第12話 騎士団と冒険者

「あぁうん、それじゃあ結局スーさんと部下の人が数人だけなんだね」

<<そうだよ、今準備しててお昼には始められるんじゃないかな>>

「じゃあついでにリリアの作った汁物とか一緒に持ってきてくれない?ある程度の自炊とか既製品はあるけど人の作ったものがちょっと恋しくてさ」

<<遠出ができないからって甘えたらダメだよ。……まぁ今朝作ったポトフ持ってってもらうね>>

「ありがと」

 リリアが通信担当じゃないと要望出せないもんね、甘えだって怒られてもリリアならと思ったけど、ポトフが朝食だったとはベースキャンプの食事はやっぱいいもの食べてるんだなって。

 ともあれ今日、ようやく尋問の専門家が来てくれるわけだ。

 大陸の尋問員は基本夢魔で固められてるからね、相手の深層心理である無意識の部分までガッツリ丸見えの状態でやるから情報を持っていればほぼ確実に情報を確保できるのは大陸の強みだよなぁ、外交やら尋問関係の情報が弾薬な分野では負ける要素が殆どないからね、あらかじめ物理的な準備していても夢魔の人は精神体が本体だから意味ないし。

「さて、スーさんたちが来るまで暇……」

 になるとつい口にしてしまった言葉を言い終わる前にバリスさんが乱暴にドアを開けて飛び込んできた。

「奴らが来た!今度は大軍で……どうやら召喚された勇者もいるようだ」

 ここも異世界召喚か……ちょっと流行り過ぎじゃないですかね。

 まぁ大雑把に異世界召喚って定義されているだけで、それも地球の種類も全部違うわけだし……イネちゃんが生活してた地球でだって毎年失踪者が出てるんだから知らないだけで起きてても不思議じゃないしね。

「それで、どういう状況?」

「既に聖地が囲まれていて……恥ずかしいことだが森の民だけでは……」

「正式な救援要請ってことでいいの?」

「まだ思うところはあるが、今はそれを気にしていては守ることは不可能なのだ」

「いやだから……」

「頼む」

 うーん、なんか凄く簡略……まぁ族長さんも重症だったし、代理としてまだ慣れてないからだろうしね、それに現在進行形で手遅れっぽい感じなのが凄いから今はこれで受け入れてしまおう。

「じゃあちょっと待ってね」

 今切ったばかりの、施設に設置した通信機の電源をONにしてリリアに伝えておかないと……後大軍と勇者って分けて言ったってことは何かしら別行動している可能性だって否定できないから、施設に防衛部隊を置いておきたいからね。

<<どうしたの?ポトフならもう渡した……>>

「まーた聖地が襲撃されたみたいでね、先日のより大軍らしいからちょっと行ってくるよ。だからベースキャンプにいる大陸出身者で構成した戦闘要員にこっちに送ってくれないかな」

<<大軍ってイネ1人で大丈夫なの?>>

「防衛目標施設もあるから、最低でもロロさんにはついてきて欲しいかな。可能ならトーリスさんとウェルミスさん辺りが一緒なら尚安心できるけど……最悪ヨシュアさんとアングロサンの人にも協力打診しておいて、最悪パターンはここの防衛をお願いする形になるから」

<<うん、わかった……ベースキャンプの広域放送で今の流しておいたから大丈夫だと思う、皆退屈だってずっと言ってたからもう向かってると思うよ>>

 機密ってわけではないけれど……まぁ後でスーさんなり月詠さんなりにお小言を言われるリリアの未来が容易に想像できてしまう。

「じゃあとりあえずバリスさんに待機してもらうから、援軍は皆事情とかを聞いて行動してね」

<<イネは?>>

「もう動かないと間違いなく手遅れになるから先行する。単独先行はしたくないけど状況的に、ね」

 バリスさんがこっちにあの勢いで突入してきたことを考えれば既に人類軍による調査が始まっていると考えて間違いないからね。

 本当ならもうちょっと準備を整えて、援軍を待ちたいところではあるけれどそれをやったら防衛目標が奪還目標に……いやもうなってるかもしれないけどさ、その場合はこっちの通信機についてるビーコンシグナルを頼りに援軍を送ってもらわないといけないからどのみち出る必要がある。

「バリスさんもそれでいいよね」

「私は……」

「行きたくてもごめんね、援軍との情報共有と戦力の意味でこれが無難なんだ」

「理解はするさ……だが」

「納得はできないってことだね。だったら援軍に説明してから聖地側に来てくれてもいいから、今はお願い」

 護衛目標が増えるけれど、依頼主たっての頼みと考えれば……いやまぁ本来ならここに残ってもらうのが一番なのは確かだけど、もし聖地の遺跡内部に突入せざるをやらなきゃいけなくなった場合には森の民の人に許可をもらわないといけないからね、必要経費だと割り切ることにする。

「……わかった」

「うん、じゃあ行ってくる」

 バリスさんの色々と飲み込みきれない感じの返事を聞きながらイネちゃんは外へと飛び出した。

「へぇ、中に人がいるじゃん」

「どうしましょう、ヒロ」

 うっかり感知し忘れて施設の外に出た直後に変な4人組と出会ってしまった……いやどのみち出入り口は正面と倉庫上部にしかないのだから必然ではあったけど、相手も思いっきり油断状態な会話を繰り広げるとか、これバリスさんが言ってた召喚された勇者御一行とかそんなところな気がしてイネちゃんちょっと情報過多で……これをスルーして遺跡にダッシュした。

