝てるだろう人間は指折り数えるくらいかいないだろうし、そういう隠し通路で戦闘をする以上は地下で、人目がない場所だから勇者の力に制限無しでスーさんからGOを出されているので負ける要素はほぼなくなっていると言えるよ。

「訓練、早く終わらせて……手伝う」

「気持ちは嬉しいし、実際こっちの手が足りていないから助かるんだけど……ガッツリ練度を上げないと防衛戦にすらならない可能性があるから、できればヌーリエ教会の教練を始めてもいい程度までは突っ走って欲しいんだ」

「そこまで……」

「なんていうか……もう俺たちがやっちまった方がいいんじゃないか?」

「それをやっちゃうとこっちの社会構造を強制的に力で変更するようなものだから。イネちゃんたちはあくまで対話可能なところまで現状を維持するなり痛い目を見るぞって程度に抑えないといけないんだよ、面倒なことに」

「イネちゃんが面倒って言っちゃうのか」

「むしろイネちゃんが1番愚痴っちゃう立場だからね?」

「……わかった。可能な限り、訓練。でも……無駄になるくらいまで、やったら……」

「あぁうん、その時は手伝えそうなところを手伝ってくれたら嬉しいよ。それじゃあイネちゃんはまず殺し間を作りに行くから……建築業者とかを総動員しても絶対間に合わないというか、キハグレイスのレベルだとただの広間にしかならないから色々指示を出しに行かないと」

 せめてヨーロッパの城塞都市と呼ばれるお城くらいの殺し間にしておきたいからね、理想は日本の熊本城とか小田原城だけど、そんなレベルで構築するには勇者の力を全力使用しないと間に合わないので簡易的にだけど作るのを優先する。

 最も、眼鏡な鉄とか土壁の殺し間とかを準備する時間なんか最初からないので馬防柵を大前提としてかなり簡易的にしていく形になるから……今麻袋で土嚢を大量に作るように言っておいてあるので、各所に2箇所馬防柵を組み立てて、後は土嚢と簡単な塹壕で対応する予定ではある。

 歩兵に関しては相手がプレートメイルやらで固めているだろうことをドラクさんやパタ軍の標準装備から察していたからね、こっちは鈍器を中心に数名スコップを持って塹壕戦を仕掛けることになるわけだ。

 一応これなら少数精鋭で陣形を組めるし、こちらは防具に関して軽装にしておくことで速度と火力特化の編成でなんとかなるはず……人数を揃える必要のある城壁上には数を割かないといけないからこそだけど、鈍器で攻撃するのはスキルはそこまで重要じゃないとか言われたので最悪志願兵を民間から募ることも考えている。

 ロロさんたちと別れて土嚢を作ってくれている職人組合のある区画に足を踏み入れると、現在衛兵詰所でロロさんを待っているはずのフロリアさんが髭のスキンヘッドなお爺さんと会話していた。

「フロリアさん、なんでここに?」

「え、あぁ進捗の確認です。ドラク様に頼まれまして」

「でももうすぐ訓練の時間だからね。進捗の確認に関してはこっちでも今から確認するから、フロリアさんはできれば投擲技術の訓練を受けて欲しいかな」

「ですが私はマシだとあなたは仰ったではないですか」

「マシであって及第点ではないからね。それに矜持があるかもだけど今回は剣よりも鈍器の修練をやってもらえると嬉しい」

「そういえば何故鈍器なのです、そこを聞いていなかったですが不満を持つ者が少なからずいるのですが、説明を頂ければ……」

「単純に破損率の問題。剣とか10人も斬れば使い物にならなくなるけど単純な鉄の棒や丸太ならそうはならないでしょ?最初からこっちが人数で圧倒的不利だって言うのに武器選びで不利を選ぶ必要はないよ。誇りや名誉で民間人の命は守れないからね」

「ですが……」

「うん、別に使うなってわけじゃないから安心して。継続的に戦えるための武器選びとして鈍器を推奨しているし、一応持ってももらうだけだしね。剣で100人でも1000人でも斬れる自信と実力が伴っていればそれはそれで構わないし。得意武器を持つなって方がリスクになるから、流石にそんなことは言わないよ」

 まぁ、それが可能な人間ってイネちゃんが知る限りココロさんくらいの技量か、そもそも鉄塊クラスの大剣で暴れまわるトーリスさんくらいのものだけど……あ、イネちゃんの場合剣を作り直したり新しく生成したりするので剣の技量はないからね。

「それならば、まぁ……」

「なんならスコップを使うのもいいからね」

「あれは工具に分類されるのでは?」

「突けば槍になるし腹で叩けば鈍器、側面を振り下ろせば剣になる万能武器だよ。一応魔法の玉の後追加で鋳造のスコップを大量発注してもらっておいたから、武器としてはそっちを使ってね」

 何せ地球じゃ第一次世界大戦の時に1番のキルレートを記録した武器だからね、こちらの文明レベルでも実現可能な範囲で選択する武装としてはグレネードとスコップが無難だったってだけではあるけども、それでも結構な金額を請求されたとかスーさんに愚痴られたよ、うん。

「しかし……本当にあなたは何者なんですか。ドラク様に即日重用され、これほどの規模の事業や物品を大量に仕入れることができるなど噂ですら聞いたことがありません」

「まぁ、そこも含めてまだ謎のままってね。必要ならドラクさんが伝えているだろうし」

「……わかりましたが、飲み込めたわけではありませんからね。特に部下たちには不平不満を述べるものが少なくありませんから」

「そこもまぁ、ロロさんの訓練を受ければ多少は変わると思うよ。実力を伴わないからっていう不満の方が多いだろうから」

「見透かした物言いですね、しかも当たっているのが……」

「案ずるよりも産むが易しな状況、実際体験してみて来るといいよ……それでちょっとスルーしちゃっててごめんなさい、土嚢の方はどの程度できているのか教えてもらってもいいですか?」

「忘れられていたのかと思いましたよ、ホッホッホ。ちゃーんと言われたように現時点で用意できる麻袋に、描いてくださった図面通りの穴を掘った際の土を詰めて並べて起きましたが、問題があればご指摘くだされば直しますぞ」

 フロリアさんのイネちゃんへの感情が多少なり悪感情が増えてきているのを感じるけど……でもまぁ今は目の前の大きな問題の解決を優先すべきだってのはフロリアさんも理解してくれてるし、事が終わったらそれなりにフォローすべきかな、それこそドラクさん経由も含めて。

 そんなことを考えながらも、単調な積み方をされていた土嚢を正しく積み上げるように指示を出しながら防衛準備を急ぐのであった。

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