第39話 戦乱の足音

「うん、うん?なんだかすごくイーアが精神的に疲れてるけど身体の方はかなり疲労が取れて元気になった、ありがとうリリア」

「良かった、マッサージは得意だからさ!」

 まぁマッサージされたってのはイーアの記憶から把握はしてるけどね、ここまで即効性があるとびっくりする。

 ちなみにいやらしいは一切ないよ、いいね?

 そもそもその方向の展開になりそうになったらヌーリエ様が介入し始めるからね、イネちゃんが勇者として覚醒して以降は常時ヌーリエ様が超自然的な方法で防いでるらしく、イネちゃんが覚醒して以降は大陸でのゴブリン繁殖の記録はほぼ無し……ではないけれど、少なくとも人間相手のものは存在していないらしい。

 あの時は既に地球側にグワールのゴブリン工場も作られていたからゴブリンが増えるのを止めることができず大変だったけれど、それも一斉検挙って形で解決したから今は大丈夫だけど、それでもヌーリエ様の加護があれば即時通報って形でササヤさんが対処していたらしい。

 まぁ大陸出身者及びヌーリエ様の加護がないと防げないから、ヨシュアさんとかは気を付けないといけなかったんだけど。

 リリアのマッサージは疲れを癒すものなのでヌーリエ様の加護によるインターセプトはなかったのだ、つまりいやらしいではない、いいね。

 と、そんなことを考えていると部屋のドアが丁寧にノックされた。

「あ、私が出るよ」

 リリアがそう言ってドアまで小走りに駆け寄っていく。

 一応このホテルはパタの街を管理維持している組織が共同運営している場所なので特に問題はないと思うので身体の様子を確認しつつ息を整えておく。

「おや、あなたはどなたなのでしょうか」

「私はリリア、スーさんと一緒にドラクさんと交渉している人間です」

「どのようにお入りになられたのです。この部屋に入るまでに誰にも気づかれないのは不可能……」

「あーうん、ボーイさん疑いをかけるのはいいけど、ドラクさんとクリムさんの思惑を全力阻害する可能性あるから。それにリリアの身元はイネちゃんが保証するし、ボーイさんが考えるような悪いことをする子でもないことは断言するよ。無論イネちゃんを信用できないっていうならそれでもいいけど……その場合すぐにイネちゃんたちは会談とかも切り上げてパタから出て行くことにするから、よろしく」

 軽く脅しをかける形にはなるものの、1つも嘘を言ってはいない。

 スーさんがドラクさんとの交渉を始める前にリリアも一緒にこっちに来ていたし、ヌーカベを見せた時のインパクトで覚えているだろうからね。

「……わかりました。そのような方でしたら次からは正面から入ってきてください」

「ごめんなさい」

「いや謝らないでいいよ、むしろなんで一緒に買い物に出かけた時に気付かなかったのかって疑問の方が強いから。ところで何か用だったんじゃないの?」

「手紙をお預かりしております」

 気付かなかった理由には答えないか……まぁ言い訳にしかならないし、それ以上になんでそんな疑念を向けたのかっていうのが強いからね、場合によってはスパイの疑いも考えないといけない。

 とりあえずその疑いを持ちつつもボーイさんが持ってきた手紙を受け取り、ボーイさんが立ち去るのを確認してからベッドまで戻る。

「リリア、とりあえずこの部屋の周辺に誰もいないか確認。こっちでもあれこれ調べておくから、誰もいない、聞いていない、見ていないのが確認できたら手紙を見るよ」

「う、うん。随分警戒してるけど……」

「さっきボーイさんに言った通り。なんでリリアとイーアが出かけて戻ってくるっていう2回とも気付かなかったのかって話。それ以外にもドラクさんとクリムさんの名前を出した時に眉1つ動かさなかったからね、それだけでって思うかもしれないけどこのホテルってどちらの息もかかっているからどちらかの部下であることは確実なんだよ?ボスの機嫌が悪くなるって言うのに何も思わないなんてのは、特に裏社会ではありえないし、表だったとしても街を統治している貴族に嫌われるっていうのはキハグレイスの文明レベルだと追放されてもおかしくないから」

