第41話 籠城遊撃作戦会議
「えー……ということはイネちゃんが外に出て遊撃及び可能なら指揮官の暗殺ってことになるのかな?」
「申し訳ないがそういうことだね。うちのギルドでそれができるのはイネと私を除けば他に2人しかいない。更に確実性という点を重要視するのであればイネと私だけになるからね」
「まぁ、そういうことなら。一応クリムさんは指揮官に該当する人員なんだからそこは仕方ない。じゃあパタの正規軍は衛兵も合わせて3000で籠城でいいんだよね?」
「はい、そのとおりです」
「耐えられるの?少なくとも攻撃部隊として盗賊ギルドが内部遊撃をするにしても、打って出るのは外から来た人間1人だけなんだよ?」
「今回のような兵力差は初めてですが、あちらに勇者がいないと確定できるのであれば目はあります」
「不確定要素で懸念材料は何がありますかね、羅列でもいいので挙げてもらえるとありがたいんですが」
「人類軍の精鋭が全軍来ていれば半日と持たないでしょうが、それをしては魔軍との前線は崩壊します。よってこちらに割いたとしても多く見積もっても精鋭の3割である2000程度と考えれば現在備蓄されている食料の総量から見積もれば7日、1週間持たせることはできます。他には人類軍を統括指揮をしているゴリュウ将軍が来ていた場合、1日持たせられるか怪しいところですが……」
「そのゴリュウって人がこっちに来るとやっぱり魔軍との前線に問題が出る?」
「魔軍の幹部との戦いで相撃ちになり重症を負っていると聞いています。指揮自体はできますので驚異としてはあまり変わりはありませんが、ゴリュウ将軍が自ら戦場に立たないことでこれも5日程度は持たせることができます」
「ゴリュウ将軍と精鋭が合わさった場合、どうなる」
「3日持てば御の字でしょうね。どちらも30年前には王国軍にはいなかった人材ですのでこちらは地の利を活かし撃退することはできましたが……」
「了解、相手が無能だったってことは理解した。そして現在では有能な人間が指揮をする可能性が高いってことも頭に入れておく」
さて……懸念材料の方が多すぎてこれはどうしたものかって流れしかないよね。
イネちゃんの勇者の力を今まで通りに自由に使っていいってことならば何も問題はない状況ではあるけれど、現状そこに制限がある状態、尚且つ外に打って出るのはイネちゃんのみでできれば穏便に済ませたいので可能なら斬首作戦せずに撃退したいところ。
「今からでもベースキャンプに民間人だけでも避難させるのはいかがでしょう」
「それだけ大勢を動かせばあちらが動いちゃうよ。転送陣を使うにしてもスパイまで一緒に連れて行く愚行になりかねないし、スパイがヒロ君と合流した場合が1番怖いからね。東からとんでも戦力がこちらを攻撃しに来るとか悪化でしかないし、こちらでヒロ君相手に本気で戦っちゃうと色々と問題が出ちゃうでしょ?」
少なくとも反乱勢力が勇者を凌ぐ力を持った、暗殺すら辞さない人間が味方についたとか判断されるとそれこそなりふり構わなくなる可能性が出てきちゃうからね、現時点でイネちゃんは格闘術が凄く強い小娘程度の認識でいてもらわないと困るわけだ。
正直、この状態でも交渉をうまくできるだろうヒヒノさんや、真正面から大軍相手に棒1本で大立ち回りできるココロさんならここまで悩むこともなかったのだろうけれど、勇者の力と重火器を禁止されたイネちゃんができることと言えばタイマンによる格闘戦か、隠密行動して指揮官を暗殺するかのどちらかしかできないからね、いっそ決闘してくれたらイネちゃん個人としては大変ありがたい展開と言える。
「いっそ制限を緩和してくれれば……」
「ダメですよ。そもそもイネ様自身が仰ったことですからね」
「まぁうん、わかってるけどさ、うん。情報を整理すればするほど制限なしでめんどいことになったほうが解決早そうだなって思っちゃってね」
「不休で動かれる前提でしたら、どうぞ」
「ごめんなさい」
スーさんが現実を見せてくれるおかげでブレーキをかけることができるけれど、正直なところイネちゃん1人で状勢をひっくり返せと言われても無理としか言えない状況だなってなってくるよね。
「参考までにココロさんとヒヒノさんならどうするか、前例を聞いていい?」
「御二方共にこのような状況を可能な限り避ける動き方をされていましたので。ですがココロ様が何度か似たような展開になったことはあります」
「解決手段」
「名乗りをあげながら単独で正面から突撃、相手の攻撃を全部回避、及びいなしながら接近し、届く範囲の敵兵を全て生かしたまま戦闘不能にして指揮官の前まで進軍して降伏を呼びかけました」
「あ、うん無理。勇者の力全力使用ならできるけど現状無理」
ササヤさんの弟子ってことを再認識する返答が来ちゃったからドラクさんたちが開いた口が塞がらない状態になっちゃってるし。
「イネ様の耐久力、防御力でしたら似たようなことは可能かと……」
「1方面にのみ有効な作戦だからね、それ。正直潜入潜伏暗殺も難しい包囲されてる状態で攻撃全受けにじり寄りとか時間がかかりすぎて挟撃確定だから」
「イネ様にヘイトが集まる分には問題ないのでは」
「今後の活動に支障出まくりだよね?顔を完全に覚えられるから王都とかで活動不可能になるよね?」
「今更かと」
「正論だけど、うん……軍だけに警戒される分にはまだ動きようがあるからね、民間人にまでってなると不可能だからね」
いっそ近代戦くらいまで進んでゲリラ戦レベルまでなってくれればイネちゃんのスキルで言えば動きやすくなるのだけれど、統制が極めて高いレベルに取れた軍勢となると潜入潜伏自体が難しくなるわけで……。
