第37話 盗賊ギルドのボス

 あの後ボーイさんの持ってきてくれたお湯と布で身体と髪を簡単に拭いて装備の確認もしてから盗賊ギルドへと向かった。

 ドラクさんのところに行ったのは早朝だったこともあり、スーさんとの情報整理とゴブリンの返り血を落としてP90の分解掃除をしていたら既に日が傾いてしまっていた。

 P90を分解掃除をした理由は、イネちゃんの精神安定剤という意味なのでそれ以外の理由は無いけれど、分解してみたら返り血とゴブリンの破片と思われる肉塊が小さいながらもついていたので結果で言えば掃除して良かったんだけどね。

 盗賊ギルド付近は夕暮れということもあり、多くの人……とは言っても春を売る女性が大半だけど、出勤時間と重なっていてなんというかイネちゃんの姿が目立ってしまうのはなんとも言えない感じになるよね。

 全員が全員リリア並のスタイルってことは無いけど、それでもその道のプロということもあって間違いなく見目麗しいと言って差し支えないし、身長に関しても160くらいの人が多くって頭1つ分小さいイネちゃんが目立つのも致し方ないんだけど……これでもマントに追加でフードも付けてかぶってるんだけどチラチラこっちを見る人が多いってのが。

「ここは子供ガキの来る場所じゃねぇぞ」

 といういつもの常套句を投げつけられるのはスルーするのだけど、迷子だなんだと笑う奴はいいんだ、肩を掴んでこようとするのを全回避するの流石に面倒……投げてもいいけどそれはそれで盗賊ギルドが胴元だろうから顔を潰しかねないので回避に徹するしかないのが結構ストレス。

 まぁ盗賊ギルドのある路地に入ったらマジかよとかいう呟きと同時にいなくなったけど、全回避していたこともあって今頃あのしつこい男は周囲から命拾いだなんだの言われているかもしれないね。

「早かったな」

「依頼書に記載されていなかった要素が多すぎたからね」

「じゃあ手ぶらか」

「いや、書くものある?文字に関しては問題があるから図で説明する。スポンサーにもそうしてきたからこっちでもそうしたいんだけど」

「まずは口頭だ。内容がわからない状態で高級品なんか使えんからな」

「ここで?」

「ギルド側は概ね予想しているからな、騒ぐ奴がいれば黙らせる」

 なる程、ということは砦に何かいるって想定はしていたのか。

「それじゃあ依頼で調査した場所だけど、ゴブリンの巣になってたよ」

 ゴブリンという単語にギルド窓口であるバーが静寂に包まれる。

「そうか。それなら早かった理由も納得はできるが……それを証明できるものは何かあるか?」

「スポンサー側に切り取ったゴブリンの身体の一部を渡してる。照会してもらえればいいよ」

「なる程、ちょっと待ってろ」

 スポンサーの名前を出してまで嘘をつく程愚かではないとは分かっているだろうけれど、形式上でも確認して置く必要があったと考えるべきかな。

 そしてバーは静寂から動揺気味のざわめきに移りつつあり、中には盗賊ギルドから外に出ようとして黒服の男にドアを封じられたりしている。

「確認が取れた、真実なら確かに早くても仕方ないな。それで図で説明をするということだったが……まさか入ったのか?」

「入ってから判明したからね。それにゴブリンがわざわざ巣からたった1人の人間を襲いにくると思う?」

「例がないわけではない」

「だけど調査に赴く直前に商隊が襲撃されている。つまりわざわざ危険を犯す必要がないゴブリンだったってことだよ」

「ちょっと待て、商隊のことは……」

「救助したからね、割と手遅れだったけど」

 更にギルド内がざわめく。

「それは流石に信じられんし、信じるわけにはいかん。ゴブリンの巣に単独で入り人を救助した?冗談だろ」

「まぁ普通なら冗談だって言う気持ちは理解できるけどね。裏社会と表を全部敵に回しかねない嘘をつくデメリットを理解できない子供だと思うのなら、それはそれで構わないけど」

「助けた奴は今、どこに?」

「異邦人らしくパタ以外の場所に。これもスポンサー側に確認をとってもらえればいいよ」

「再度の確認の必要はない。ソレの言うことは事実だってのは私がスポンサーから聞き出してきたから」

「ボス」

「なる程、女性がそこまで下に見られなかったのはそういうことか」

「舐められたら終わり。そういう世界に入ってきた以上はあんたも同じでしょう?さて……あんたたち、今日は店じまい。代わりに今夜は女を抱いてきな」

「ボス」

「今ここにいる連中と今日来る予定だった連中にそれだけ奢るだけの価値がこの子にはあるってこと。連絡は任せる」

「わかりました。連絡後いつものをお作りします」

 そう言ってマスターは建物の奥に、他の連中はテンション上がりながら店を後にしていった。

「抱かれる子の気持ちは?」

「プロだよ。お嬢ちゃんにはわからないかもしれないけどね」

「まぁ……それもそうか。それで人払いをしたってことは……」

「洗いざらいは期待してないけどね、こっちとしてもスポンサーと同じとは言わないにしてもある程度は知っておく必要があるんだよ」

「舐められるから?」

「スポンサーだけなら、既に私らは半分取り込まれてるからねぇ。問題はもっと地下にいる連中だよ。連中はこのご時世に自分たちのことしかかんがられない連中か、魔軍相手にも金で解決できると本気で信じている馬鹿だけだからね、賢い連中は私らみたいに貴族様の子飼いになってるんだよ」

