第2話 情報の整理と依頼内容

「それじゃ、現在の状況を確認して依頼内容を教えるんよ」

 トーリス、ウェルミス夫妻に御祝儀を渡し、多数の知人との再会の挨拶が済んだとほぼ同時に、イネちゃんはムーンラビットさんに引っ張られる形でヌーリエ教会の聖地シックにある大聖堂の1室に連れられてきていた。

「一応形式上聞いておきたいんですけど、拒否権はあるんですよね?」

「あぁまぁあるよ、勇者だからって拘束できるって理由はこれっぽっちもないってのもこっちも形式上言っておくかんな」

 まぁ、この会話の流れは実質受けざるを得ないっていう状況であるけれど、教会とギルドの関係上形式的にやっておかないといけないことである。

 ちなみにギルドはどの組織にも従属していない国際的な公的組織ではあるし、雇用受け入れのハードルは低いものの、この手のルールはとてもガッチガチに固められていて実質的に公務員みたいな立場になっている。

 最も、そんな面倒なことをやっているおかげで社会的地位はそれ相応に高く設定されているんだけどね、性善説が服を着てタップダンスしているような世界である大陸だからこそ成り立つスタイルとも言えるけど。

「とまぁ今回のゲートなんやけどな、ここ最近では珍しいことにあちらからのアプローチが皆無でなんもわからん。ヌーリエ教会発足からの歴史でみれば決して珍しいことではないにしろ、地球にムータリアス、滅びた世界にアングロサンと複数の世界とあれこれあって大陸はマシとは言え混乱期にある状態でこいつが出たってことが割と少なくてな」

「えっと、話の流れ的にこれ歴史の講釈とか始まっちゃいます?」

「あぁすまんすまん、要はな、この手のゲートはあちらからこっちに突撃してくる奴がいないから人手を割かざるを得ないってことが言いたかったんよ。情報があっちから歩いてきてくれたらこっちは最少人数で確保に向かえばそれで最低限の情報は手に入るわけやからな」

「つまりはイネちゃんにあっちに突撃して調べてこいと」

「つまりはそういうことよ。単独戦闘能力が高く、原始からSFまでの戦い方全部こなせるなんてササヤとココロを除けばイネ嬢ちゃんだけやしな」

「ゲートが閉じるなんてことはないんです?」

「そこはこっちで安定化を試みれるし、万が一の時はあの子……ヌーリエ様がなんとかしてくれるって確実に言える勇者ってことで頼みたいんよ」

 なる程、ヌーリエ様が直接選んだ大陸の平和維持に絶対必要な戦力である勇者であるのならっていう理由なのか。

「他に可能な人っていないんです?」

「私とササヤならできなくもないが、私の場合色々と手順を踏むことになって時間がかかるし、ササヤの場合あちらの世界がな。ココロとヒヒノには今現在動いている仕事がようやく軌道に乗り始めてきたってところだから、少なくとも後1、2ヵ月くらいは人員の交代はやりたくない時期やね」

「なる程……もしイネちゃんがお仕事を受けるとして、バックアップの体制や、誰かを同行させることってどうなるんですかね」

「バックアップは大陸とアングロサン、ちょびっと地球も混じる形で構築するんよ。元々誰がやるにしろ今回のゲートのタイプは人員が結構かかるから特別と言うならそれは異世界の人間に手伝ってもらってるってことでむしろ手厚い形になるな。それと同行に関してだが……ん~、これはイネ嬢ちゃん限定で2、3人程度までならOKかね」

「イネちゃん限定?」

「イネ嬢ちゃんの勇者の力の性質上ヌーリエ様そのものになれるってことを鑑みた場合、ある程度繋がりが強い人間であるのなら万が一の強制帰還で引っ張れると思うからよ」

 確かに理屈は通っているし、むしろ手厚くなるのなら好条件と言えるのか。

「報酬とかってどうなるんです」

「提示額自体は少なめやけど、成功報酬のみでヌーリエ金貨30枚」

「本当に少ない。となると調査に使える資金とかそっちがかなり多いってことかな」

「大陸にとって必要な公共事業やからな、無尽蔵ではないがそれ相応に予算は組み立てられてるんよ」

 本来なら数百人とか数千人規模の事業っぽい気がしてきた。

 ただ重要なポイントは特定個人でなければならないっていう制約が厳しいタイプ……いやまぁ専門技術や知識が必須のお仕事って考えれば少人数って普通のことだしそういうものだと認識すれば理不尽とかも感じにくい……ってムツキお父さんが言ってたのを思い出したよ。

「そもあちらがどんな世界ってのは殆ど調べられてないかんな。ゲートのある地点は密林って呼んでいいレベルの場所で陽の光が殆ど届かないような場所、ゲートが発光してるから周囲の確認はできるらしいが、夢魔以外は遭難の危険もあるってことでこれ以上調べてないんよ、ごめんな」

「思った以上にハードになりそうな予感しかしないかなぁ」

「予感っていうか確実になるんよ。調査中は出来るだけ可能な限りあちらの文明、文化を遵守してもらうことになるしな、世界が世界ならイネ嬢ちゃんのメインで使ってる銃はまず使えない可能性の方が高いな」

