第3話 ベースキャンプ
「イネ、本当に大丈夫?」
「いや出発直前にその心配は今更だからね、リリア」
ムーンラビットさんから依頼の説明を聞いてから数日、イネちゃんは新大陸の難民開拓地に新しく作られた新ゲート調査のためのベースキャンプで準備を終えて出発しようとしていた。
いやぁイネちゃんが勇者の力で色々作った状態から結構変わってて、滅びた世界の建築様式の建物とアングロサンと地球による科学技術を安定して運用するための設備棟や商店、それにヌーリエ教会による一次産業のあれこれが整備されていて、長丁場でもイネちゃん以外の福利厚生は完璧とも言うべき状態になっていたのは驚いたよね。
「それでは一ノ瀬さん、装備の最終確認をお願いします」
アングロサンの技術屋さんに促されてイネちゃんは左耳を指で押さえつつ、服の胸ポケットにしまってある通信機のスイッチをONにした。
<<ようイネちゃん、聞こえるか>>
「あ、はい聞こえますよトーリスさん」
<<こっちも問題なく聞こえた、アングロサンの用意したこいつはちゃんと動いたみたいだな>>
「むしろここで動かないと不良品もいいところだからね。通信機に関してはあっちの世界についた直後にもやるから、お願いだよ」
<<了解了解。ヨシュアの坊主が担当しているシグナル?って奴も問題なく映ってるらしいからそっちも大丈夫だ>>
「了解」
ヨシュアさんは半年前には車椅子に座っていたけれど、アングロサンで再生治療を受けた結果左足がちゃんとヨシュアさんの細胞で新しく作られていたのは安心したよね、やっぱSF的な未来技術凄い。
「ビーコン発生装置は骨振動スピーカーと同じ装置で、生体発電による稼働をします。これに関しては私たちアングロサンよりも地球の方々に聞いていただけるとありがたいのですが、タイミングが悪いことに彼らは基礎設備の調整をしていますので説明に関しては諦めてください」
「はっきり言いますね」
「気休めを言うよりは事実をお伝えしたほうがよいと思いましたので」
「まぁ、確かに。気休めでありえない期待をしちゃうよりは性能を正しく把握して飛び込む必要のない危険を回避できる方が嬉しいし」
性格を把握されているように感じてちょっと複雑な気持ちになりはするけれど、後々のことを考えたらむしろこれでいいし、むしろベストって言えるくらいにはなってるかもしれない。
「それでですが、ゲートを渡った後の手順を確認しておきたいのですが」
技術屋さんがそう言うと、リリアが慌てる感じに手帳を取り出した。
「えっと、まず異世界側のゲートをイネの勇者の力で、アングロサン、もしくは地球基準の設備で防護してもらいます。これは違和感を抱かれてもいいのでもうこれでもかってくらいがっちりと固めてもらう……って書いてあるよ」
「勇者の力で建造した後は数人の技術屋さんを呼び出して、設備の構築をしてゲート越しによる通信が不安定であった場合に備えることができるし、アングロサンの通信技術で異世界全域をカバーできる電波を発信する設備にもしちゃう……だったかな」
「……はい、こちらの手順書とも一致しました。運搬は地球の方々にお願いし、あちらに到着次第発電設備と変電設備、そして電波の送受信設備を構築し、その後アングロさんと地球の技術を併用した
「それでその間、イネには技術屋の人たちの防衛をお願いして、設備が完成して周囲の地形や生体反応を確認次第行動を開始してもらう……でいいよね?」
「いやリリアは一応ベースキャンプの責任者なんだからしっかりしてね、それで問題ないよ」
「いつもの開拓ならいいんだけど、こんなに多くの人たちをまとめて指示を出して作業を管理するなんて初めてだもん!緊張するに決まってるよ!」
「まぁリリアの年齢でって考えると確かにそうだけど、ほらココロさんとヒヒノさんだって今のリリアの年齢ではやってたって考えるとさ、神官長のお仕事をずっと勉強してたリリアならできるって思わない?タタラさんがやってることと同じなんだからさ」
「父さんと、同じ……そ、そうだね、うん頑張る!」
ちょろい。
リリアのファザコンは未だ健在のようで利用した感じになったけど、リリアならできるって思ってるのはイネちゃんの本音なので問題はない。
「えっと、後は緊急用の手順も確認しておこうか」
「そうですね、状況次第では自然動物や現地住人からの攻撃を受けることも十分想定してありますし……私たちの方では安全が確認できない状況では設備よりも命を大事にすることとなっていますが……」
