第15話 短冊、ささがき、くすぐったさ
それから日をまたいで、今週の金曜日。朝、僕が教室に入るとまっさきに張りついた笑顔を携えた米里さんがやって来た。
「北郷君、ちょっといいかな」
有無を言わさずに僕の首根っこ掴んで廊下へと連れ出す。
「い、いたいいたい米里さん、もうすぐ朝のホームルームで先生来るけど」
「そんなことはどうだっていいの。この間紹介したバイト、叔母さんから聞いたけど、面接に銀髪のめんこい子が来たって? ……どういうことなの?」
「ど、どういうことなのとは……」
言いたいことはわかっているけど、とりあえずしらばっくれてみる。ピクリともしない表情怖い。
「なんで北郷君があの女の子のバイトを探してあげていたのってこと。ただの知り合いなんでしょ? そこまでしてあげるのおかしくない?」
ごもっともだと思います。何も反論することはできません。
「そ、その取り急ぎお金が必要で、でもあの髪色でしょ? なかなか働き口が見つからなくて僕に当てがないか聞いてきたんだ、それで」
「……ふーん。そうなんだーへー」
頬っぺたを丸く膨らませながらそんな相槌打たないで……。
「そんなにあの子と仲がいいんだね」
「それは……まあ、なんというか」
僕が言い淀んだところで、始業のチャイムが鳴り響く。今が好機とばかりに、
「じゃ、じゃあもう教室戻らないと」
そそくさと駆けこむように自分の机へと逃げていった。
「あっ、ちょっと」
「おーい米里―、教室戻れー。チャイム鳴ったぞー」
同時に担任もやって来たようで、米里さんの追及は一旦幕を引くことになった。
休み時間は例によって突っ伏して寝たふり、昼は黙々と真白作のお弁当を食べ進め、その日の授業は終わる。帰りのホームルームが終わると同時に教室を出た僕は、やや早足で下駄箱へと向かった。けど。
「随分とお早いご帰宅を希望しているみたいだね、北郷君」
上靴から外靴に履き替える間に、後から追っかけてきた米里さんに捕まってしまった。
「あはは……」
「……はい、最後のノート。全教科分これで終わりだよね」
すると、いつかのシーンの焼き直しみたいに、米里さんはむすっとした顔のまま僕のノートを手渡してくる。
「……ノート貸してくれるためにわざわざ追いかけてきたの?」
「中途半端に貸すのは気持ち悪いし。それに……あの子のバイト探していたのも、どうせ北郷君のお人好しみたいなところが出たに決まってるんでしょ。それを否定するのは……なんかなあって思って」
米里さんは両手を後ろに組んでいつの間にかもじもじとして、いじらしそうに視線を下に傾けている。足も交差させては忙しなく僕の様子を窺っている。
「あ、ありがとう……げ、月曜日に返すよ」
僕を貶したいのか助けたいのかよくわからない。
「うん。わかった。じゃあ、また来週ね」
用はひとしきり済んだのか、米里さんは小さく頬を緩めてから、小走りで教室のあるほうへと向かっていく。
「……何がしたいのかなあ……ほんと」
最近、お隣さんの行動がおかしい気がするんです。結構。
「ただいまー」
真白が住むようになってから言うようになった帰りの挨拶を玄関で呟くと「優太さん優太さんっ!」と騒がしい声がパタパタと聞こえる。
「……ど、どうかした?」
帰っていきなり話しかけられると何かあったのではないかと緊張してしまうけど、真白の表情を見るとそういうわけでもなさそうだ。
「つ、ついさっき件のカフェから電話が来て、採用らしいです……! 私!」
テレビの横に置いてある固定電話を指さして、興奮気味に言う真白。靴を脱ぐ前の僕に詰め寄っては、ぐいぐいと顔と顔の距離が近づいていく。
段差の分があってちょうど身長が同じくらいになるから、ほんとに目と目が水平に合う。嬉しそうにキラキラと光る瞳に、僕の姿が映っているのがわかるくらいには。
「そ、そうなんだ、すごいじゃん」
