第35話 報告とクレーム

「ドラクさん、あなた知っていたんです?」

 イネちゃんがパタに帰ると真っ先にドラクさんのお屋敷に正面から乗り込んで行った。

 元々裏からも依頼されていたとは言え、メインは恐らくドラクさんから直接投げ込まれた手紙の方なんだろうと思うと先にこっちに詰め寄った方が絶対早いからね、盗賊ギルドがそう簡単に情報を出すわけがないってこともあったけど。

「何のことですか?」

「砦、ドラク家の蝋印で封がされていた手紙の依頼で趣いたらゴブリンの巣だったんですけど」

「……それの何が問題で?」

「裏の依頼だけなら、そういうこともあるのだろうと飲み込んだけれどね。表側からも依頼していた以上は表側の分だけでも説明して欲しいということです」

「それで、ゴブリンはどれほどの数巣食っていたのですか」

 いい性格しているな。

「要救助者を早々に発見してしまったから全体調査はできていない。というか単独で行うのは物資的にも体力的にも気力的にも無理」

「なる程……それで要救助者というのはどこに?」

「スーさんが既にこちら側の施設まで運んでる。ゴブリン被害者の扱いがどうなるかわかったものではないから」

「立場的には誘拐だと糾弾すべき内容ですね……」

「引き渡したとして、どうするかを教えてもらえるかな」

「逆に聞きますが……ゴブリンを孕んでいるだろう人間をどうして生かしておく必要があると?」

「ゴブリンのみを排除する術と精神的治療を行えるノウハウを持っているから。とりあえずキハグレイスにおけるゴブリン被害者がどういう扱いを受けるのかはわかりました。保護したのはこちらなので、治療等はこちらが責任を持ってやらせていただきます」

「それが真実であるのでしたら、はい。こちらとしても無駄に命を奪いたいわけではありませんので」

「治療後、彼女達の自由意思を尊重しようと思いますが、それも構いませんか?」

「構いません。できれば返還は回避してもらいたいところですがね」

 気持ちはわかる。

 わかるけどやっぱり大陸出身者でゴブリン被害者としては怒りの感情を飲み込んでまで理解はしたくないというのが本音ではある。

「調査内容に関しては口頭だけなのですか、あなた方の技術であれば紙も使えると思うのですが……」

「帰還と同時にこちらに直行でしたので。お望みであればここで書かせていただきますよ。ただ言語に関してはまだ習得できていない部分もありますので地図ベースのものでよければですが」

「お願いします」

 しかし怒りに任せた感じに突撃したけれど、依頼は半分失敗しているようなものな上、国民を治療目的とは言え断りなくこちら側の支配地域に連れて行かれたにも関わらず責めることは少ししかしなかったな……ゴブリンから砦を奪還して利用するのか、万が一の事態の際には何らかの手段で跳ね橋を下ろして挟撃を狙ったりするのか……何かしら利用を考えていた上での依頼だったから、少なくとも不利益にはならないってことだね、これで失敗だって言い出して依頼料踏み倒してきたら流石にクレームなり今後の交流内容について白紙に戻すくらいはするぞ。

「とりあえず跳ね橋から特殊な手段で屋上まで上り、上層の一部を制圧、階段を封鎖した後に戻ると人間を鎧にしたゴブリンとその部下と遭遇、戦闘となり人質を救出してこの部屋をセーフルームにして、連絡をとって増援を寄越してもらいました」

「増援?」

「スーさんの部下です。その後救出した人間の体調などを確認しつつ待機、援軍が到着した後彼女達の能力で他の人間がいないかを調査してもらい、その結果下層にも要救助者がいることが判明、そこからはちょっと無理をして救出し、スーさんにも来てもらってなんとか離脱したというところです」

「なる程……それにしても怒っていらっしゃるにも関わらず、報告はしっかりなさってくれるのですね」

「依頼は依頼ですから。これでも一応プロ意識はあるので」

 依頼であったこととプロであることを強調しておく。

 これで報酬ケチったらタダじゃ置かないぞという意味合いを込めた皮肉ではあるけれど、実際調査できた範囲は砦の3分の1程度でしかないので不十分と言われたら反論のしようもない……わけではないけれど、ちょっと分が悪いのは確かだし。

「依頼内容とは違ったところがあっても完遂しようとする姿勢は信頼に値します」

 こっちはそっちに対しての信頼度が急降下しているんだよなぁ。

 キハグレイス出身の裏社会出身っていうのならこれでもいいんだろうけれど、異世界出身だって理解していながらこの対応はこっちを試しているとしか思えないよね。

「それで、不備を指摘するので?」

「まさか。こちらが知りたいことは調べてくださったですし、救助したということはそれだけゴブリンと戦われたのでしょう?魔軍に囚われていた人間を救い、更にはその治療と精神的ケアも行うと断言なさった方は初めてです。人類軍の戦意高揚として使える文言だと思いませんか?」