「逃がさない……アースバインド……」

 そんな声が聞こえてきて、目の前の地面が泥になったり足に絡もうとしてきていたけれど、先日のあれこれを踏まえて施設と聖地近辺は既に勇者の力で掌握済みな上に、そもそも地面に関してはこちらのほうが圧倒的に上位な力だったようでバインドという単語の意味を無視できてしまったわけで……。

「嘘……ゼラの詠術が効かないなんて」

「待て!」

 逃げている人間が待てと言われて本当に待つ事案ってどれくらいあるんだろうね、イネちゃんこういう場面を映画とか漫画で見かけるたびに思っちゃう。

「深追いはやめよう、あの子は何か嫌な予感がする」

「なんで止めるんだヒロ!」

 なる程、ヒロって呼ばれている人が召喚された勇者かな。

 何せイネちゃん服装はいつものセーラー服だからね、流石に繊維はヌーカベ毛で作り直したけれど……少なくともセーラー服を理解できる人間はこの世界では異世界召喚された人間くらいだろうからね、それ以外からすればやたら軽装な見たこともないような服装をした子供としか認識できないだろうことは森の民と先日の人類軍で把握できてたし。

「彼女ももしかしたら……」

 うん、間違いないっぽい、考えてることは半分しか合ってないだろうけど。

 しかしちょっと失敗だったなぁ、防衛設備は遠隔で起動できるように改築しておいたけれど、バリスさんを休憩室に待機させてるから絶対勘違いするよなぁ、うっかり殺しちゃうかもしれないような迎撃システムは起動しないほうが無難だろうし……オートロックだけ完全稼働状態にしておこう、ベースキャンプにいる面々と毎日出入りするバリスさんの生体認証登録はしてあるし。

 スマホからシステムの起動だけ済ませて、イネちゃんは聖地に向かって全力疾走をする。

 相手が大軍であればあるほど、それに対しこちらが寡兵であればあるほど有効な作戦を1つ、サクッとやるしかないだろうし、できるだけ感知範囲を広く正確に展開して相手の本陣を探る。

 もしかしたら森の外からテレパシーな詠術を利用して指揮をしているかもしれないけれど、それはそれで現地指揮官を討ち取ってしまえば現場の兵士に対しては効果はあるからね、勇者の力や銃器を使わない前提でイネちゃんがやれることをするならこの作戦が最も適してるのがなんとも……イネちゃん、自身の格闘能力で戦ってなかったんだなぁって思うよね、銃器とかを封じられたら実質アサシン的なやり方が一番って……。

 ちょっと思うところはあるけれど、現代で銃を使わない戦闘とかストリートファイトや商業格闘家、あとは道を極める以外の使い道がほぼないから、軍で運用となれば基本実践的なもので音を出さずに相手を殺す術に集約されちゃうっていうね。

「えぇいまだ内部の様子はわからんのか!」

「森の民ですら内部に入らない禁域ですから、時間がかかるものと」

「王の勅命なのだぞ、これは!長年現場仕えとして働いてきた私にようやく巡ってきたチャンスなのだ……絶対に成功させねばならぬ」

 本音ダダ漏れの出世欲の塊な会話が聞こえてきた……いや全くないのも問題だとは思うけれど、流石に露骨すぎて一瞬考えちゃうよね、潜伏している人をあぶり出すための芝居かと思っちゃうし。

「タイミングよく魔軍と戦うために召喚された勇者を利用できるタイミングなのだぞ……」

 あぁなる程、全体像は見えてきた。

 ただまぁ……どうあってもこの声の主にはご退場してもらわないと状況を変えることは大変難しいというか無理だろうから、多分頭の中で計算している皮算用に関してはそのまま水泡に帰してもらうけど。

 大声で怒鳴り散らしてくれているおかげで場所の把握は簡単……っていうかなんでこいつ勇者を送り込む程度には危険視している場所を背中にするように陣取っているのか。

 天幕……だっけ、この陣地形成で本陣を囲うための幕って、まぁそんな幕を発見してその内側の気配を探る。

 流石に総指揮官がいる場所ということもあって、怒鳴り散らかしている偉そうに肥えたお腹を携えたおっさんと、何か腹に一物を抱えてそうな初老な執事服の男、他にも僻地でも行軍できるようにするためか軽装備で身を固めた兵士らしき姿が4人程度か……なんとでもなるかな。

「させないよ!」

 声と共に剣戟が飛んでくるも、場所を把握している対象と護衛との距離は既に把握済み、そしてイネちゃんのスキルがあるのならこのまま飛び込みつつボールペンのカバー部分だけを握りこんで指揮官らしい男に向けて駆け出す。

「準男爵様!」

 あ、むっちゃ地位低い人だった……いや貴族なのは変わりないし軍を引き入れる立場であるのも間違いないからいいんだけどね、どうせ今から死んでもらうわけだし。

「遅すぎ」

 準男爵と呼ばれた男の首にボールペンのカバーを勢いよく刺した。

 首の太い血管に筒状のものをぶっ刺すだけで人は死ぬからね、出血多量で……あ、良い子も悪い子も絶対やっちゃダメだからね?

「そんな……」

 深追いしないって言ってた記憶があるこの世界に召喚された勇者……確かヒロって呼ばれてたっけか、そのヒロの声を背中で受けつつ……とりあえずイネちゃんは遺跡へと走るのだった。

 留まれば数の暴力確定だし、防衛目標は遺跡だからね、総指揮官をサクっとやれた以上本陣に長居する理由は皆無なのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る