「えっと、はい、何かしらの襲撃や自然災害が発生した場合はイネが対処するようにとなっています」
「防衛だけは例外で銃器の使用はOKだったっけ?」
「うん、そのはずだよ……あぁあった、うん大丈夫」
流石に非戦闘員を抱えながら飛び道具なしとか拷問か何か?って問い直しちゃうレベルだから安心した。
まぁ密林であらかじめ建物を作るとは言ってもどんな襲撃があるかもわからない状況で遮蔽物が多い地形とか守れない前提で動くしか無くなる以上は銃器があっても安心なんてこれっぽっちもしちゃいけないんだけど。
「イネが守りきれないって思ったら勇者の力を使ってでも守る行動をして欲しいって」
「まぁ今後のバックアップの質を守ることにもなるし、許可されてるなら自重せずやらせてもらうよ」
「それは大変心強いですね」
「なので造成がうまく言ったらバックアップはお願いしますね」
「我々にできることでのサポートは、はい。プロとして派遣されている以上はお任せください」
うん、後は装備を再確認してから出発するだけ……。
「あぁそうだ忘れるところでした。ココロさんから一ノ瀬さんにどうかと設計を頼まれていた装備がありまして……」
「ココロさんが?というかなんか歯切れが悪いですね」
「本来なら義手に仕込む形で運用するものなんですがね、一ノ瀬さんの勇者の力とやらなら本来の性能を超えて運用も可能なのではないかと」
そう言って出てきたものは籠手のようなもので、指環状の固定具にギミックがあるようで、それを動かすことで籠手の部分があれこれ駆動する装備……なのかな、見た目だけで大まかに判断するとそんな感じなんだけど。
「えっと、それでこれはどんな装備なんです?」
「仕込み義手の一種ですよ。最新型のワイヤーを射出して最大荷重500kg程度まで支えられるので籠手を支点として体を持ち上げることも可能です。他には閃光弾を仕込んだり殺傷能力のある武装を仕込んだり……」
「つまりは多目的マニピュレーターってことです?」
「そうですね、アグリメイトアームの腕部マニピュレーターの技術を応用していますので構造的には骨格の補助にもなりますし、補修用のグルーガンを射出なんてこともできますよ」
軍用技術を応用する……って言っても今イネちゃんの手にしているこれも明らかに軍製品だよなぁ。
「でもこれって異世界で使えるんですかね……」
「さぁ。ココロさんの仰ることでは、案外使える場面というものは多くなるもの……だそうでしてね、そんなココロさんが設計を打診してきたのですから、問題はないかと」
異世界でも案外勇者の力やら科学文明の道具とか運用するタイミングが存在するってことなのかな……。
「まぁ、そういうことでしたら」
使える使えないは別にしても、巨大人型兵器の骨格技術ってことは素材もそれ相応なわけだし、籠手型の盾としての運用も問題なくできるのか。
「えっと、それじゃあこの籠手と、用意しておいた装備は使えないにしてもお守りとしてP90とファイブセブンは保持してるけれど、メインで使うための武装としてサバイバルナイフとソードブレイカー、ショートソードにハンドアクス……それにロロさんが渡してくれたお古の仕込みスパイクシールド……」
「装備過多じゃないですかね」
「イネは普段もっと持ってるから少ないんじゃないかな」
「他には幾つかの医薬品にレーションと浄水器かな、一応はポケット工具も持ってるし、問題ないはず」
「はず、ですか……」
「まぁ向こうに行った直後だとまだサバイバルは始まらないし、最初は探索しては戻るって形にするつもりだから最低限に収めたから」
最低限って単語に技術屋さんが開いた口がふさがらなくなっているけれど、いつもならSPASやダネルをしまっているマントのスペースが完全に空いてるから、むしろスペース的にはかなり余裕なんだよね、重さ的にもダネルのグレネード弾の重量分もなくなっているし、SPASの弾も持っていない状態だから軽いまである。
「それじゃ行ってくるよ、最初の1週間くらいは設備防衛と散策になりそうだしちゃちゃっとやっちゃおう」
こうしてイネちゃんの新しいお仕事がスタートしたのだった。
……しかしまぁココロさんのプレゼント、コーイチお父さんとルースお父さんがやられまくってたゲームの主人公が使ってたみたいな形しているのはどういう因果なのかって思うよね、機能とか似たようなものだし。
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