第21話 修学旅行の計画
修学旅行も目前に控えたある日の夜。真白はニコニコ顔で家に帰ると、
「優太さん優太さん、とうとうお給料もらっちゃいましたっ」
ただいまも言う前に嬉しそうにそう報告してくる。
貸してあげているカバンから給料袋と書かれたものを取り出す。
「おかえり、よかったね。ご飯できてるよ」
「わーい、ありがとうございますっ。あれ、この匂いは……お餅ですかっ?」
靴を片方ずつ脱いで、コートを外し、台所で手を洗う真白。
「正解。味噌汁に入れようと思って」
「お餅って味噌汁の具にもなるんですかっ?」
「うん、なるよ。お雑煮にも入るし、うどんのつゆにも浸すし、汁物にもよく合うんだ」
「へえ、そうなんですね。あ、ただいまですー」
真白はてへと口元を掻きながら、意気揚々と鼻歌混じりにお米の炊けた炊飯器とか食器諸々をテーブルに持っていく。
今日はアジフライやエビフライ、揚げ物を中心に作った。大皿に千切りしたキャベツと、キツネ色に綺麗に仕上がったフライを並べてテーブルに出す。
「給料出たってことは、もうバイトは終わり?」
味噌汁を注ぎながら、真白に尋ねる。
「はい、もう怪我していたバイトの人が復帰できるみたいなので、晴れて契約が満了しましたっ」
……多分、そんなに嬉しそうに契約満了って言葉を使う人、なかなかいないと思う。まあいいや。
「そっか、お疲れ様でした……ってえ? 五万五千円も稼いだのっ?」
食卓の端に置かれた給料袋に記載された金額を見て、僕は目を丸くさせる。
予定の二倍以上稼いでいる。
「は、はい。私も多すぎじゃないのかなあって思ったんですけど、でも自分で計算したら大体このくらいなんですよね」
……週四契約でシフトに入ったのは十二日間。勤務時間が五時間くらいだから労働時間が六十時間。時給が九〇〇円だから……、
「確かに、それくらい稼いでもおかしくないね……」
飛行機代の往復で二万円、多く見積もっても三万円だから、それでもお釣りが来る。真白が算数もきちんとできるということについてはもう指摘はいれないでおく。レジ打ちが出来たんだからね。
「ど、どうしましょう、稼ぎすぎちゃいましたか? 私……?」
少し不安そうに袋を掴みながら僕のことを見つめる真白。
「べ、別に稼いで悪いってことはないよ。所得税かからない範囲だし……きっと問題ないはず」
そもそも戸籍に名前がない人がお金を稼いでいるので税金もへったくれもないんだろうけど。あれ、確定申告、僕しないとまずいのか? ……難しいことは後にしよう。高校一年生の夏休みに一度バイトしようとしたことがあったんだ。食費を入れるために。その際に色々と所得税については知識を仕入れておいたけど……。まさかこういう事態が起きるなんて思ってないから。結局、バイトもしなかったし。
「とりあえず、飛行機代はそこから使って、余った分は真白が好きに使っていいよ。真白が稼いだお金だからね。服とか色々、欲しいものあったらそれに買えばいいよ」
「で、でも、私食べさせもらってばっかりですし、少しくらいお金入れたほうがいいんじゃ」
「気にしなくていいよ。ひとりもふたりも大した違いじゃないし。水道光熱費だって二倍になるわけじゃないし」
「そ、そうなんですか……?」
「うん。だから大丈夫。好きに使って」
「は、はい、わかりましたっ」
彼女はそう言って、給料袋をぎゅっと大切そうに握りしめた。
夕食後、まず真白の飛行機を押さえることに。飛行機は少しでも早めにとった方が安全だし基本安い。
「僕と同じ飛行機の空きは……よかった、まだある。行きも帰りも別々になることはなさそうだ」
スマホをスクロールしつつ、新千歳から関西空港、羽田から新千歳の往復の飛行機をそれぞれ確保する。
「結構直前だから席危ないかなって思ってたけど、よかった。これなら動きもわかりやすい」
