第7話 文字解読と森の民
「えっと今日は……あぁうん、この周辺の地理をお願いしたいのだけど」
「問題ない。しかし今日は何か食べ物はないのか」
当初はあんなに嫌がっていたバリスさんが完全に餌付け完了済みみたいになっておられる……。
「それなら冷蔵庫の中にケーキがあったはずですよ」
「ほほう、ではいただこう!」
バリスさんはなんというかもう飲食物の虜になってしまっているので、口頭によるあれこれの情報収集は進んでいるのだけれど、先日提供された手記に関してはウイルス等の検疫をアングロサンのスキャン技術で行いウイルスや細菌に関してはとりあえず問題ないってことでベースキャンプにいる月詠さんに送って解析してもらっている。
<<ヘブライ語に似てはいるけど全く別の言語>>
とのことで解読解析翻訳、内容を解明するまでには時間がかかるらしい。
文字の読み書きができないというのは割と致命的な問題ではあるけれど、ヌーリエ様のおかげか勇者であれば月詠さんの解析したもので書き取りとかをしなくても時間が経てばムータリアスの時みたいに自動翻訳してくれるらしいので、万が一森の民の人たち以外の言語が共通でなかった場合であっても口頭なら問題にはならない。
そして今日はバリスさんに人間の識字率を聞いておきたかったのだけれど、そのバリスさんは頬を膨らませる程にショートケーキを口に含んじゃっているのでイネちゃんは今飲み込み待ちなのである。
「異界の食物とは何故これほどまでに美味なのだ……」
「歴史と技術の積み重ねですからね。それで今日バリスさんに聞きたかったことなんですけど、この世界の人間、人類における識字率はどのようなものなのかわかりますか?」
「その識字率?という言葉の意味がわからん」
「文字の読み書きができる人がどれだけいるか、ですね」
「知らん。族長なら多少なり知っているかもしれないが、私は戦場以外では殆ど面識はないからな。森の民はそもそも何かを書き記すというのは暇を過ごす手段の1つでしかないので読み書きなぞ習得するものも少ないしな」
なる程、森の民は個々人の嗜好で読み書きするってことか。
「森の民の書物とかって貸してもらえたりできますかね」
「あくまで暇を過ごすものだから各々が所持管理していてな、者によっては即処分をしていて残っているのかすらわからん、そのような個々の言動を逐一管理しているわけでもないからな」
「あー……そういうことなら呼びかけだけしてもらえると助かります。こちらとしても強制的にってのは本意じゃないですから」
「了解した」
答えてくれたバリスさんはここでコーヒーをブラックでぐいっといった。
うーん、せめて識字率が分かれば動き用があったんだけどなぁ、もう2週間近くここに張り付け状態で調査と言えばこの近辺に住んでいる森の民の情報が中心で、聖地は古代遺跡、森の民はその遺跡の守護を永い時の中で脈々と受け継いでいた種族であること、それ以外ではこの森は神域の森と呼ばれるようで世界の中心で東西に二分するように縦断しているらしい。
とは言ってもそれは森の民の人の情報で、アングロサンの機器を使って上空から地表映像を撮影したところ、森の民の言う世界というのは1つの大陸を指すようで、神域の森についても大陸を完全に縦断しているわけではなく、大陸中央からかなり大きい範囲で広がっていて、幾つか途切れている部分や、山脈に横断されていたりと完全に東西を分断しているわけではないのを映像で確認している。
つまり地理に関してはある程度の情報は確保していて、森の民から見たこの世界の形、森の民の文化について幾つか手に入れられたということ。
あぁそれとアングロサンの技術と地球の細菌学で調査したことだけど、地球及びアングロサンから見て未知のウイルスや細菌は居たものの、毒性等に関しては既存のお薬で対処できる程度の毒性……というか性質や成分が同じものばかりだった。
これに関しては吉報の分類ではあるけれど、それはあくまでこの施設周辺、森の民の人たちが提供してくれる範囲と大地や植物、昆虫等から採取できた分でしかないから、人類領域や魔軍と呼ばれる異形のモノたちの領域には毒性の強いものがいるかもしれないということは否定できるものではないんだよね。
それに森の民の人たちは大丈夫だったけれど、地球やアングロサンからの雑菌やウイルスによってこっちの世界の人たちに影響を与えてしまわないかも調査しないといけないからね……こればっかりは大陸のヌーリエ教会の加護魔法を受けるか、夢魔の人のような精神生命体、それか常時加護垂れ流し状態の勇者が調査を担当せざるを得ないことには変わりはない。
「でも森の民の人たちって動物性のものも食べてるんですね」
「どうやら人類がよく勘違いしている情報をあなたも持っているようですね。森の民とて生物である以上食物連鎖の中にいるのです」
「つまり動物からの恩恵として認識していると」
「そのとおりです。あなたたちの世界で言うヌーリエ教会の考えに似ていると思いますよ。食べるということは命を頂くのですから、そこに動物も植物も隔たりはありません、そして命を頂く以上は我々も全力で生きなければならない」
「それにしても、それを栽培や養殖、畜産無しに個体数を維持できてるってのには驚きました」
