恋心



 

 これまたオシャレなラッピングが施され、「おまけです」と小さなメッセージカードまで付けてもらった。

 店を出てからもそわそわして浮き立っていたけれど、気の早いクリスマスツリーを見たら現実に戻った。

 何のきっかけでいつ渡そうか・・・。

 クリスマスに渡すなんて、よく考えたら恥ずかしい。

 突然包みを渡されたら、いつものコーヒーのように受け取ってくれるだろうか。

 彼女も個人的に用事があるかも知れない。そもそも、俺は彼女のことでまだ知らないことが沢山ある・・・。

 

 渡すことはできないという言い訳をいつの間にか考え出していた。

 紙袋の中に視線を落とす。一目惚れした馬のフォルムを思い出す。

 やはり贈りたい・・・。


 そうだ、もうそろそろ完成間近だと言っていた。だったら「完成前祝い」として贈ろう。それなら彼女も、受け取ってくれるかもしれない。


 俺は絵だけでなく、彼女の存在に惹かれているんだなぁと素直に受け止めることにした。だからこうして、プレゼントも決めたんだ。大切なことを忘れてはいけない。

 それにしてもウキウキしたり急に無理だと思ったり、我ながら情緒不安定だと笑いたくなった。そういうのが、恋心に動かされているってことなんだろうか。


 数日後、いつもの缶コーヒーとコンビニで買ったクッキーに例の物を合わせ持って訪ねてみた。


 「いた」

 と教室に入ると、彼女はいなかった。

 「あれ、見間違いか」

 確かにいつもの後ろ姿が目に入った気がしたのだ。

 画材道具やそれを入れる袋、油壺など置いてある。たった今までそこにいた気配だ。

 見間違えだったのだろうか。

 さり気なく渡そうかそれとも思いっきり明るく振る舞おうかなど、色々思案していたから、てっきりそこに彼女がいるのが当たり前だと思い込みが強かったのかもしれない。しばらく待つことにした。

 10分、20分・・・30分経っても彼女は戻らなかった。

 彼女にも都合があるのだろう。前に話してくれたキャンバス地を張るという作業も、数人で引っ張り合いながら大変だとか、そういう仲間同士で協力することがあるのかもしれない。

 荷物があるってことは彼女はここに戻ってくるだろう。

 そして色を重ねていく。

 ふと、今日は邪魔をしたくないなと思った。

 俺はあえて直接渡さないことにした。少し残念だけどその方がいいような気がする。偶然の出会いだったわけだし、そもそも俺が押しかけていって彼女の作業過程を共有させてもらったのだから、ここは控えめにいこうか。

 やはり消極的な自分になってしまった。

 だからメッセージを書いて、持ってきたものを彼女の座る椅子に置いた。


『おつかれ!完成間近かな、前祝いです! 佐藤』


 最後にへたくそなスマイルマークを書いた。

 我ながら絵心がないなぁと苦笑いし、教室を後にした。

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