第36話 生存者の様態
「というわけで簡単な報告とクレームだけ付けて戻ってきたよ」
「お疲れ様です。しかし盗賊ギルド側には救助した人間の情報も必要とは……」
「やっぱ処分とかそっち系かね?」
「身分照会をしたいということはそれなりの身分の人間が居たということかもしれませんね。キハグレイスでのゴブリン被害者への風当たりはわかりませんが、貴族階級ともなれば忌諱される事柄でしょうに……よくわかりませんね」
「そこも調べるのがイネちゃんたちのお仕事か……」
「そのとおりです。表側は私が全力を尽くさせていただきますので、イネ様は盗賊ギルドの方からお願い致します。そのための武器も大陸から持ってきましたので」
そう言ってスーさんは少し大きめの金塊を袋から取り出した。
「それと生存者に関しての資料はこちらになります。紙面とはなりますが……」
「わかってる、ドラクさん相手ならこいつでもいいけど他でこいつは出さないよ」
キハグレイス文明ではまだ植物繊維による紙は超がつく高級品である以上、その超高級品よりも高品質なパルプ紙をそこそこの厚さで、しかもフルカラー印刷品なんて良くて金持ち扱い、悪くてそっちの筋の人間どころか各貴族、商人にまでその身を狙われる立場になるとか願い下げだからね、この場でスキャナを使ってPDAに内容を全部ぶち込んでおく。
「なんというか、アナログがハイテク扱いでハイテクがローテク扱いってのも不思議なもんだねぇ、アングロサンでも似たようなものだったけどさ」
「紙は利便性が高い上に機密性も高いですからね。キハグレイスでは前者で、アングロサンでは後者の意味で紙を運用しているわけですね」
「理由はイネちゃんでもわかるけどね、大陸と地球、意外なことにムータリアスでも植物繊維の紙なんだよね」
「地球ではそれ以外のものも多いですが、そうですね」
娯楽分野にも紙が使われるってなるとそれなりの量産体制が必要になるからね、大陸では作ろうと思えばいつでもすぐに作れる世界だから問題ないし、地球はパルプ製造が高水準、ムータリアスは紙すきで和紙っぽいのが結構普及しているのは意外だったけれど、アングロサンでは既に電子媒体の方がパルプを生産するよりも遥かに安価になっているし、紙面は証拠隠滅で機密性の高い場所のみに使われる官給品のような扱い。
「キハグレイスは羊皮紙と木簡だからなぁ」
「加工過程を考えれば、楽ですから。それはそうと報告書をご確認ください」
「あ、うんごめん」
スーさんに促されて今取り込んだばかりの内容が書かれている紙面へと視線を移す。
「堕胎した上でもそちら側での精神への影響は無いと断言?」
「そもそもがゴブリンに捕らえられて犯されたということですから、その時点で精神を殺していたようです。堕胎していない方に関しては多少精神の安定が見られるようにはなりましたが、それでもフラッシュバックするようでして1日全体で見ればまだ不安定であると言わざるを得ないですね」
「そこはまぁ、うん。でも本当に堕胎してるのにって感想は予想できるよね」
「精神崩壊していましたから。事情は既にシックに伝えて、ゴブリン被害者救済をしていた部署の専門夢魔を派遣を要請しましたが……ムータリアスとの問題が解決した後かなり規模を縮小していましたので、人員を確保するのが少し難しいようですね。とは言えゴブリンという単語のインパクトは大陸でも大きいですから優先してもらえるようです」
「盗賊ギルドに関してはそのへんの問題解決後かな……直近は状況報告をしておいて、わかってる範囲だけでもいいのか、ちゃんと身元まで調べ上げるかを聞いてくるよ」
「お願いします。私もドラクさんからキハグレイスにおける常識非常識、それにゴブリンの立ち位置等の情報を優先して質問をする予定ですので」
「こっちは裏社会だからね、最低限のマナーとルールさえ守れば大丈夫だろうとタカをくくってる。イネちゃんによく絡んでくるチンピラたちは読み書きも怪しいらしいからね、そのくらいの人たちも受け入れるセーフティネットな以上はそれが全くできていない相手には忠告って形の学習をさせるだろうからね、学んでくるよ」
