異世界探査日誌~少女傭兵の活動日記~
水森錬
第1話 おやすみの終わり
「イネ、焼きあがったから手伝ってくれ」
「はーい。全部で300円になります」
コーイチお父さんの声に返事をしつつレジをこなす日々が半年ほど過ぎたとある日、いつもどおりの日常を過ごしていると、その人はお店の入口から現れた。
「久しぶり、勇者」
お客の出入りを知らせるチャイムに紛れて消えそうな声だったけれど、流石に年単位で一緒に居たのだからこの声を忘れるわけがない。
「え、ロロさんいらっしゃい……ってこっちに来てるって長期のおやすみでも取ったの?」
「ううん、私は……呼びに、来た」
「呼びにって……ルースお父さんごめんちょっとお店の方代わって!イネちゃんにお客さんが来ちゃったから!ロロさんごめんちょっと待っててね」
「うん、大丈夫」
急ぎではないけどわざわざ呼びに来る事態……イネちゃんでないとダメってことは勇者が必要な事態ってことだけど、ココロさんはアングロサンで調整していたはずだし、ヒヒノさんも難民の受け入れ事業の責任者になっていたはずだからね、そこの引き継ぎをするよりもこっちに呼びに来た方が早い……というか勇者が必要な事態が発生したってこと?
「ハイスコア更新したぜ、ってロロちゃん?だったか、久しぶりだな」
ゲームをやっていたルースお父さんが来たので、会釈しているロロさんの背中を押しながら。
「じゃあお店、お願い。コーイチお父さんの焼き上がりも持っては来るから陳列も任せたからね」
「了解了解、コーイチの記録塗り替えて上機嫌な俺は鼻歌交じりに仕事をこなしてやるぜ」
「なんだとぉ!?」
ルースお父さんとコーイチお父さん、ゲームのスコアで競争しているのは別にいいんだけど、結構仕事に影響あるのが困りものだよねぇ、自営業だし大陸の食材を真っ先に使って話題になったことで固定客もいるからなんとでもなってるけど、もうちょっとしっかりしてて欲しいというのが
「じゃあロロさんは先に上がっておいてね、場所は……」
「うん、覚えてる。リビング?……だよね」
「そうそう、待たせるのは本当ごめんね」
なんというか……凄く新鮮!
イネちゃんは今まで自宅にお仕事……なんだろうけれど、イネちゃんがオフな状態で知人をお家に上げるってやったことがなかったからね、おやすみの時にリリアたちを連れてきたこともあるにはあるけれど、あの時はおやすみって言ってもお仕事モードを解除するわけにはいかない状態だったこともあって、今みたいにイネちゃんがパン屋の娘しているっていう状態では初めてで新鮮なのだ。
「くそっ、ルースのやつ一体何秒更新しやがったんだ。あぁイネ、焼きたてはそこだから頼んだ、ロロちゃんが来てくれてるのに悪いな」
「ううん……あ、ロロさんにパンあげてもいいかな」
「そこに形が崩れちまったのがあるから、それでいいならいいぞ」
「ありがとう」
形の崩れたパンを竹かごに入れてから、プラスチックの箱に入った焼きたてで湯気が立っているパンをお店の方へと持っていく。
「これ、焼きたて」
「りょーかい。計560円だぜ兄ちゃん」
「イネちゃんいるじゃねぇかおっさん!」
「いつもの学生さんじゃん。ごめんだけど、またあっちに行くお仕事になりそうだから遊びのお誘いとかは無理なんだ」
「そういうことだ兄ちゃん、イネは兄ちゃんに守られるような女じゃねぇから諦めな」
あーそういう。
「イネちゃんはあまりそういう色恋?は今は考えてないから、ごめんね」
「直接フラれてやがる」
「そういうこと言わないの。ねぇ君、平和に暮らしたいっていうならイネちゃんじゃない方がいいよ」
学生さんは凄く落ち込む感じになってしまったけれど、日本在住の学生とイネちゃんだと住む世界が違いすぎるからね、こればかりは学生さんのためにもはっきりお断りしておかないと残酷すぎる。
……というより年上の低身長、しかも白髪の青眼の女性に好意を寄せる要素ってどうなんだろう、普通なら庇護欲ってことで片付けれそうだけどイネちゃん、結構筋肉見えてるんだけどなぁ、夏で暑いから半袖だし。
そんな不思議に首をかしげながらも厨房でパンを入れたかごを手にしてロロさんの待っているリビングに向かう。
「ごめん、結構待たせちゃった」
「ううん、見てた……から」
リビングのTVの電源が入れられていて、お昼のワイドショーが最近世間を騒がせている事件についてコメンテーターが的外れなことを真剣な表情と口調で言葉を繋げていた。
「これ、ブロブ?」
