第34話 合流と撤退戦

「イネ様!」

 絶え間ないゴブリンの波を10分くらいミンチにしていると、ようやくスーさんが到着した。

「手が離せない状態だから申し訳ないけどカーゴで出入り口塞いだ場所がセーフルーム!」

「考えがまとまらない程度には余裕がないのですね、承知しました」

 装填されている弾薬を勇者の力で尽きないようにずっと補充し続けているから本当に余裕がそこまでない。

 今までならこの程度の時間戦い続けるくらいではここまで消耗しなかったことを考えると、なんだかんだで私ってちゃんと周囲を頼れていたんだなって実感してしまう……全責任が私の肩に全力で乗っているっていうのが思った以上に精神的負荷になっているのか、それとも半年の休養で色々と鈍ったのか……多分後者だと思うけれど、これは流石にある程度リハビリをしておいた方が良かったかな。

『弱音より先に解決法!』

「悪いけどそれはイーアに任せたい!」

『ターレットは作るから、合図したら下がって』

「了解!」

 なんで今まで作っていなかったっていうのは、単純にスーさんが来るってわかっていたから、私が生成するターレットは簡単な動体センサーのモノになるので非戦闘員が射線上に出てきてしまうかもしれないというタイミングでは使えないんだよね、スーさんが来てようやく作れるっていう。

 ロロさんやココロさんと一緒ならむしろフレンドリーファイア前提で作っても対応してくれたから、やっぱりどれだけ楽をさせてもらっていたのかを痛感してしまう。

『作った、今!』

 イーアの声と同時に鋼鉄靴裏の無限軌道キャタピラを回して多少巻き込んでも無理やりセーフルームのある通路に入る。

「ギャ!グギャ!」

 私の後退に合わせてゴブリンも逃すまいと向かってくるけど、私たちの生成したターレットでミンチになっていくのを眺めながらカーゴのところまで後退し、カーゴを通路の逆側にアングロサンで使われる隔壁扉に変換して、ゴブリンの侵入口を1方向に完全固定する。

「状況!」

「それぞれ確認したところ、ゴブリンを孕んだのは2名、他は着床すらせず。この場で堕胎させることもできますが」

「要救助者の体力と精神は持ちそう?」

「そもそも着床した段階ですので体力的には問題はありませんが、ゴブリン被害者として精神面はシックに送って治療が推奨ですね。キハグレイスでのゴブリン被害者がどのような扱いを受けているのか分かっていない以上ヌーリエ教会で保護が1番無難な形だとは思いますし、パタに戻った際ドラクさんにはそのように提案しますよ」

「じゃあやっちゃって、とりあえず母体にダメージが残る手段じゃないだろうしね」

「堕胎技術は高位夢魔でも習得者は少ないですから。ヌーリエ様の教えに反する行為ですので」

「じゃあスーさんはなんで?」

「ゴブリン被害者に必要だったからです。古い夢魔ならムーンラビット様に指示された上納得して習得していますよ」

 古い夢魔ってところにちょっと引っかかるな……昔に、それもイネちゃんたちが生まれるよりも遥か昔に別の異世界と繋がった時に何かあったのかな、対応できる人材も今の勇者3人体制と比べれば圧倒的に劣るだろうし、ササヤさんもいなかったろうからね。

「ともあれ早く降ろした上で、ここは1度放棄し、パタに戻った方が良いかと」

「だね、少なくとも要救助者が居た上に救助したのだから撤退すべき。そもそもが調査目的だったのだから依頼目的は達成したと認識していいと思うし……一応スーさんも砦の内部に他に人間がいないか調べてもらっていいかな」

「5分頂きたいです」

「了解、持たせる」

 最悪のパターンを引いた場合はセーフルームをパニックルーム……もしくはシェルター並にして、イネちゃんが救助しに行くしかないわけだけど、もういっそのこと砦の損壊を考慮せずに最短最速一直線に速度最優先でやらざるを得なくなるけど……できるならそれは避けたい。

 ともかく5分は持たせることに集中するため、背後を気にせず前方に銃弾を集中させるためにヘビーマシンガンを4連装ガトリングに変換して可能な限り弾を広範囲にバラまくようにして地面と壁に反動抑止のための脚を伸ばして固定して、引き金を引く。

