第46話 夜襲開戦

 地下道の遭遇戦の後、尋問は専門家に任せてイネちゃんは少し仮眠を取らされることになった。

 裏道の探索っていう作戦開始前の最後の仕上げを行っていたことから相手さんは今晩動くだろうという予測が立てられたからだけど、訓練を受けた兵士も合わせて仮眠を取っていたらしい。

 その間の防衛は盗賊ギルドとぬらぬらひょんでカバーする形で、ロロさんに関しては予備戦力扱いでやはり仮眠だったようで……完全にこっちの人間が戦力として計上されているっていうね、うん。

「さて……状況はどんな感じ?」

「捕虜からの情報は概ね陣形と参加貴族の名前だけで、作戦行動のスケジュールに関しては全くなかったですね」

「んーとなると憶測しかできないのは仕方ないか」

「可能性としては今晩が最も高いでしょう。あちらとて生存戦争の維持戦力を削ってでもこちらを優先した以上短期決戦以外望んでいないでしょうから」

「兵站だけじゃなく現実問題前線維持の意味でも電撃戦なのは間違いないだろうからね。本当なら準男爵が遺跡を抑えられればそれでOKってことでもあったのだろうけど……流石に世界が滅びかねない遺跡のシステムを使うなんて作戦はスクラミアスさんに頼まれなくてもご遠慮したいもんね」

 気候を操作するって知識のない奴が使うと絶対碌でもないことにしかならないし、どういうことになるかを理解している奴が使っても質の悪い碌でもないことにしかならないからね、森の民はそれが怖いことだってちゃんと子々孫々に教育していたからこそではあるけど、怖いよりも便利だとか戦況を有利にするためとかそんな考えや理由を持ったのが使うと途端に世界が滅亡するレベルだもんなぁ。

 スクラミアスさんもなんで現地にそんな危なっかしいものを作っちゃったのか……神様を自称する人はどこか抜けてないとダメなんだろうか。

「色々な要素が重なり過ぎましたね。私たちもタイミングが悪かったと言えなくはないですが、ある意味きっかけでもありますので今回の紛争に関しては無関係ではいられません」

「ま、だからこそマッチポンプっぽくなろうが手伝っておいたほうがね。ココロさんとヒヒノさんならもっと上手くやったんだろうけど……」

「ヒヒノ様なら確かにそうかもしれませんが、ココロ様でしたらやはり今回と似たような展開になっていたかと。慎重なようでこんなんを選びたがりますから」

「修行とか言って?」

「はい」

 否定しないのか……いやまぁなんか想像できるけどさ。

「あぁそうだ、そういえば時刻合わせはしたの?」

「パタ軍は時計を持っていない……いえキハグレイスでは個人時計のようなクォーツは存在していませんから、私たちだけでもやるかどうかを話し合いはしたのですが」

「イネちゃん待ちだったか、わかった」

 そしてここで篭手で腕時計を左腕に巻けないことに初めて気づく。

 まぁイネちゃん一応両手スイッチできる訓練してるけど、時計は左で巻くのが癖なんだよね……となると胸ポケットとかそっちにしまう形になるけど、それはそれで確認が遅れるからってことであまり好みじゃないという。

「篭手に内蔵してしまえばよかったじゃないですか」

「盾にも使うところに時計とかデリケートすぎない?」

 地球製品で頑丈って言われてるやつでも流石に剣やらハンマーで殴られたら狂うからね。

 あぁでもルースお父さんがこれ日本製なんだぜって見せてくれた腕時計はなんでもトラックやらで引いても余裕で動いてたとかアメリカでCM打ってたんだっけか……問題はイネちゃんのモデルでそれが可能なのかって問題があるという。

