画材道具



 ドキドキしながらキャンバスに近づいた。

 絵の周りには様々な道具が所狭しと置かれている。

 初めて目にするものがほとんどだ。

 絵を立てかけるやつはイーゼル、油壺という絵の具を溶く油を入れる小瓶、パレットは紙で使い捨てということ、筆を洗う専用の油があることや筆の種類など、彼女は朗読するように話してくれた。

 彼女が描いているものは、花の絵だった。

 俺は何の花か全然わからないので素直に尋ねた所、「シクラメンっていうの。母が好きな花でね」と教えてくれた。

 素人の俺からすれば十分に完成しているように見えるのだが、彼女が言うには花びらの質感に苦戦しているなど、まだまだ描き込んでいく必要があるとのことだった。

 

 「俺、佐藤樹っていいます。また見に来てもいいですか?」

 「ちょっと恥ずかしいけれど」

 彼女はOKサインをした手で筆を取り、そして油壺にそっと入れた。


 その日以来あの独特な臭いと、ごちゃごちゃしているのにそれすら奇妙なバランスを取っているあの美術教室のこと、そして花の絵を描いている彼女のことばかり考えるようになっていた。


 


 

 

 

 

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