第27話 その台詞こそ、フラグでは。
清水寺を出ると、僕らはバスに乗って京都駅へ。そのまま新幹線に乗って東京へと移動をする。真白はかばんに入ったままだ。……猫に乗車券と指定席特急券は必要ないですよね。
京都から新横浜の乗車、となると長いは長いけど駅は名古屋しか停まらないからあっという間にも思える。のぞみって早いね……。
膝上に真白(の入ったかばん)を抱えて、窓枠に肘を立てて景色をボーっと眺める。ここでも当たり前のようにぼっちだ。隣に座っていた男子はお昼に配布された駅弁を食べるとすぐに友達のところに遊びに行ったから、まごうことなきぼっちだ。
車内の喧騒に取り残されるように、僕は何も喋らず横浜までの時間を過ごそうとする。
「暇そうにしてるね」
けど。……さっきまで一緒にお寺を回っていた彼女はそれを許してくれないみたいで。
僕の肩をとんとんと叩き、振り向くと頬に指をさされる。
「……いて」
「隣空いてるの?」
「……空いてるんじゃない?」
「それすらも知らないって」
すみませんね、ぼっちで。
「……まあいいや、隣、座るね」
そう言うと米里さんは空いたシートに腰を下ろす。
「北郷君って、実家東京だったよね。どこらへんだったの?」
時速三百キロメートル近くの高速で東へ進む新幹線に、彼女は質問もおよそキャッチボールとは思えない剛速球を投げ込んで来た。
……でないと僕は相手しないってことですか。
「言って伝わるかどうか」
「なに? 江別住みだけど面倒だから札幌出身って言っちゃう現象的な?」
「ごめん、札幌歴浅いからその例えわからないけど、秋津とかを埼玉県って揶揄するのと似た感じ?」
「……どこ? そこ」
「東京都の市。西側にあるよ」
「へー。そこらへんが実家なの?」
「違うけど……、練馬区ってわかる?」
「ギリギリ」
まあ、伝わったからいいや。これでも駄目だったら、池袋っていう大嘘をつかないといけなくなったから。
「そこらへんだよ。ホテルからは離れているから、近くは通らないと思う」
「そうなんだ、残念」
「……別に行って面白いわけでもないし、大して東京に愛着があるわけでもないし」
僕が答えると、葬式の事情を知っている米里さんは察したみたいで、それ以上地元についての話には触れなかった。
途中富士山の横を通過して、窓際に座る僕の目の前に乗り出すように食いついて車窓を眺めるってこともあった。……膝元の真白に触れて、猫の悲鳴が漏れたりしないか慌てたりもしたけど、何事もなく文字通り過ぎ去ってくれた。
話の種が尽きない米里さんと時間を話しているうちに、新幹線は新横浜駅に到着した。中華街にあるお店でクラスと晩ご飯を食べてから、またバスでホテルに移動。
部屋の内装は変わったけど、相部屋のメンバーは変わらないため、気を使う必要もなく。
慣れた要領でみんなが寝静まってから真白にご飯をあげて、一緒の布団を被って眠りにつく。
ヒヤヒヤするシーンも多い修学旅行は、真白の存在を知られることなく無事に折り返して四日目を迎えることになった。
あるいは……このまま何事もなく四泊五日の旅行が終わるのではないか、そんな期待も抱き始めていた。
……このとき、そんなことを思ったことはあながちフラグを立てたのではないかと思った。砂浜にちょこんと立っているくらいには回収しやすいフラグを。
ただ、どうやら僕のフラグ回収能力は地域で限定されているようで、札幌にいるときにしか効果は発動しないみたいだ。……猫助けて風邪を引いたときも、真白連れているときに米里さんに会いやすいのも、そのせいだったりして。
四日目の自主研修で浅草寺や豊洲市場を巡ったとき、……特に豊洲市場のときはおさかなさんの匂いにつられてかばんのなかの真白が飛び出さないか心配で心配でならなかった。……一応魚の近くを歩いたときはかばんの口を強く閉めていたけど。……「ふにゃああああ」とかそんな声が聞こえたり聞こえなかったり。
何はともあれ、羽田空港から新千歳空港に到着し、帰りのバスで真白と合流したときは奇跡なのではないかって。
「ただいま……疲れたなあ……」
バスに揺られて、たどり着いた家。一応家のドアを開けるときに誰かに見られないかだけ確認して、真白と一緒に久し振りの自宅に足を踏み入れる。
「はわぁ……家は落ち着きますう」
ウインターブーツを脱ぎ、真白はフラフラと歩いてリビングの椅子に座りこむ。
「……晩ご飯、どうしようか」
最終日の今日、僕は水族館でラーメンを、真白は飛行機のなかで空弁を食べた。夕方に新千歳空港について、家に帰った今はもう七時くらい。
さすがに旅行帰りで今はヘロヘロだし、ご飯をまともに作る気力はない。
「どうしましょうかあ……」
「……僕も真白もくたくただし……適当にカレーライスでも作っちゃうか」
カレーなら、じゃがいも剥いて、たまねぎとにんじんを切って豚肉と一緒に炒めてぐつぐつ煮込むだけ。
ふたりがかりでやれば一瞬で終わる。
「そうですねえ……賛成ですう」
リビングのテーブルに体を突っ伏してふにゃあとなっている真白。そんな彼女の様子を微笑ましく思いつつ、一旦部屋に戻って制服から部屋着に着替える。
「……休んじゃうと寝ちゃうから、カレー作っちゃおう」
横たわっている真白の柔らかい頬をぷにっとして、そう言ってみる。
「ひゃ、ひゃうっ!」
すると真白は甲高い声をちょこっとあげて、体を起き上がらせた。
「ごっ、ごめん、そんなびっくりするとは思わなくて」
「いっ、いえ、す、すみません……」
もじもじと手先を遊ばせて、彼女はそそくさと和室に歩き始め、
「き、着替えて来ちゃいますね」
軽い音を立ててふすまを閉めた。
「う、うん」
そんな彼女の様子を見送りつつ、僕はお米を研ぎ始めていた。
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