第9話 森の民の聖地

 施設を出たイネちゃんは森の民の人たちが作った監視所の方向へと走ると、早速さっき腕の骨を折った男の仲間らしき2人に追いついてしまった。

 いやなんでも警戒しつつ気配を消して移動していたとしても流石に遅すぎませんかね……もしかしてこの世界の人類って月詠さんの仮説のようにすっごい弱いとかあるのだろうか。

「なんでこんなところに子供が!?」

「知らねぇが……今誰かにバレるのはマズイ」

「あー、ごめんね」

 ナイフをナイフケースごと……というのは流石に時間がかかるので、逆手で持つ形で抜いてすれ違う形で鎧を着ていない方のみぞおちに向かって柄をめり込ませる勢いで叩き込む。

「クソ、迷子でもなんでもなく敵かよ!」

 鎧を着た男の判断は早く、腰に下げていた剣を居合の要領で抜く流れでイネちゃんの首を狙って来た。

 うん、この人は普通に強いかな……まぁ剣の速度が練習用の短い木刀を使ったヨシュアさんよりも遅いのでナイフを持っていない右手で相手の手首を掴み、そこを重心にして股下を抜けて後ろに回る。

 この辺はイネちゃんの体格ならできるとかルースお父さんが中国拳法系の映画を参考に、コーイチお父さんが買ってきた教本を元にしてイネちゃんが使いやすい形に習得してあるのでできたけど……よもや実戦で使えてしまうタイミングがあるとは思ってもいなかったよ、こんな付け焼刃ななんちゃって拳法。

 ともあれできてしまったものは仕方ないと思い、手首を掴んでいた手を放し、すぐさま握りこむ。

「!?!?!?!」

 男が言葉にならない声をあげる。

 今イネちゃんが男性器を思いっきり握ったからなんだけれど、お父さんたちからもし対人戦になった場合躊躇うなと散々言われていたのでこの感触はまぁ……あまり慣れないけれどお父さんたちとの組手で散々触ったことがある感触なので気にせず握り込みを少し強くしつつ、膝裏をカックンして男の頭の位置を低くさせる……あ、このタイミングで男の人のおいなりさんは既に放してるからね、うん。

 とりあえず低くなった頭を左手を首に回すようにして右側の兜に手を置きに、右手を男の頭の後ろから兜の左側を持つ。

「はい、ホールドアップ。ここに来た目的を言って」

「このガキ……!」

 抵抗してきたので仕方なく首を一瞬右に振ってから左に大きく回転させる。

 完全に折らずにこれやるのって緊張するけれど……うまく行ったかな、この世界の人の身体能力が低いとは聞いていたけれど、骨の強度とかそのへんがどうなのかは……まぁ多分弱いんだろうけれど、流石にこんな漫画みたいなやられ方とかはないよね。

「…………うし、息はちゃんとしてて脈もちょっと早いけど正常、簡単に拘束だけしてバリスさんたちを助けに行かないとだ」

 倒れている2人を背中合わせにして双方の両手の親指同士を結束バンドで結んでから森の民の聖地の方向へと再び走りながら月詠さんに通信しておく。

「月詠さん、今イネちゃんが止まってたところに……」

<<把握してる、ロロさんに向かってもらってるから安心しなさい>>

 本当月詠さんは理解が早い……。

 サポートがしっかりしているのであれば後の現場はロロさんに任せてイネちゃんは密林の中を急ぐ。

 不思議と金属同士の衝突音が密林にも関わらず聞こえてくるあたり、結構派手な戦いになっているのだろうか……この手の密林で銃が生まれる前の文明レベルであるのなら剣戟の音とかは木々に吸われたり、葉の擦れる音とかでかなり聞こえなくなるものなんだけど……遭遇戦にも対応できるようにとりあえず盾とスコップでも作って持っておこうかな。

 そういえばムツキお父さんはスコップって言ってたけど、その度にボブお父さんとルースお父さんはショベルだって言ってたっけ……結局日本の規格で足をかけることができるのがショベルでできないのがスコップだって明記されてたらしいけど、今イネちゃんが生成したのは剣先スコップっていう刺すのに向いてる奴なのでスコップって表記しておくよ。

 なんてことを考えていると森の民の人の聖地に出たようで、密林の中にしては木々が少なく……というよりもその領域だけ木々が避けているような広場に石材と思われる材質で作られた建造物が視界に飛び込んできて……。

「森人の増援か!?……いや子供?」

 何やら古代ローマ時代のような装備で身を固めた20人程度の集団がイネちゃんから聖地を挟む形に逆方向から姿を現した。

「如何します?」

「例えアレが人であったとしても作戦遂行が最優先、それに目撃者は残すなとの陛下の勅令だ」

「では……」

「3人程度で十分だろう、このような場所にいる以上過剰と思える戦力をぶつけておけ」

「は!」

 あぁうん、なんというかこの場では確実に侵略者と定義できちゃうような会話してくれてありがとう、こちらとしてもとりあえず手加減せずにサクッと無力化を狙って行けるだけの気持ちを整えることができる。