「残党だねぇ、まぁ民間人向けのストーリーはコメンテーターの人が言ってるような異常な太陽風による影響だってことになってるけど」
半年前にイネちゃんたちが関わった大陸とも地球とも別の異世界、宇宙文明世界アングロサンで戦った相手の偵察用子機がブロブという名前で、本体を倒した後も既に放たれていた結構な数のブロブがいろんな世界で暴れる事件が散発していた。
「地球は……」
「むしろ地球の軍の方が有効だからねぇ、ビームへの対処を優先してたのか単純質量兵器に弱い構造だったし」
「そっか」
ロロさんは過去のPTSDで口数が少ない。
まぁイネちゃんもロロさんと同じ原因であれこれあった後、復讐しようとして自らを鍛えまくったって共通点から、イネちゃんにしてみればリリアとはまた違った戦友って感じの友達なんだけどね。
「あ、これパン。形が崩れちゃった奴だから気にしないで食べてね」
「ありがとう……それで、勇者……お仕事、なんだけど」
メロンパンを手に取りながらロロさんが話を進める。
「新しい、ゲート……開いた」
「まだあの大規模な奴の事後処理が終わってないのにか……」
「不安定な、周期……って、ムーンラビットさんが……」
ムーンラビットさんが言ってたのか、それなら記憶や経験に基づく情報だろうし、何よりヌーリエ教会なら大陸の歴史ってのを全部残していても不思議じゃないから、疑問に思えば調べるってことができるしね。
しかも地球の歴史上の為政者たちがやってきた勝者の歴史とかじゃなく、ちゃんと自分たちの失敗とかまで全部記録しているからね、最近の奴なら滅びた世界からの難民の人たちのこととか失敗談として記録されてるだろうし。
「ともあれまたどっかの異世界に繋がったってことだよね、どこに出たの?」
「新大陸、森の……中」
「まためんどくさそうなところだねぇ……今は難民の人たちも新大陸にはいないから今すぐにどうこうってわけじゃないし」
「うん。だから……呼びに、来れた」
つまりココロさんたちの引き継ぎをするよりも、イネちゃんを呼びに来た方が早いと判断したわけだね、ココロさんはアングロサンの木星でササヤさんから引き継いだだろう各種交渉や調整をしているんだろうし、ヒヒノさんは難民の生活支援の調整をしているんだろうけれど……まぁその、何度か見せてもらったけれど、ヒヒノさんの書く文字がかなり独特で、引き継ぎするとなってもまずは解読作業からっていうのが間違いなく時間がかかるだろう予想ができてしまう。
「まぁ……事情はわかったけど、仕事の内容ってなんになるのかな」
「向こうの、調査」
「あー……確か毎回勇者が担当してたんだっけか」
ロロさんは首を縦に振って肯定。
ヌーリエ様の加護が強く、単独で十二分以上の戦闘能力がある人が担当しているって話を前に聞いたことがあるからね、勇者の数が足りないタイミングではササヤさんやタタラさんのような人も担当していたらしいけれど、今では手空きの勇者が1人、こうして実家でパン屋の看板娘してるんだから連絡して頼まない手はない。
「まぁうん、とりあえず詳しい話はあっちでってことでいい……よね?」
「そう、聴いてる」
「ロロさんをメッセンジャー役だけってかなり贅沢な人材の使い方な気がするけど」
「ロロも、休み……だったから」
「なんか……本当に悪いね、トーリスさんとウェルミスさんって今は……」
「旅行。やっと、トーリスが……決心した、から」
「もしかして……」
「結婚」
やっぱりか、傭兵っていう職業とロロさんの後見人っていう立場上あまりそういった腰を据えるような形になりそうな決断ってしてなかったみたいだったからなぁ、まぁずっと一緒に居たロロさんがやっと決心って言っちゃうくらいにはトーリスさん側がへたれてたんだけど。
「じゃあ御祝儀持っていかないとなぁ、あの2人なら定住しないだろうし、利便性が高いサバイバルグッズか調理具か……どっちがいいと思う?」
「うーん……ロロも、選ぶ」
そういえばロロさんも一人称がぶれる時があるような。
気を抜いてたり焦ってる時はイネちゃんと同じ感じになるってのは最近気づいたけれど、やっぱロロさんも敵対している相手に名前を知られるってことはできるだけ避けてるんだねぇ。
「じゃあ買いに行こうか」
こうしてイネちゃんは半年もの充電を終え、再び傭兵、冒険者家業に戻ることになったのだった。
あ、結局御祝儀で買ったのは結局コッヘルにしたよ、結局のところ日常生活でも活用できそうなのに落ち着いたっていうね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます