最終話 天使がくれたもの

 札幌に春が訪れるのは五月頃だ。四月の半ばまで雪は残るし、なんなら季節を間違えたかのように降ることさえある。

 桜の開花はゴールデンウィークまで待たないといけないし、自転車もそのくらいの時期にならないと乗ることができない。

 桜咲く卒業式も、桜散る入学式も、この街には存在しない。

 真白が完全に猫に戻ってから、早くも四か月が経った。未だにひとりに戻った生活に慣れることはできず、たまに癖でふたりぶんの夕飯を作ってしまい、げっそりとしてしまうこともしばしば。

 三年生になっても、米里さんとは同じクラスだった。きっと、もうなんかの縁だと思う。ここまで来たら。始業式の日なんかには「今年も同じクラスになった以上、ひとりなんかにはさせないから、覚悟しなさい」と宣言される有り様だ。もう、それを苦笑いで受け入れられるくらいには、僕も丸くなったようだ。

 進路は結局、迷ったままだ。希望調査には就職と書いたけど、やはり心のどこかで大学に行きたいという気持ちもある。聞けば、僕の場合成績をもう少し上げたら給付の奨学金が手に入るかもしれない、ということを担任の先生に言われた。それがあれば、国公立大学の授業料ならなんとかなるだろう、ということだ。……ただ、一度父親と話したほうがいいとも言われたけど。

 今すぐにあの父親を許す気にはなれない。いや、恐らく死ぬまで許さないだろう。それくらいのことをしてきたんだ。

 ……ただ、腐っても父親は父親なわけだ。義理を通さずに勝手に自分の将来を決めるのも、悪い気がしてきた。

「……一度くらい、電話したほうがいいか」

 庭の桜の木に、少しずつ蕾が膨らんだ頃、僕は固定電話の受話器を取った。宛先は、東京の実家だ。

 ふと、目線の先に、一匹の猫が歩いてきた。彼女は電話と向かい合う僕を見て、少し嬉しそうに微笑む。

「……これで、いいんだよね」

 その問いは、窓を挟むから聞こえないはずだった。それなのに、タイミング良く彼女は、

「ニャー」

 と鳴いた。

「ふっ……」

 僕は可笑しくてつい、笑ってしまう。いや、きっと偶然だろう。エサを求めるために存在を主張したに違いない。

「……優太? どうした? 急に笑って」

「え」

 そして、いつの間にか電話は繋がっていたようで、受話器から不思議そうな父親の声が聞こえてきた。昔よりも、少しだけ穏やかになっている。

「あっ、えっと、そ、その──」


 天使の君が、ひとりの僕にくれた、夢のような幸せな時間。いつか、こんな時間が永遠に続けばいいのにとも思った。

 でも……。


「──いや、なんでもない。あのさ……」


 もう、僕はひとりじゃないもんね。……真白。

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