くふふと幸せそうな笑い声をあげると、彼女は僕の側から離れて小躍りし始める。……天使にも小躍りって概念が存在する……それともそれも人間観察ですかね。
なんでもいいや。とりあえずこれで、
「修学旅行はどうにかなりそうだね……」
「はいっ!」
「……あ、そういえばさ」
ふと、僕は気になったことがあったのでリビングに上がりながら真白に尋ねる。
「面接のとき、なんて名乗ったの?」
履歴書は不要とのことだったので、口頭のはず。
「え? 名字お借りして北郷真白って名乗りましたけど……」
何かいけませんでしたか? とばかりにきょとんと首を傾ける真白。
……僕はこれから起こるかもしれない最悪の状況をシミュレーションして、すぐに真白の華奢な両肩に手を置いた。
「バイト先では、真白と呼ばれるようにするんだ。間違っても、北郷で通さないほうがいい」
米里さんは真白のことを名字だと勝手に思い込んでくれている。それが、名字は北郷です、なんてわかったらどうなるかわかったものじゃない。ひどければ、居候していることも突き止めてしまうかもしれない。
「た、多分それは大丈夫だと思います。もう、真白ちゃんって私呼ばれていたので」
かなりアットホームな面接で何よりです。
「早速ですけど、明日のお昼から来て欲しいってことだったのでその……」
「……うん、行っていいよ」
正直、不安の種がもう一個増えたけど、背に腹は代えられない。事前にちゃんと話さなかった僕のミスだから。
「はい、お仕事頑張りますねっ」
それに……こんなに喜んでいるのに水を差すようなこと言えないよなあ……。
ちょっぴり頭が痛くなりつつも、冷蔵庫に学校帰りに買ってきたものを入れていく。
「今晩は……さんまと根菜を合わせた炊き込みご飯にしようと思うんだけど……いいかな」
「おさかなさんですかっ?」
「そ、そうだよ」
「今日はお米と一緒にしちゃうんですね、なんだか新鮮ですー」
真白が来てからというもの、最初のうどん以外で肉を食べていない。本当に。……人ってその気になれば魚だけでもご飯って飽きないんだなということと、僕の魚料理のレパートリーもなかなか数があるんだなってことを知った。
……ひとりのときの炊き込みご飯って、最悪プラスインスタントの味噌汁を合わせれば食事になってしまう節があるから楽というか。一品だけ作ればいいからやることが単純。一年も自炊をしていると慣れてしまう。
ひとまずお釜のなかにお米と水を入れて、つけておく。……祖父はこれをうるかすなんて言っていた。最初は何を言っているのかわからなかったけど、水に浸しておく、って意味だそうで。
その間に制服から部屋着のジャージに着替えて、さんまを三枚におろす。これも祖父に教えてもらった。……自炊のスキルは大抵祖父の直伝だ。おかげで自炊で苦労することはほとんどなくなったし、お隣の米里家のお母さんにも目を丸くさせる始末(らしい)。
おろしたさんまを焼いていると、真白もエプロンを着け、台所に入って手を洗ってから置いていたにんじんを取った。
「短冊切りにすればいいんですか?」
……多分炊き込みご飯も作ったことはないんだろうけど、切り方の指定まで想像できるんですね。
「正解。じゃあお願いしちゃうよ」
「任されましたっ」
そうして、さんまを焼く僕、にんじんを切る真白、という構図になった。
……端から見れば居候とは思えないんだろうなあと、心のなかで苦笑いをする。
その画が、他人にはどう映っているのかなんて、きっと言うまでもない。
「このごぼうはささがきですか?」
「そうだよ。……っていうか仕事早いな」
「観察の賜物ですね」
なんて軽い声色で答えて、彼女はごぼうに残った泥を水で洗い流している。
……くすぐったいな、なんか。
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