 スピンアップ音が聞こえて1秒後に銃弾が発射されて外のターレットを掻い潜って突撃してくるゴブリンのミンチが次々と出来上がるものの、流石に4連装を2つも用意したのは少し過剰だっただろうか、イネちゃんとしては回転砲身のスピンアップ音やリズムよく鳴る発砲音、引き金から指を離して停止する時のゆっくりになっていく回転の振動も好きなんだけど……周囲の音が聞こえづらくなるのは流石に乱戦になりそうなタイミングでは欠点か。

「流石にパタの半分程度の大きさともなると時間がかかりました、確認したところ人間はいませんでした」

「死んでる人間はいるってこと?」

「不思議なことに。少なくとも大陸ではありえない何かができるのが詠術なのかと」

 錬金術と魔科学の次は死霊術ってことかな……流石にそれが詠術の最高峰ってわけではないだろうけれど、凄く面倒で厄介で……。

「不愉快だね、それは」

「はい」

 ヌーリエ教会の教義で言えば死者をどうこうするのは冒涜以外の何物でもないからね、グワールも1度やらかしたけれどその後は研究自体破棄した分野だし……専門家になりそうなアドバイザーがいないっていうのは今後の見通しとしてはちょっと厳しそうだ。

「要救助者の運搬はどうする?」

「私たちが担当いたしますのでイネ様はゴブリンの撃退をお願いいたします」

「回転を上げて道を切り開く」

 4連装ガトリングの回転数を上げつつ、弾頭の外装部分を薄いビームコーティングを追加して貫通力を強めて少ない弾数でより多くのゴブリンを駆除できるようにしてから固定脚を外して手持ち武装としてイネちゃんの体に固定する。

「道が出来たら空を飛んで一気に逃げて」

「わかっています。イネ様も機を見て離脱してください」

「言われなくても!」

 屋内から屋上通路に出る直前に取り回しの悪いガトリングからヘビーマシンガンに変換し直して、減った弾幕の分を新しくミスリルを生成して壁から上がってきたり通路の上に陣取っているゴブリンの処理に使い殲滅力をカバーする。

「自動迎撃の切断を、タイミングはこちらで合わせますし、私は要救助者を抱えながら迎撃も可能です」

「了解、それじゃあイネちゃんの頭の中でカウントするから合わせて」

「わかりました、あなたたちもいいですね」

「はい!」

 部下の人の声が少ない気もしたけれど、今は重要なことでもないのでゴブリンの波が弱くなるタイミングを狙う。

 勇者の力で感知する感じでは波が収まる感覚がないのだけれど……このままではせっかく救助した人が衰弱してしまうし、イネちゃんだってさっきのイーアとの連携した時よりは消耗を抑えているものの、砦に到着してからずっとこの調子だからそろそろ防衛目標だとか奇襲警戒とかしなくていい場所で休憩したいと思う程度には消耗しているので多少強引でも行くしかない。

「シューティングスターが使えれば楽だったんだけどなぁ!」

「あの規模は流石にダメです。この場所からでもパタから目撃されますので」

「既に銃撃音で通りすがった人間がいたらアウトな気もするけど」

「詠術だと誤魔化しができるので問題ありません」

 なる程、詠術には銃撃に似た感じの音が出る破裂現象を起こすことができると。

「ちょっと強引に進めるよ」

 通路を封鎖していた隔壁扉を、今度は自立型の砲塔……ではなく切断目的の所謂ソードビットに変換して通路の向こうに感じていた気配に対して警戒する数基を残して屋外へと一斉に射出して制御をイーアに丸投げする。

『上と横をこっちでやる』

「こっちは正面!」

「今です!あなたたちは先に行きなさい!」

 私が動いたタイミングに合わせてスーさん達も飛び出し、ゴブリンが飛びつこうとしたり遠距離攻撃を繰り出すものの、飛びつこうとした連中はスーさんの魔法による強い風で地面へと落下し、飛び道具に関してはこちら側がソードビットを使って叩き落とすことで計画通りにスーさんたちの離脱は成功する。

『イネ、デカ物がまとめて来る』

「防衛対象が離れたし、ビームを使う」

『ビットの方もビームにして一気に離脱するよ』

「了解!」

 こうしてイネちゃんたちは激しく消耗したものの、なんとか無事に砦からパタへと帰還することに成功したのであった……いや本当に疲れたよ、次は事前に情報を追加で収集することを念頭に入れておくことにしようと固く誓ったのであった。

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