第38話 パタでの休日
<<そういうわけだから今日1日はお休みだよ>>
リリアからの通信という目覚ましで起こされたイネちゃんは、このまま二度寝してしまおうかという気持ちになっていた。
「えー……どういうわけ」
<<やっぱり聞いてなかった。スーさんがドラクさんとクリムさん双方と共同会談することになったんだって>>
「クリムさん……?誰だっけ……」
<<盗賊ギルドの人だって。それよりもイネ、いつも元気よく大きな声で目を覚ましてたのになんか今日は違うね>>
「いやだって殆ど眠ってないし……」
盗賊ギルドのボス、リリアが言うにはクリムって名前だったらしいけれど、部下であるチンピラ連中がいうことを聞かないときはどうこうだの税金は安いが必要な福祉がないだのずっと聞かされ続けてたからね、うん。
それを延々と聞かされて普通なら3日くらい徹夜しても大丈夫なイネちゃんでもものすごく色々と消耗させられて、精神的な疲労がゴブリンとのドンパチを要救助者のことを気にかけながら、久しぶりの圧倒的多数への勇者の力の節約使用だったから思った以上に消耗しちゃってたんだよね。
<<それは日向さんから聞いてるよ。でももう起きた方がいいよ、リズム崩れちゃうし>>
「んー……リリアの野菜スープがあるなら起きるー……」
<<わがままモードのイネって珍しい……ちょっと待って今の録音できないか調べるから>>
絶対イネちゃんとベースキャンプの通信って常時録音状態だろうから必要ないって頭によぎるものの、正直眠気の方が強くってお休みって単語を聞いた時から二度寝したいっていう気持ちが強いからね、多少わがままだろうがとにかく身体を休ませたいのだ。
<<え、昨日作ったカレーを持っていけって……でも今日は私が……あぁイネがお休みだから。ちょっと待っててね、イネ>>
「んー……」
<<それじゃあ1人用に包んでから行くからね、イネ>>
リリアの通信がそこで切れて、イネちゃんは程よく硬いベッドに再び顔を埋めた。
リリアがご飯を包んでベースキャンプを出発、その後先日ドラクさんに見せていたからヌーカベを使うにしてもゲートからパタまではそこそこ距離があるし、キハグレイスの色々なものを保護するという意味では走った後を肥沃な大地に変換してしまうヌーカベを走らせることはできず、ヌーカベは走らないとなるとその速度はかなり遅くなってしまい、それこそ牛車とかその程度の速度になってしまう。
ただリリアのヌーカベ車の操縦技術は高く、懐かれている度合いもかなりのものなのでもしかしたら地面を耕さないように走ることもできるかもしれないけれど……そうだと仮定したところで30分以上イネちゃんは睡眠が取れる計算になる。
布団に入ったのは1時間程度前ではあるものの、ベッドや毛布にイネちゃんの体温は既に移っていて、ぬくぬくあったかくなっているし眠気もまだある……ならばイネちゃんにできる最後の抵抗はリリアがここに来るまでの間、全力で睡眠を取ることである。
心地よいまどろみにイネちゃんの意識が沈みそうになった、その瞬間。
「お待たせ!」
リリアの声と同時にカレーの香ばしい匂いが部屋に充満した。
ちょっとまって、どんだけ速くできても30分って計算だったのになんでもう凄まじいカレー臭と一緒にリリアがキハグレイスの、大陸含め他の世界と比べればザルだとは言え一応は上位に位置しているだろうセキュリティのホテルに強い匂いを漂わせるカレー持参でフリーパスなんてことありえない。
「前に来たときに転送陣作っておいたし、私だって結構頑張ってるんだよ。ばあちゃんとまではいかないにしてもある程度は任意の場所に転移できるようになったんだから」
その高等技術をイネちゃんを起こすためだけに全力を尽くさないで欲しかった。
しかも朝、眠気たっぷりな状態でカレーって重すぎるとイネちゃんは思うのです。
「あー……うん、直接イネを見て私もそう思った、ごめん。でもこのカレーどうしようか」
匂いが問題にならないようにして冷蔵保存がいいよー。
「あ、そっか……ってちゃんと会話しよ?それ頭の中見れないとまともに会話できないからさ」
眠いし……。
「うん、直接頭の中とか見てそれはごめんってくらいにはわかったから……じゃあ、添い寝、する?」
だいじょーぶ……だいじょー……。
「むぅ、もう殆ど寝てる!」
「あぁうんごめん。イネはもう寝ちゃったから」
「って……イーアちゃん?表に出てくるの珍しい」
「主人格はイネだからね。いやまぁ両方主人格ではあるから多重人格っぽい感じに言うのは間違いなんだけど、おはよう」
記憶共有はちゃんとできてるから今日は私が日記を書くことになるけど、特に問題なくいつもどおりではあるのだけど……自分ではちょっと不思議な感じ。
「あぁでもカレーはやっぱり冷蔵しておいて。疲れた身体に入れるにはちょっと重いからさ、身体に負荷をかけずに食べられるもの、ルームサービスで頼んじゃうよ」
「それだと栄養が偏るでしょ」
「いや野菜カレーでも偏ると言えば偏るから。リリアの作るカレーは美味しいけどお肉少なめでしょ?」
「それは……そうだけど。あ、そうだ!それなら何か買ってくるよ!」
「それなら一緒に出よ。身体の方が疲れてるからあまりショッピングとかはできないけど」
普段はイネが表に出てて私が体を動かす機会は殆どないものの、その疲労具合はちゃんと共有しているのでリリアがわざわざ訪れてきたのにそのままぐっすりイネが眠りに入るくらいには精神も合わせて疲れてるからね。
不慣れな土地で不慣れな腹の探り合いをやってたわけだから、イネにとって無意識なところに疲労がドンドン溜まっていたわけだ。
「でも……」
「一応私もイネ程じゃないけど身体が覚えている範囲では格闘術も使えるから大丈夫だよ?」
「ううん、そこは心配してないんだけど……そんな疲れた身体で動いて大丈夫なのかなって」
「買い物が終わった後はちゃんと癒してくれるんでしょ?」
リリアの治癒術はかなり前にやってもらった時はお米とか種籾をすり込む形だったけれど、転移術がかなり上達した今のリリアであるのならもしかしたらタタラさんのように稲穂を振るだけで治療って感じにできるかもしれない。
まぁ疲労が取れるレベルに体力まで回復ができるかどうかってのは別かもだけど、タタラさんのそれは見ていた感じでは体力まで回復してたみたいだから、この半年のリリアの頑張り次第ではあるけれど、それなりに期待はしている。
「それは……うん、やってみるけど……父さんと比べられると流石にまだまだすぎて未熟だから期待されても……」
「ダメだったらマッサージお願いね」
「あ、うんそれならうん。ばあちゃんに教えてもらって母さんにも褒められたことあるから自信はあるよ」
なんか不安になる面々ではあるけれど、でもまぁリリアだし大丈夫だと信じておこう。
この決断があんなことになろうとは、この時の私には知る由もなかったのだった……いやまぁ少量の牛肉と豚肉を買って戻ってきて、食べた後にリリアの施術を受けただけなのだけれど……なんというかちょっと刺激的だったので日記では割愛するよ。
あ、リリアの料理はいつものように美味しくて舌鼓を打ったし、治療もまぁうん、結局擦り込まれたんだけなんだけどね、その……マッサージが、うん。
流石はムーンラビットさん直伝のものだったってだけだよ。
ただこの一言だけは、書いておきたい。
「ごめん、イネ……」
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