「元々森が豊かだからこそです。我々は守護が目的なのですから、聖地を守れる範囲で、無理なく暮らしてきたのです」
バリスさん本当に丸くなったなぁ、聞けばちゃんと答えられる範囲で返してくれるし、物腰もかなり柔らかくなってる。
まぁ元々はこっちが本当のバリスさんで、最初にあった時のあれは対外用の戦士の顔ってことなんだろうけど、ギャップが凄くて技術屋さんの中で少人数だけどファンクラブができてるとかなんとか……森の民って、大陸や地球の呼び方するならエルフだし美形揃いだからある意味必然だったのかもしれない。
「将来、現状維持が難しくなった場合に備えて大陸のエルフの人たちがやっているような栽培技術とか、必要なら言ってくださいね」
「お気持ちだけで十分です」
<<イネ、今大丈夫かい>>
そろそろ完全な雑談に移ろうとしたところで、通信機から珍しくヨシュアさんの声が聞こえてきた。
「失礼」
バリスさんに断りをいれてから通信機のスイッチをONにする。
「今はあれこれお話していたところ。まぁキリのいいところではあるけれど何か問題が起きた?」
<<先日飛ばした撮影ドローンからのリアルタイム映像をそっちのモニタにデータを送りたいのだけれど、電源が入っていないみたいなんだ>>
「ちょっと待ってね」
席を立って休憩室に搬入されているテレビのプラグをコンセントにさして、主電源を入れる。
ちなみにこのテレビは地球製ではあるけれど、チューナーとかはこの施設はおろかベースキャンプでも一部の範囲にしかつけていないので放送は映らないのだけれど、施設中心でのドローン撮影結果とか、今後イネちゃんが外部で得た情報を今後設置予定のPCに送ってこっちで確認するためのモニタ……なのだけれど、イネちゃん知ってるよ、技術屋の人たちが森の民の人が来ないタイミング見計らって映画とかドラマの円盤見てること。
<<うん、電源を確認できたから送るよ。こっちでも監視は続けるけれどどうやら何かが施設に近づいているっぽくて……>>
ヨシュアさんの言葉通りにモニタに映像が映し出されて、後ろでバリスさんが凄く驚いて警戒するような言葉を発してはいるけれど、何かが近づいているっていう言葉を確かめるためにモニタに集中する。
「……ちょっとカメラの高度高すぎない?」
<<下げると音でバレるよ>>
「それもそうだ、ちなみに映像のどの辺?」
<<左側、森の民の聖地がある方向>>
「なんだ、ここと聖地……なのか?……ちょっと待て、侵入者か!」
一通り驚き終わったバリスさんがイネちゃんの肩口から覗き込む形でモニタを見た瞬間、今映っているものがここの上空だってすぐに理解したことに驚きつつも、バリスさんが戦闘態勢に入ったため、少し落ち着かせる。
「これはこの真上からの映像で、この周囲を見るための映像……それでこの小さい点ってやっぱり森の民じゃないの?」
「あぁ、聖地の周囲にいる同胞なら多くても3人程度、だがこの点は明らかにそれを遥かに上回る規模だ」
<<援軍は必要かい?>>
「ヨシュアさん、そっちは監視を続けて。それに援軍って言っても森の民の人たちとの協定でイネちゃんたちは聖地に入れないし、多分だけど既に聖地の領域に侵入されてると思うから……」
「大丈夫だ、これまでもこれからも、我々の役割は聖地を守ることで、守れないなどということは……」
バリスさんの言葉がここで不自然な間が入り込んだ。
「族長が、負傷した……」
どうやら思念共有で現地の情報が入ったらしく、最初に侵入者とエンカウントしたのは族長さんだったらしい。
そして族長さんは森の民の最高最強の戦士なわけで……単純に個として最強な上に指揮能力も高い族長さんが戦闘不能になったということは森の民の敗北を意味してしまう。
「………………おい、族長が意識を失う前に私に命令を出した」
「うん」
この次に来る言葉は、イネちゃんの想像では援軍要請か撤退指示かだとは思うのだけど……個人的には前者、調査員としては後者が理想っていう難しい立場だから割と戦々恐々な気持ちでバリスさんの言葉を待つ。
「聖地からこちら側、万が一の時は……あなたに聖地を守って欲しい。私は族長に代わり同胞の指揮を執るためにあちらに向かわなければならない……頼む……」
バリスさんの言葉は見事にイネちゃんの想像の中間点……いやまぁ援軍要請ではあるんだけど、森の民の人たちが解決すればイネちゃんがここで戦う必要は無くなるわけだしね。
ただ1つ、問題というか気がかりがあるとすれば。
「勝てるの」
「勝つ。それが森の民の使命なのだから」
そう言ってバリスさんはかなりの速さを持って外へと飛び出して行った。
「さて、ヨシュアさんや」
<<予想はできるけど、なんだい>>
「監視ドローン、増やして。時と場合次第では協定破りもしないとだから、人命救助のために」
<<そう言うと思って、アングロサンが世界確認用に飛ばした衛星を使わせてもらってる、無茶はしないようにね>>
「あまり保証はしかねるかな。何せ任された防衛地にはここも含まれてるんだから」
お守り代わりに持ってきていたP90とファイブセブンの清掃を始めながら、事の流れを待つのだった。
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