「陽動の作戦時間は残り少ない。急げよ」

 とりあえず斬首……はやめておこう、ここにいるのは20人程度の小隊程度でしかないけれど、バリスさんたち森の民を全員引きつけているだけの大軍を指揮しているだろうことを考えると、うっかりやっちゃうと虐殺後ゲリラ化とか笑えない事態になりそうだし。

 となればまずはこちらに向かって来ているのを迎撃しつつ、森の民の聖地に向かう人間に対しても牽制をして……これ、勇者の力どころか銃器無しって結構な縛りな気がしてきたぞ……。

「わりぃなガキ、こんなところに来ちまったことを恨みな」

「あぁお構いなく」

 わざわざ近寄ってそんなことをのたまった男の側頭部にスコップの腹で勢いよく殴りつけて、後ろについてきていた残り2人に対して片方は盾の縁で殴打、もう片方には前の男の側頭部を殴りつけたスコップを返す形で突きを腹部めがけて走ろうとしたけれど……。

「クソが!やっぱまともな奴じゃなかった!」

 突きに関してはオーク材と思われる盾で防がれはしたものの、盾で殴打した方はちゃんと側頭部を殴れていたのでまぁよし。

「そのまともの基準が違うってのは同意してあげるよ」

「変な訛りで喋りやがって……」

 どうにもあちらは全力で盾でスコップを押し返そうとしてこちらの体勢を崩そうとしているのがスコップの握り手から伝わって来ているけれど……なる程、月詠さんの言っていた筋肉量の差ってのはこういうことかって思ってしまう程度の抵抗しか感じない。

 あちらは盾でこちらは金属製とは言ってもスコップ、その上でこちらは右手で握っている持ち手だけで支えて、あちらは全体重を使って盾の質量を全部こちらに押し付ける動きをしているにも関わらず力が均衡してしまっているのがね。

「クソ……なんで押せない!」

 なんてことまで言っちゃう程度にはあちらさんは全力だってことで……とりあえず現時点でイネちゃんの目的は森の民の援護なわけなので、体の軸をずらして全力で押していた相手の勢いをそのまま利用してこけさせると同時に指揮官のいる集団に向けて走りだしつつ、スコップを手放した右手でP90を……っと危ない、銃使っちゃダメだったんだ癖で出しそうになって怖いなぁ。

 代わりにショートソードを鞘から抜いて戦闘体勢を取る。

「子供が抜けてきた?総員ファランクス隊形、相手は魔軍と思え」

 うん、相手の見た目で判断しないって点は優秀なんだと思うし、白兵戦でファランクス隊形は単騎では崩すのが難しいってことを考えれば悪い判断でもないのだけれど、こちらの目的は聖地の防衛と森の民の安全確保だからね、わざわざファランクス陣形相手に突撃する必要はこれっぽっちもない。

「なる程、この地を守るか、人の身であるにも関わらず」

「いや知らんし、ちゃんと対話できる森の民と、真っ先に殺しにかかってくる人間、個人で関わるならどっちのほうがいいかって考えてみればいいんじゃないかな」

「その訛り……異邦人であるのならこの行動も理解できなくはないな」

 異邦人ってどういう意味だろうか……文字通りに別の地域から訪れた人って意味ならいいんだけど、この世界にも異世界転生とか召喚システムがあったらちょっとヤダな、ヨシュアさんみたいな人が生み出されかねないし。

「だったらどうなのさ」

「いや、こうして会話が成立する程度には知能がある以上無碍にするつもりはない。我らに組みするのなら不問とする」

 うーん、上から。

 とは言え対話の機会であるのは間違いないし、こういう時にココロさんたちはどんな風に進めるのだろうか……とりあえずぶっ飛ばしてってのは有りなんだろうか。

「人を見下すって好きじゃないなぁ」

「では決裂かね?」

「対等な対話なら受け付けてるよ。何を持って対等かって価値観は違うだろうけれど、そういう意思の有無自体が大事なことってあるよね」

「価値観の相違は確かだな……やれ」

 あちらとしては3人を無力化した手並みを見て小隊を探りつつ取り込もうとしてたんだろうけれど……まぁこうなるよね、こっちは最初から本音で対話しようって提案してただけだし、あちらからすれば正体不明の人間が想定していない場所に出てきて短時間で3人を無力化したんだから驚異認定しても不思議じゃないからね、なのでこの決裂には驚かない。

 ただ指揮官は状況が変われば会話できるかもと思える程度には慎重な人っぽいので今は目の前のファランクスをどうやって肉弾戦だけで突破するかだけど……勇者の力使わずとなるとかなり面倒だよなぁ、長物があればなぎ払うって選択もありだっただろうけど。

 時間をかければかける程こっちは不利になるだろうしねぇ、指揮官らしき人は本隊を陽動に使ってるみたいなこと叫んでたし。

 イネちゃんの森の民の聖地を守る戦いは、こうして始まったのだった。

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