2人の時間



 それから俺は、週に2,3回彼女に会うことができた。

 実はほぼ毎日彼女のいる棟へ行っていたのだが、絵の具で汚れた作業服姿の美学生におののき退散することも多かった。

 生徒が少ない時を見計らって缶コーヒーを買う。そしてあの臭いが充満している廊下を進んで行くと、静かな教室に彼女がぽつんと1人でいる。


 「おつかれ、色が鮮やかになったね」

 「ありがとう、やっと思い通りの色に近づいたかな」


 俺は偉そうな感想だったかなと少し後悔しながら、缶コーヒーを彼女に差し出した。

 彼女は絵筆をそっと置き、また「ありがとう」と言った。

 同じ缶コーヒーを飲みながら、彼女はぽつりぽつりと話をしてくれる。

 いつも絵についての話だった。

 俺は彼女自身をもっと知りたいと思う反面、今は絵を描き上げる彼女を静かに見守りたい、と少し格好をつけていた。


 「絵筆ってね、百均のが使いやすいって先生が教えてくれて」

 「そしたら本当にいいの、気楽に使えるし」

 「そうなんだ!百均でゲットできるなんてすごいな。もっと高くてそろえるの、大変なんだろうなと思ってたよ」

 

 彼女はくすす、と笑った。


 いつもそうなのだが彼女は筆を手に取る時も置く時も、とても丁寧に扱う。 

 絵を描くということは道具の手入れや管理も当然含まれ、その積み重ねを経て作品が出来上がっていく。

 「でも絵には終わりがないと思うの。いつまでも描き込める気がする」

 美術の奥深さを探究している彼女の言葉に、深みを感じた。

 

 俺はいつのまにか彼女に感化されたようだった。

 ほんの少しずつの作業でいつの間にか葉や花びらが活き活きとしてくる。

 明らかに「命」が込められながら、絵画は存在感を増す。

 その過程を見ているうちに、自分の心までもが絵に吸い込まれそうな気がした。

 そんなふうに感じることができた自分がちょっと嬉しい。


 「そうだ、絵の写真撮ってもいい?」


 調子に乗って思わず言ってしまった。


 「え?まだ完成してないよ。完成してからの方が・・・」

 「出来上がっていく様子をさ、残したくて」

 

 彼女は筆を持ったまま考えている。

 そんな姿自体も絵になるなぁと思わず見とれていた。

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