第22話 浮遊感ふわり
修学旅行初日。当日は新千歳空港に現地集合となるため、僕と真白は大荷物を抱えバスを乗り継いで向かった。
集合時刻の三十分前に到着し、出発ロビーで時間を潰す。
「とりあえず、このチケットの搭乗口に行けばどうにかなるし、最悪その辺を歩いているスタッフの人に聞けばなんとかなるよ」
「はい、わかりましたっ」
片や制服を着た男子、片や私服の銀髪少女、絵面はカオスだろう。……しかも私服のほうが敬語を使っているから尚更。まあいいや。
「目的地に着いたら、僕らは奈良公園、京都の順に回るから、僕らがホテルに着く時間までに京都のホテルの前に待っていて。それまでは好きに過ごしてもらって構わない。ついて行ってもいいし、京都でぶらぶらしていてもいい。ただ、危ない人には近寄らないように」
「はい、でも予定通り私は奈良にもついて行きますっ」
「それならそれでいいよ。僕のこと見かけたらこっそりついて行ってもいいし、見たいところ回っていてもいい。とりあえず、絶対に約束して欲しいのは、京都のホテルの前で僕らを待つこと。いい?」
「了解ですっ」
自信ありげに鼻を膨らませて、はっきりと宣言する真白。
「よし、じゃあ、僕は学校の集合場所に向かうから、真白はいい時間になったら保安検査場に入ってね。あと一時間半後までには絶対に。それじゃあ、またね」
「はいっ、またです」
そうして僕は真白を置いて集合場所へと移動する。さすがにそこにまで真白を連れて行くことはできないし、米里さんは真白のことを認識している。見つかったらそれはそれで厄介なことになる。
……初日は結構大変な動きになるけど、真白の自由度も一番高い日になる。
楽しんでくれると、いいけどなあ……。
一学年二八〇人の大所帯が乗り込める飛行機となるとまあ大きな機体になる。二・三・二で通路ふたつが縦断する機内は、賑わいを見せた。
僕は飛行機に乗ったことがあるからそんなだけど、やはり経験もない生徒も多いようで「ほんとに飛ぶの?」とか、そんな話し声がチラホラと聞こえる。真ん中三列の左側に座った僕は案の定誰とも話さないまま本を読み始める。ふと見知った影が僕の横を通り過ぎたから視線を上げると、慎ましげに顔の横で手を振る真白が席に向かっているところだった。彼女の姿を見て、とりあえずホッと一息つく。
まずひとつめの関門は突破できた……。
なんて感慨にふけていると、
「……おい、見たか今通った人」
「ああ、見たぞあのサラサラヘアーと銀髪」
「すっげー可愛くなかったか?」
「……外国の人かな、でも顔立ちは日本人っぽかったよな」
僕の席の近くにいる男子数名が顔を見合わせてそんなことを言いあい始める。
……あ、これ真白の話をしてますね。間違いない。
僕に手を振ってるのを見られていたら、まずかったかもしれない……。危ない危ない。
飛行機に乗っている間は大してすることもなく、本を読むかうたた寝をするかの二択だ。気がついたら着陸態勢に入っていて、あれ、ついさっき離陸しなかったかなと思ったりもするけどそれは心に留めておく。
離着陸時特有の浮遊感に若干の快さを覚えつつ、車輪が滑走路に着いた音を聞く。あの浮遊感、好きな人と嫌いな人がいるみたいだけど、僕は結構好きだ。心臓がキュウっとするなんとも言えない感覚とか、自分が今切り離された空間にいると思い込める瞬間とか。ま、人それぞれだと思う。若干だけど悲鳴もあがったしね。
駐機場に入って、乗客は飛行機を降り始める。修学旅行生も例外ではなく、三々五々と連なって大行進を始める。
ひとまず通路を伝って預けた手荷物を受け取る。レーンに乗って来るあれ。そのタイミングでも僕らとは少し離れた場所で真白がスーツケースを回収しているのを発見することができた。彼女も僕のことに気づいたみたいで、にんまりと表情を緩めては先に到着ロビーに出て、奈良に向かうリムジンバス乗り場へと向かっていた。
「うげー、なんか気持ち悪い……」
ちょうど真白を見送った後に、僕の隣に米里さんが顔色を青くさせてやってきた。
「……だ、大丈夫?」
「多分酔った。あのふわっとした感じで」
……なるほど、米里さんは浮遊感が苦手な人種なんだね。
「こ、この後バスだけど……」