「ドラクさん、人類軍は現地徴兵したりはするのかな」
「無くはないですが、訓練期間を取れない人間の盾としてしか活用されませんね」
「だよね。徴兵制度なんて取ってたら30年間も前線維持すらできないだろうし、生存戦争みたいなレベルであるのなら志願制で兵力維持できるよね」
となるとやっぱり兵の顔を指揮官が知らないなんてことはまずないだろうね。
下っ端の兵士が他の部隊の人間を知らないってことはあるだろうけれど、それだけを頼りに潜伏するとか本気で短期決戦の斬首作戦とか、情報収集だけの離脱前提の動きでもなければ厳しいものがある。
というか創作に出てくる伝説の傭兵とかそのレベルだからね、それ、イネちゃんそんなレベルの潜入スキルは持ち合わせてないし、身長と性別から間違いなくバレるので現地徴兵が基本でもなければやらない方が無難とまで言い切れるよ。
「状況打破するにはこちらの戦力の数を増強するか、イネ様の制限を緩和するかのどちらかが現実的ですか……」
「あ、そうだ。北の砦のゴブリン」
「残念だが相手の動きが早かったな。有効活用するには準備が足りない……あちらが自ら砦に入ってくれればその限りではないが」
「入ろうとする可能性は?」
「0ではない。だが事前に調査はするだろうから大軍を侵入させることはまずない」
「ということは調査タイミングに襲撃を受けた場合はその限りではないってことかな」
「何をするつもりなのか、教えてもらっても良いだろうか」
「単純なこと。表に出る人間は1人だけで、最大効率に戦いを優位に進めようと思えば……まぁ1つプランが出来た程度でひっくり返せる状況ではないけれど、砦の跳ね橋を降ろすお手伝いをするつもりだよ。そのついでで門が破壊されても仕方ないよね。その結果ゴブリンが人間を鎧にして出てきた場合、あちらのやり方如何ではこちらも政治的にやりやすくなると、イネちゃんは考えるわけだけどね」
救助すれば要救助者を抱えることになって動きが鈍くなるし、安全な場所に連れて行くのであればそれはそれで戦力が減ることになる。
もしその場で直接人質ごと殺すのであれば、こちらにつけばゴブリンの被害を受けた人間の治療及び堕胎を安全に行えるのに人類軍はそれを許さない立場とかなんとか言って離反を狙うことも不可能ではない。
効果はないって可能性も高いと言える程度にはある作戦でもあるけれど、全くないとも言い切れないものではあるとイネちゃんは考えてる。
何しろゴブリンが兵器ではなくただのゲスクズな生態系の1つでしかないわけだし、その上種の生存戦争みたいなことを30年も続けているのなら被害者は少なくないはずだからね、本人が被害に遭ってなくても親族縁者が被害に遭っていても不思議ではない確率にはなっているだろうから。
無論ゴブリン被害者は殺して火にかけるって手段を用いるのが常識になっている場合は効果は薄いかもしれないけれど、人間を安全に助けることができることが真実であるとなった時点で、今までそのやり方を押し付けていた人間たちが立場的には揺らがなくても脱走兵が続出する事態を起こせる可能性は低くはない。
「悪くはないですが、良くもありませんね。ゴブリンに襲われた人間はゴブリンを孕んでいるものと思うのは常識であり……」
「殺すのが普通ですよね」
「それが分かっていながらですか……」
少しではあるけれどイネちゃんの言動が甘いと受け取られたようで、ドラクさんの表情は少し浮かないものになる。
「イネ様もゴブリン被害者の1人ですので。最も、イネ様はゴブリンに犯される前に現在のお父様方に保護されたのですが」
「スーさん?」
「可能性を初めから捨てる行為と非難するのは簡単ですし、ゴブリン被害者に対してのその判断にも理解を示します。ですがそれを行う理由を全て排除しきる手段があるのに初めからというのは愚かだとは思いませんか」
今度はリリアだよ……まぁイネちゃん自身がそのカテゴリに当てはまるってことで、イネちゃんを見捨てるって感じにリリアは感情移入しちゃったってところだろうけど。
「まぁイネちゃんは自分の過去と同じ立場の人間を道具として使うことを提案しているからね、ドラクさんの判断は妥当だと思うし、こちらへの非難はちゃんと受け付けるよ。感情だけってのは勘弁願いたいけど」
感情だけってところでリリアに視線を移したことで、リリアも言葉を飲み込むのが見えた。
「……わかりました、状況は確かに手段を選んでいられないですし試せるものは全て試すべきでしょう。ですがイネさんはそれでよろしいので?」
「いいも悪いも提案したのはイネちゃんですから。あぁでも一応これはプランDくらいにしておきたいので。それに話しているうちに少し思い出して思いついたものがありますから、動けるうちにこっちの武器に関してはアップグレードしておきましょうか。それをプランAってことにして頂ければと思います……ところでスーさん、地球とのゲートで買い物をしてきて欲しいんだけど」
「……わかりましたよ、正直それもかなりの介入な気がしますがココロ様が暴れるよりはキハグレイスの文明レベルに沿ったものですから」
「地球?買い物?一体何をするつもりなのか……」
「それは現物が届いた時のお楽しみということで。スーさんよろしくー」
この後もプランBやらプランCを決めるための話し合いが続くのだけれど、会議が踊るって言うのを実感することになるとは思わなかったよね。
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