「なる程、それも目的だったかぁ。てっきり取り返す方向か万が一の時の戦力扱いかのどちらかかと思っていましたけど、確かに政治に使った方が効果的ですね」

「皮肉でしょうが、ここは素直に賞賛と受け取っておきます」

 イネちゃんの政治分野経験値では手玉に取られそうだ……迂闊に踏み込むと良い様に使われるね、これは。

 正直皮肉と理解しておきながらこの返しをできる人間はイネちゃんのこれまでの相手にはいなかったから対応として間違っていないかの不安が凄く強くなる。

「それで裏側への報告はどうしたらいいでしょうかね」

「拗ねないで頂きたい。そちらに関しては戦ったゴブリンの特徴と救助した人間の情報を報告してくれれば構わないですよ」

「拗ねる……わけではないけど、それを報告しようとしたら前者はすぐ、後者は少し時間が必要になるよ」

「構いません。ゴブリンの特徴の方が今すぐに欲しい情報ですので」

「……1つ質問していいかな」

「なんでしょう?」

「あの砦にゴブリンがいなかった場合、裏側は自動的に失敗扱いだったのかな?」

「いいえ。あの近辺で行商人やキャラバンが襲撃されている情報がありましたのでゴブリンでなくとも野盗や私に対して良い感情を持っていない者の手の者がいることは確定しておりましたので」

「表はその種類の確認、裏は詳細だったか。突入して良かったよ、二度手間にならずに済んだ」

「報酬に関しては書いておりませんでしたが、表に関してはパタの特殊市民権を、裏に関しては情報の内容によって金額を決めさせて頂きます。現時点で生存者の救助というこちらの想定外な仕事をしてくださったので金貨5枚は保証いたしますよ」

「ゴブリンの詳細と生存者からの情報で上乗せでいいのかな?」

「はい」

 即答か。

「報酬を渋るつもりはないってことは理解できたから、当面は協力関係を維持できそうです。失礼な態度をしてすみませんでした」

「こちらこそ試すようなことをしたのですから、相手によっては戦争でしたからね。あなた方が理知的な方であると確信があっての行動でしたが、情報を意図的に伏せていた失礼を働いたのです。謝罪をすべきはこちらですよ」

 まぁ実際、地球やアングロサンくらい文明が発達していれば武力をちらつかせつつ対話を継続って流れにはなるだろうけれど、関係悪化は確実な手法ではあったよね。

 正直イネちゃん以外だとココロさんやヒヒノさんクラスでもないとあの状況の切り抜けは、ロロさんとトーリスさんが組んでいる状態だとしても厳しい内容だったし、こちら側の人死の可能性が高かったわけだからね、それ相応の代償をドラクさんは提示するか、将来的に価値があると思わせなければ手を切られるか、最悪敵を増やしかねない悪手だったとイネちゃんは思う。

 とは言え情勢的に厳しい立場を世襲することが生まれた時から決められていたドラクさんは、その辺りを判断する嗅覚が優れていても不思議ではないし……あぁもう、やっぱりこの手のやり取りはスーさんに丸投げするのが1番だ。

「救出した生存者の件についてはスーさんに一任していますので、そちらで詰めてください。ゴブリンに関しては討伐するなら声をかけてくださいね」

「普通なら嫌がることですのに、珍しいですね」

「なぁに、ゴブリンに対してはちょっと特別な思いを抱いてるだけですよ」

「……複雑な事情がお有りのようだ」

「踏み込みますか?」

「やめておきましょう、異邦人の方々とそこまで深くお付き合いをするにしてはお互いもっと知るべき内容がありますので」

「そうですね。それが必要になるまでにこちらがどのような文明であるのかを知っていただく方が後々楽になりますから」

「楽しみにしておきましょう。ところでこの後お食事でも?」

「遠慮しておきます、装備の整備もありますし、身を清めたいので」

「浴室ならお貸ししますが?」

「お気持ちだけで十分です、友好な相手でもまだお互いをそこまで知らないのですからそこまでしていただくわけには」

「そうですか……残念です」

 何が残念なのかとも思ったけれど、そこはまぁスーさんに調べておいてもらおう。

「それではこの後スーさんが救助した人たちの情報を持ってくる予定ですので宿に戻らせていただきますね」

「今後共よろしくお願いします」

 そんな別れの挨拶とかイネちゃん面倒な相手としか認識できないと思いつつ、ドラクさんの館を後にするのだった。

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