「車は比較的平気なはずなんだ……吐きそうになったら言うからそのときはよろしくね」
そういえば、バスの座席、隣は米里さんだった。
「……一回トイレ行ったらどう?」
楽しみがないとはいえ、修学旅行で他人の吐しゃ物を処理したい願望は持ち合わせていない。
「うら若き乙女にトイレに行ったらなんて言ったらだめだよ……」
「……なら顔色どうにかしてください。あ、荷物来た。僕先行ってるね」
ちょうどベルトコンベアに流された僕のスーツケースが通ったので、体よくグロッキー状態の米里さんから距離を取ろうとする。
「……まあ、いい景色でも眺めて気を紛らわしなよ」
「それしかないよね……はぁ……うっ」
初日からお疲れ様です……。
結論、バスのなかで米里さんがリバースしてしまうことは幸いにも起きなかった。……関西空港って海の上にあるから、空港から大阪本土に戻るタイミングで綺麗な海景色を眺めることができたのが大きかったのではないか、と勝手に思っておく。海を切り裂くような形で走り抜ける道路と、並走する線路はなかなかに壮観だったし。
窓側の席を譲って交換したかいもあったってものですね……。
バスが奈良公園に到着する頃には「ねえ見て見て、ほんとに外に鹿が歩いてるよっ」とテンション高めに米里さんは僕に絡んできたから苦笑いのひとつも浮かべてしまう。
奈良公園と言えばまず鹿、次に東大寺に、五重塔で有名な興福寺だったり正倉院だろうか。日本史の先生的にはもっと色々あるのだろうけど、高校生の知識ではこれがいっぱいいっぱい。鹿が真っ先に浮かぶくらいには残念な感じなんだ。
気温は札幌の比にならないくらいには暖かく、そういえば本州の冬はこれくらいだったなとかつての感覚を思い出す。純粋な道民がほとんどの他の生徒は「あっつ!」と叫んでは上着を脱いでいるのがほとんどだ。……僕も染まったから脱いだけど。
修学旅行のピークは過ぎているから、同年代の制服を着た集団はそんなに見当たらなかったけど、それでもさすが有名観光地。人の数はとてつもなく多い。普段の札幌駅より多いんじゃないかって思う。
なんてことを考えたから、僕は同じ班で行動している他の米里さん含む三人にひっつく金魚のフンのごとく、影薄くスマホを操作して実際の来場者数を調べ始めた。
……さすがに札幌駅のほうが乗降者数は多いんだ。でも……奈良公園も一日換算四万人くらいは来ていることになる……のかな? 凄くね?
「ちょっとー、何スマホいじってるの北郷君」
すると、先を行く米里さんに少し怒られる。班決めのときに言っていた、同じ班の人はサバサバしている、というのは嘘ではないようで、残りの男女ふたりは面白そうなものを見る目で僕と米里さんのことを眺めている。
「……いや、ちょっと気になったことがあったから」
「今目の前に現物があるのに?」
正論ですね……。はい。
南大門を通過し、かの有名な金剛力士像も眺めた後、東大寺が全面に入るところで写真を撮ろうと米里さんは提案した。……まだ知っているものありましたね。ごめんなさい……。
てっきり他の人に写真を撮るのをお願いするのかなと思いきや、米里さんはカバンから自撮り棒を手際よく持ち出してスマホに装着する。
リア充御用達グッズだ……。僕は買おうと思ったことすらない。
「はい、真ん中寄ってー」
周りの同じ高校の生徒を見渡しても、班のなかでひとりはそれを持っているようで、あちらこちらで自撮りの記念写真を撮り始めていた。
……そのうち見知らぬ誰かに写真をお願いするって文化もなくなるのかななんて、仰々しいことを思ったり。
「ほら北郷君もっと寄って寄って」
「……う、うん」
適度な距離を取っていたら米里さんにまた怒られてしまい、仕方なく彼女の肩と僕の肩とがぶつかるくらいに近づいた。
「撮るよー、はい、チーズ」
形ばかりの作り笑いと、形式的なピースを顔の近くで作って、ひとまず写真は撮り終わった。
「よっし、じゃあ次は大仏見に行こー」
上機嫌そうに自撮り棒を畳んでは、先を歩く米里さん。さっきまで飛行機酔いしていたとは思えないテンションだ。
他のふたりもそれを知っているからか、終始米里さんに生温かい視線を向けていた。
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