「右手首の内側に盤が来るようにつけては?」

「ずれそうだけどそれが無難かな……」

「それではそれぞれに連絡役として部下を1人つけていますので、私に合わせて時刻をお願いします。丁度日本時間で1時ですので……イネ様の私物は電波とかでは?」

「今から使うのはちゃんとクォーツ品だよ。それで1時合わせ?0時合わせ?」

「0時に。どうにも体感的にキハグレイス……パタの時刻が地球日本時間の1時間遅れのようですので。それでは……3、2、1、スタート」

 スタートの声に合わせて時刻セットの操作を完了させる。

「さて、この後の予定は?」

「夜襲に向いている時刻はおよそ3時頃、夜明け前と呼ぶにはまだ数刻程度の時間がある時ですが……」

「キハグレイスにはクォーツ時計の技術がないのであれば前後することもあるだろうし1時頃から巡回を始めるよ」

「お願いします。こちらでもベースキャンプで上空監視をしていますので状況次第では……」

「指揮官暗殺のため動くことになりそうかなぁ……状況が状況だけに架空金属粒子で飛んでいくか、勇者の力で地下から行くか……」

「強引に最短最速一直線でも良いのですよ?」

「それ、結構キハグレイスへの介入じゃない?目立ちすぎというか」

「ココロ様ならやりますが」

「イネちゃん向けではないからなぁ、殺傷能力がちょっと高すぎるしスタンナックルも広域カバー出力にしたらその時点でゼロ距離の相手に感電死の可能性が高くなるからさ」

 なのでイネちゃんが強引に真正面から突破しようとするなら死人が出ることを最初から前提としたものになる。

 銃で道を作るにも単純質量と架空金属粒子とフォトンジェネレーターによる加速でも普通に死人を量産しちゃうのがデメリットだよなぁ、一応銃なら足だけを狙えれば何とでもなるけど、それもそれで負傷兵撤退を優先してくれそうな相手でないと効率の悪い手段に成り下がってしまうからね。

「相手が軍で戦争を仕掛けてくるのであればあまり気にする必要もないとは思いますが……」

「パタに対してだからねぇ、イネちゃんだって自分に仕掛けられた戦争なら全力でお相手してあげるけど」

 まぁこのまま夜襲をしてくれるのであれば、民間人虐殺を狙う襲撃者扱いにして迎撃して差し上げるけど……それも一応はキハグレイスの文化レベルに合わせた形でやっておきたいんだよね、あくまでイネちゃんの個人的感情だから他の面々にまでそれを要求はしないけど。

<<襲撃来るぞ、着弾……今!>>

 スーさんと会話していると日向さんが通信してきて、『今』のタイミングで城壁の方から地面が揺れるほどの衝撃が伝わって来た。

「早いね」

<<上空監視からの情報。待機していた部隊の7割はそのまま進軍して攻撃を開始、攻城兵器に関してははしごと破城槌を中心に南の方から投石器だな>>

「残り3割は?」

<<1割待機、残り2割はイネちゃんが昼塞いだ地下道に向かったものと思われる>>

 うーん、プランDは実質封じられた感じか。

 いやまぁゴブリンを利用しなきゃいけないのはイネちゃん的にNGだからいいんだけど……どうしても必要なら個人的なあれこれは飲み込むってだけだし。

「スーさん、イネちゃんを戦力として見るならどっちの方が無難だと思う?」

「第3者としての意見ですか?」

「うん、表で野球大会してもいいし、裏で蹂躙殲滅したついでにあちらの背後を狙ってもいいんだけど」

「でしたら地下へ。パタ軍とドラクさんには私から伝えておきますので」

 ちなみに野球大会っていうのはイネちゃんがグレネードを遠投しまくるってだけのことなので気にしなくていいよ。

 寝起きで食事も取ることなく地下へと向かうことになった。

 重要な場所には勇者の力でいつもの隔壁扉にしているものの、逆に言えば道に迷うこともなく行けるってことだし、迂回路があったらそれだけで無防備に等しいレベルの防衛しかないのでどのみちイネちゃんなりロロさんがここに待機することにはなっていただろうけれど、ロロさんが夜間配備で前線にいる状況な以上イネちゃんの動きは2択だったんだよね。

 表から速攻で片付けるか、表はパタ正規軍中心で頑張ってもらってイネちゃんは裏に徹するか……まぁ結局のところこうしてイネちゃんは再び地下に足を向けているわけだけど、迂回路やら壁破壊を利用してくる前提で動くとなると迎撃という形で動くのは1人って都合難しいんだよなぁ。

「日向さん、とりあえず地下はまず出入り口を塞ぐ形にして迎撃する形にする予定だからその旨を皆に連絡お願いしていいかな」

<<わかった。やっぱり人手不足が深刻か>>

「だね。大陸で動くならヨシュアさんたちも戦えるけど、こっちには来れないから仕方ないけどさ……戦力比10:1のスコアもありそうだから流石にね」

<<教会の方にも随時連絡して、夕方辺りにはそろそろ落ち着いたところから人員を回すとは言ってくれたが……今回は間に合いそうにもないしな>>

 あぁ、追加人員の予定が出来たのか。

 まぁゲートはベースキャンプから随時対応できるけど、今後パタの地下に拠点を作るかも知れないって考えればスーさんが増員を要請したのかもしれないね。

「それじゃあ、お仕事をやるとしますか」

<<こっちは他の場所のサポートもすることになるからな、すまんが霧巴たちが来るまではイネちゃんを1番後回しにすることになると思う。頑張ってくれよ>>

「了解、むしろぬらぬらひょん最優先で次はロロさん、スーさんはまぁ自己判断でイネちゃんが指示したりするよりもうまく立ち回るだろうしそれで大丈夫だよ」

 人類軍による夜襲から起きた戦闘は、まだまだ始まったばかり。

 イネちゃんはグレネードのついでに買ってきてもらっておいたいくつかのトラップ用装備をセットしつつ人類軍が攻め込んでくるのを待つことになった。

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