 ハードどころか縛りがきつかった。

「となると火薬があれば爆発物が使える、程度です?」

「むしろ魔法があって、光線みたいなのがあればビームは使ってええよ。逆に実弾銃に関してはほぼ使えんと思っておいたほうがいいと思うんよ」

 ビームの許可ラインが低い……間違いなくチートとか悪魔だとか言われるフラグでしかない気がする匂いしかしない。

「いっそ有名になって情報を集めるって手段もあるかんな、ココロがいつもやってる手法で、ヒヒノは社交界に紛れ込んだりしてとか各々が得意な形で情報を仕入れてくれればええんよ。それに定期的にこっちに戻ってきて欲しいしな」

「いやイネちゃんも切った張ったしかできませんよ」

「なんだったら地下組織にとかもええんでない、人がいてそれなりの文明を築いていれば存在するやろうしな」

「それはそれでハードモードなような……」

 まぁ情報を集めるってのなら1つの手ではあるのかな、イネちゃんの場合普通に旅人を装った方が楽なんじゃないかって思いはするけど。

「ま、この仕事をやるのならそのやり方はレギュレーション範囲内でイネちゃんの自由にしてもらってええから」

「んー……まぁ現時点で大陸にイネちゃんじゃないと無理ってお仕事もなさそうですし、もう半年くらい休んでたんでそろそろ活動も再会したかったし」

 一応お休み中も訓練や新しい技術の身に付けもやってはいたけれど、実戦の勘という点においては鈍りそうだったからちょうどいいとも思えるしね。

 それにお父さんたちには新しいお仕事入ったって言って出てきた手前、やっぱやめたって帰るのもバツが悪いというかなんというか……イネちゃん女の子だけどそういうところ気になっちゃう。

「そっか、私は直接のバックアップはできんけど、出来る範囲でイネ嬢ちゃんがやりやすいだろうメンツを揃えておくとするんよ。準備が整って新大陸の拠点に向かうまでの間に、アングロサンからバックアップ用の装備の使い方とか教えてもらったりしてくるとええんよ」

「……そういえば月詠さんたちってどうしたんですかね」

「まだ大陸にるよ。なんだったら声をかけておくが、どうする?」

 うーん、あの2人も結婚とかそういうのまだっぽいけれど月詠さんの方が子作りに積極的っぽかったし、お仕事に巻き込むのもどうかと思っちゃうよなぁ。

「むしろ観光地回り終えて大勢でワイワイできる環境が恋しくなったって言ってたんよ」

「頭の中読むのはいいですけど、そういうことなら声をかけてもらっていいですか。月詠さんの技術的アドバイスとかって結構的確だから心強いし」

「了解、ちゃんと伝えておくな。他に何かあるか?」

 安全性は聞いた、報酬に関しても聞いた、依頼中の待遇とかも色々と聞いたし、大陸の状態やいろんな情勢も把握したしイネちゃんがやらなきゃいけないってわけでもないけれど、それなりにイネちゃんがやる理由も理解できた。

「あぁそうだ、ゲートが閉じるっていう万が一以外にイネちゃんが拘束とか受けた場合って助けとか来るんですかね」

「そこは状況次第やな。アングロサン側で生体情報を把握できるビーコンって奴を使うし通信機も外部式じゃない以上イネ嬢ちゃんが完全に意識を失った場合や、完全に身動き不可能ってなった場合に関してはササヤに行かせる予定よ」

「つまり貞操とかは自分で守れってことです?」

「ヌーリエ様の加護があちらで無効って話は聞いてないし、イネ嬢ちゃん自身が加護発生させれるからそこは心配しとらんよ?」

「えっと、それはどういう意味で心配してないんで?」

「ヌーリエ様が望まない妊娠とかを防ぐ以前にそういう行為自体を回避させるってことよ。まぁそれでも心配っていうなら勇者の力で貞操帯とか用意するとええと思うんよ」

 身も蓋もないこと言われてしまった。

 というかヌーリエ様はそこまで回避させる能力あるのならゴブリンに対して対処して欲しかったな……。

「生物同士ならって奴よ、流石に生物兵器が生物的でない植え付けしてくるおまけに生物的な兵器を量産するってのは想定外やったからな」

「ということはそういう奴はありうるってことです?」

「いや、流石にもう対処済みよ。イネ嬢ちゃんが地球で必死に訓練している間に解明が進んだことでヌーリエ様が虫下し的に自然排出できるようにしてくれてるんよ。だからもう大陸ではゴブリンがいないやろ?」

「グワールが使ってましたけど……」

「ちゃんと制御下における奴以外は絶対使うなって言ってるかんな、ちゃんとヒヒノに監視させて運用させたんよ、人手が足りんかったからな」

「心境的にはかなり複雑だったですよ……でもまぁ、今はこれからのお仕事ってことで話を戻しますけど、ヌーリエ様がってことはイネちゃんがそういうピンチになった場合は勝手に神化どうかするって認識でいいんですかね」

「どうかはわからんが、まぁ可能性としては高いと思うんよ」

 そのへんはまぁ……最大限警戒することで全力回避していく方向で立ち回るかな。

「まぁ……今は特にこれ以上思いつくことが無いので……」

「んじゃそのへんは動いてるその都度ってことでな。メインバックアップにはリリアを予定してるし、あの子なら分からなきゃ確実にこっちに連絡入れてくるから安心してええんよ」

 これからの大変なことを考えると色々と憂鬱になるけれど、それでも新しい世界っていうのは少しだけ楽しみなイネちゃんなのであった。

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