「他の誰かのってこと?」

「そゆこと。この手紙も中身を確認してできれば写真保存して2人に確認を取るよ」

「わかった……でもそこまでするのかな、人同士で」

「大陸ではほぼないけどね、他の世界だと日常でも起きる可能性は高いから。全員が全員ではないってのは言うまでもないと思うけど」

 リリアは人の考えていることを把握することができるからね、だから先ほどのボーイさんに関しても特に変な思考はなかったのかもしれないけれど、キハグレイスの文明レベルとパタの置かれている立場を鑑みれば余計な思考をすることがない人間をスパイとして運用している可能性は否定できないからね、何せ詠術でテレパシーが存在しているのだから深層心理まで覗かない限りには思考を制御するだけの技術はあると思って行動を決めた方がいいからね。

「とりあえず大丈夫だよ」

「こっちも結界貼りつつ確認したけど、両隣と下には人はいなかった。それじゃあ手紙を確認しようか」

「結界まで……うん、わかった」

 そこまでやる必要があるのかってリリアは考えているのかもしれないけれど、流石に何も準備無しに有事を迎えるってのはやりたくないからね、最低でも鳴子程度の警戒網くらいはやっておきたい。

 リリアがベッドに座ったのを確認してから手紙をナイフで開ける……って蝋印がなかった辺りドラクさんじゃないね、ドラクさんなら蝋印を付けるだろうし、普通の手紙だったってことから盗賊ギルドの機密性の高いものでもないってことになる。

「特にトラップは無し、機密保持用の溶液も無し、発火装置も無し……さて、肝心の中身だけどキハグレイスでは高級品な植物繊維の紙か」

 これでどっちの可能性も消えているわけだけど、冒険者ギルドっていう住所不定フリーターを取りまとめている、一応登録しておいたギルドは存在するわけだけど……大陸のギルドと違ってかなりしょぼいというと悪口になるかもしれないけど、規模としては比べようもない組織からって可能性はゼロではないか、それなら差出人と宛名を記載してるだろうけどさ。

「それで内容は?」

「……パタの周辺に軍を展開、イネちゃんの身柄1つで戦争は回避してやる。ってのが要約かな」

「なにそれ!」

「準男爵を殺した人間を特定して、お前の命だけで街は見逃してやるぞっていう最後通告でしょ」

「いやなんでイネはそんなに落ち着いてるの!?」

「いやーだって流石に特定できないとかはないかなーって思ってたし。ドラクさんとクリムさんはイネちゃんだって確定してはいなかったものの情報を集めて恐らくはそうじゃないかって程度には調べ上げていたわけだし、人類軍側がそれをできないってのは流石に無能と決めつけすぎになるでしょ」

「そうだとして……どうするの?」

「ドラクさんとクリムさんに持っていくよ。手紙の内容で他に相談してはいけないとは書いてないし。今日はスーさんも入れて3者会談だっけか」

「そうだけど……」

「都合がいいね。ともあれ相談して対策を練ろうか、どうやって動くにしてもそれなりに話を通した方がいいし」

 場合によっては会談の内容を詰めることなく施行したり、先延ばしにしたりする必要が出てくるだろうから、ここのホウレンソウが事態のターニングポイントになりかねない。

 まぁ前者は協力関係の折半とかそんなところだろうから上の人間だけであれこれ決められることだからね、長引く理由は平時の時の配分とかだろうし。

 先延ばしになりそうな案件は大陸との交易物品とその金額交渉かなぁ、スーさんがどこまで話を持ち込むかっていうのはわからないけど、既にいくつかの品目は友好的関係構築のために優先提供という形で提案している可能性は高い。

「ともかく急ごう。イネちゃんに相談するなと書いていない脅しの手紙を寄越した以上は、イネちゃんがこれを関係各所に持ち込むことを前提としているだろうからね。遅れるとそれが致命的ってことも十分ありえるから」

「……うん、だったら急いだほうがいいね」

「そゆこと。じゃあ出発しよう、基本身1つの行動はこういう時便利だからね」

 戦争になりそうだっていうのは回避できないにしても、今できることを全力でこなす必要がある。

 とにかくイネちゃんとリリアは手紙を持ってドラクさんの屋敷へと急ぐのであった。

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