もし同じ飛行機が取れなかったら、現地で落ち合わないといけなくなるところだった。それは何かとトラブルの原因になりそうだから避けたいところだったけど、よかったよかった。
「だからまあ……行きは普通に人間の姿で飛行機乗って……、人間のまま観光する? 初日は」
「初日はどこに行くんですか?」
「奈良公園。あと大仏とか」
「と言われても、私にはどんな場所かわからないんですよね、てへへ……」
「ああ、そうか……。まあ、鹿がいっぱいいるところだよ。公園内を歩き回って、鹿せんべいを持つと囲まれちゃうところ」
「鹿さんですかっ? 楽しそうですねっ。それだと……人間のままのほうがいいかもです」
「あれ? 猫って鹿は駄目だっけ?」
そういった話は聞いたことがないけど……。
「いえ、そんなことはないんですけど、猫だと身動きが取れなくなるかもしれないんで」
「……ああ、それはあるかもね」
一瞬だけど、鹿に取り囲まれて八方塞がりになる猫の真白の姿が想像できた。
「じゃあ、初日は人間のままってことで。ホテルに入る前にどこかのタイミングで猫になってもらって……あれ?」
そう言いかけて、僕は忘れることにしていたこの間の朝の風景を思い出す。
人間から猫になると、服はその場で脱いだ状態で放置される……。ということは、
「もしかして、真白はホテルでしか猫と人間の姿を行き来できない?」
「……そ、そういうことになりますね」
他の場所だと、公衆の面前で力を使うことになるか、僕が女子トイレに入り込む犯罪者になるか、真白が男子トイレに入る変態になるかの三択しかない。どれも選ぶつもりはない。
想像以上にハードルが高そうだぞ修学旅行。
「ということは、僕らの一団に紛れるような形で一緒にホテルに入って、なんとかして真白を僕の泊まる部屋に入れて、猫になってもらって、僕が服を回収しないといけない……のか?」
さすがに別にホテルを取って寝泊まりしてもらうだけのお金はない。それを四泊もするとなると尚更だ。こんな直前に空きがあるかどうかもわからないし。つまり、この難易度が高いミッションをこなさないといけない、ってことになる……。
「……頑張ろうね、真白」
「は、はい」
……いや、これも真白のためだ。どうせ修学旅行の楽しみなんてほとんどないも当然だったんだ。せいぜい行ったことのない関西に行ける、それくらい。なら、真白を連れて行くというスリルを楽しむことにしよう。……僕の胃がもつ範囲で。
そんなふうに、修学旅行の日程の確認を真白として、どういう行動を取るのか、ということをあらかじめすり合わせた。
最後に、僕の携帯番号と、宿泊するホテルの住所と名前、電話番号を控えたメモと、修学旅行のしおりの行程ページをコピーしたものを真白に手渡す。
「人間でいるとき、何かあったら僕の携帯にかけて。修学旅行で行くところは大抵ここよりも都会だから、街には公衆電話があるはず」
「緑色の大きい電話のことですか?」
「そう、それ。十円あれば掛けられるから、それで電話して。もし万が一連絡がつかないとかあったら、二日目の夜までは京都のホテル、四日目の夜までは東京のホテルに僕は泊まることになっているから、その近くにいてもらえたらどうにかする。三日目は大阪から東京まで新幹線で移動するから猫として朝から同行したほうが安全だし、五日目はまた飛行機に乗るから人間の姿でついて来てもらったほうがいいと思う」
「了解しましたっ」
「まあ、色々あると思うけど、頑張って行きましょう」
……無事に終わったら、僕は褒められてもいいと思う。そんな気がするほど、絶対何かが起きる、そんな予感がした。……フラグ逆張りしておけば、何も起きないって展開はないかな……。
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