「役割としてはチンピラ統括と裏ルートからの物流維持、そして治安活動かな?」

「他にもたっぷり押し付けられてるけど、まぁそんなところさ。貴族のことは気に食わないが、てめぇらが滅びるのも嫌だって連中を統括しているわけよ。それで……お嬢ちゃんはどういう手合いなんだい、チンピラとは明らかに違うが貴族のように押し付けてくるわけでもない異邦人……このご時世ではまず持って別の地方に行くのも、それこそ女ひとりでなんてのはありえない。そして何よりありえないのは……」

「神域の森から来たってことがありえない?」

「そのとおり。だがあんたは森の民ではないのも見りゃわかるからね。それに私が言えたもんじゃないがミランは一応顔役をやれる程度には実力がある奴なんだよ、ミランを武器を使わず完封した上、今回の依頼でゴブリンの身体を持ち帰る傑物は味方にできれば頼もしいことこの上ないだろう?」

「それだけなら召喚された勇者でいいんじゃない?」

「アレはダメだ、人類軍から見ればいいかもしれないが少なくともこの街にしてみればアレは事前に植えつけられた価値観って奴のせいで見捨てる可能性は極めて高い。だから私らとスポンサー様は自力で考えられる事態に対処しうるだけのものを準備しなきゃいけない。例えそれが泥にまみれたり、みっともない程に相手に懇願することになってもね」

「それを自覚した上でやるのも、相当な覚悟なんじゃ……」

「人類軍が神域の森に人を連れて行かれた以上余裕なんてものは消し飛んだ。スポンサーは貴族にしておくには勿体無い程度には下の連中のことを考えてはくれているが、同時に後手に回っていた上、召喚された勇者は及び腰だの弱虫だの貴族にふさわしくないだの散々暴言を吐いてくれた程度には、他の貴族からは嫌われてる以上は、ね。連中は既に戦後を考えているのだから火種は残したくないだろうからね」

「そして今事情をこっちに全部とは言わないだろうけど一方的に言っている理由は……まぁ察しはつくけど」

「味方になってくれ。無論私らにつく理由はお嬢ちゃんには無いってのも確かさ。私らがそれだけ追い込まれた政治情勢になっているってこと」

「あのゴブリン砦のことも?」

「奪還できれば、それに越したことはないが維持できる戦力なんてないのも事実だからね、万が一の保険に使えるってのを把握できただけでも依頼達成どころか想定以上の結果なんだよ」

 やっぱ魔軍だけじゃなく人類軍との戦争も視野に入れてるのか。

 まぁ人類軍側が魔軍との戦争をおっぱじめる前はパタと戦争していたのだから当然の帰結とは言えるけれど、正直勇者を召喚したってだけで人類軍が楽観しすぎているんじゃないかって思えるよね。

 戦争なんて単独戦力でなんとかなるようなものではないし、例えそれが実現できる戦力だとしても戦後になったら今度はその単独戦力が世界を支配するだけのお話になっちゃうから……何かしらのセーフティがあったとしてもリスクの方が高すぎるし戦後を考えるには早すぎる時期でしかない。

「結構ゴブリン駆除しちゃったけど?」

「単独でできる範囲でだろう?」

「救助者がいなければ完全殲滅するつもりだったよ?」

 ここでそこそこの間沈黙が流れる。

 そこにマスターがカクテルと湯さましの水を持ってきてテーブルにおいたところでボスが大きな口をあけて笑い始めた。

「なぁるほど、召喚された勇者が消息不明、更に森の民の聖地の略取に失敗。お嬢ちゃんの言葉が全部真実だと仮定するのなら確かに線が繋がるね!」

「尚更手を結びたくなっちゃったり?」

「するね。だがこちらとしても情報の確認をする必要がある以上は時間をもらいたい。スポンサーが今お嬢ちゃんの連れと対談しているってのもわかってるから只者じゃないのは知った上だったが。召喚されてた勇者はどうだった?」

「強かったんじゃないかな」

「過去形かい!こりゃぁいい」

「ちゃんと生きてはいるよ、こっちの考えをしっかり理解してもらうために軟禁状態ではあるけどね。でもまぁこっちはあまり深いところまで介入するつもりはない……とは言ってももう介入しちゃってるから、その埋め合わせ程度の関わりで済む範囲でならかな」

「それでもいいさ。少なくともこの街の人間が生き延びられる道ができるのが1番重要なんだからね」

「まぁそのうち色々と分かるときは来るよ。できればそれまでは今までのように下っ端みたいなポジションを維持できればと考えてるよ」

「あぁわかった。少なくとも現時点まででお嬢ちゃんがこの街の秩序を破壊しようなんてことはしていないしね。ミランとのいざこざだって、ありゃあいつからしかけた以上お嬢ちゃんは悪いことなんてないし、衛兵詰所まで誘導させたのはこっちだからね」

 あぁやっぱりあのつけてきてたのは盗賊ギルドのプロだったか……どうりで追いつけないわけだ。

 でも色々キハグレイスの常識とかを探ろうと思っていたらあちらから接触してきた上にこちらに合わせてくれるって流れができたのは予想していなかったよね、キハグレイスでの活動拠点として足場が固まってきた感じはするけれど……なんというかやっぱりというか色々としらがみも増えてきたね。

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