スーさんは知識として、イネちゃんは経験として学ぶっていう役割分担。
知識は知識として調べるのは当然として、盗賊ギルドは裏社会ながら半分公的な組織として運営されているので、より実際に運用されている形を直感的に学ぶことができる。
どちらも調査することでキハグレイス全体における常識非常識、それに法律等に関しても支配層と被支配層の意識の部分に関しても効率的に調べていける。
「それで体力的な面ですが……」
「んーあそこまで衰弱してたし、防具扱いで雑に扱われてたからかなりまずいラインだと思ってたけど……資料だと致命傷はなしってあるね」
「はい。1番重症とされるものでは脚部の複雑骨折ですね、これはゴブリンが逃亡防止に砕いたものと推測できますが」
「内蔵の損傷は酷い栄養、衛生状態に置かれたことによる損傷が中心でそこからの肺炎が1番重症なんだね」
「キハグレイスの医学レベルですと、肺炎は十分に死の病ですよ」
「それを言ったら足の骨折もね。詠術にどの程度の治療術があるのかも調査対象だなぁ」
「それはイネ様の方が調べやすいかと」
「裏社会だからなぁ、闇医者も含めて調べて見るよ」
問題はイネちゃん自身が怪我や病気をしないことではあるけど……喧嘩は絶えないだろうしマスターから聞く機会はいくらでもあるかな、自分が同じ目にあった場合どうなるかとか、事前に聞いておきたいとかである程度聞き出せるだろうし。
「闇医者に関してはもぐりですから、実際にかかる事態にならなければ難しいかと」
「運び込む立場になれればいいでしょ」
「ですが……いえ、時勢を考えればイネ様の考えもそれほど悪いモノではないですか」
「異種族との戦争の上に同じ人類からも圧力をかけられている状況で、真っ先に影響が出るであろう底辺層が問題を起こさないわけがないからね。食料は足りてても鬱憤は絶対溜まってるだろうから」
「そういえば冒険者側はどうなのです?」
「街の何でも屋みたいな仕事ばかりだね、討伐依頼どころか外に出て採取する依頼すら今は存在していないみたいだよ」
実は冒険者の掲示板に掲示されている内容を知らせてくれるようにボーイさんにお願いしていたからね、その上でそういった内容しか存在していないっていうのには驚きだけど、パタにおいて冒険者の仕事は農作業補助と衛兵代理が中心で、戦争の空気が伝わってからは衛兵の代役すら断る冒険者が増えていて治安維持が困難になっているわけだ。
「救助した方々の情報は現段階ではこの程度です」
「枚数は多かったけど、これだけ?」
「後は地球のやり方である各種検査の数値、アングロサン側のスキャンデータですので」
「イネちゃんたちには有用だけどキハグレイスには謎の魔法言語みたいになっちゃうか……感染症とかの問題は?」
「不衛生な環境に長いこと置かれたことによる細菌、ウイルス検査をアングロサン、地球両技術で調査が進行中です。ベースキャンプに新しく建造した無菌研究棟がありますので」
「いつ作ったのそんなの……」
「アングロサンの方々がコンテナで運んできました。あそこは火山性の地震は多いですが、強度などは問題なかったですよ」
「まぁ、いいや、うん。宇宙文明なSF世界なんだからそういうのもあって当然だったわ」
「それでは私はドラクさんに救出した方々の情報を伝えに向かいます」
「うん、イネちゃんは体の滅菌処理してから濡れタオルで拭いて盗賊ギルドに向かうよ」
「承知しました。それではあまり滅菌を強くせずにしてくださいね」
それだけ言ってスーさんは扉から外に出ていった。
とりあえずボーイさんにはお湯と柔らかい身体拭きに向いてる布を頼んでおいたので、ボーイさんが来るまでそこまで時間が無いだろうしささっと表皮を放射性物質に一瞬だけ変化してすぐに戻し、後はお湯で拭くだけにしておいてお湯を待つのであった。
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