第14話 (臨)バイト経由、東京・京都・大阪行
ご飯とお風呂を済ませ、米里さんから借りたノートを今日もせっせと写してから、僕はスマホでこの近くで募集しているアルバイトの求人を調べ始めた。
勉強机のスタンドライトに照らされる手元を眺めながら、どんなものがあるのかと画面をスクロールしていく。
……年頃の娘を持った父親かよ。なんて突っ込みを自分に入れておく。
この近所だとやっぱりスーパーや飲食店の求人がほとんど。居酒屋とか夜に営業する店になれば髪色も自由なところが多くなるけど、さすがにそれは認められない。……ほんとに父親かよ。
やっぱりあの銀髪がネックなんだよな……。それで大分働けるところが限られてしまう。たかが髪色、されど髪色ってところか。優秀な人材を集めるのに条件を緩和する理由が真白を通じてわかった。残るのはコンビニくらい……。でも、コンビニで短期なんてあんまり聞かない。そもそも短期バイトなんてこの近所にはない。やっぱり札幌駅近辺の栄えた街じゃないと……。それはそれで心配の種が増えるけど。
「うーん……何かいい手はないかなあ……」
そう呟いて、ふと僕は気づく。
いつの間にか、真白も修学旅行に連れて行く方向性でものを考えていることに。
なんだかんだで僕も楽しんでいるのか、ということに。
「真白のあんな顔……初めて見たし……」
不安そうだったり心配そうな顔は出会ったときから見た。幾度となく。でも、寂しそう、悲しそうな顔をしたのは僕の前では今までなかった。人間の真白として出会って数日も経っていない。……猫のときですら、あんな顔はしなかったから、だろうか。
心が痛んだのは。
「どうしようかなあ……」
それゆえにどうにかしてあげたい、という気持ちはある。
けど、僕の願望とは裏腹に、真白が働けそうでかつ、安全そうな条件の求人を見つけることはその日のうちにできなかった。
翌日。この日も朝から四時間目までは一言も口を開くことなく授業をやり過ごした僕は、昼休みに真白が持たせてくれたサンドイッチを片手に引き続きバイトを探していた。
「何難しい顔でスマホとにらめっこしてるの?」
そんな僕に、突然米里さんが話しかけてくる。ちょうどよく空いていた僕の隣の席に座って、椅子を近寄せる。
「え? ……あ、ちょっと調べものを……」
「ふーん、北郷君、バイト始めるの?」
画面をひょいと覗き込んで、興味ありという様子で僕のことを見つめる。穏やかに弧を描く垂れ目の瞳が、じんわりと包み込んできた。
「いや、そういうわけじゃ」
僕がするわけでもないし、かといって真白のために探していますなんて言ったら同居していることがバレてしまうかもだし。
「けど学校近辺にあんましいいバイトないよね? やっぱり札幌のなかでも過疎ってる地域だからさ。あそこのショッピングモールで働いたら絶対高校の人に会うし」
「あはは……そ、そうだよね」
「最近お昼が購買じゃなくてお弁当に切り替わったあたり、よっぽどの金欠なの?」
……よく見ていらっしゃることで。確かに真白が作ってくれるようになってからお昼代は節約できている。購買でパンやおにぎりを二個買うより安上がりだからね。
「ま、まあ……そんなところかな」
金欠は金欠なので、とりあえず頷いておく。
僕の返事を聞いた米里さんは満足そうに表情を緩めては、少し声を潜めて耳元に、
「それなら、私の親戚がカフェをやっているんだけど、ホールのアルバイトさんが急に怪我をしちゃって人が足りないってなっているんだ。よかったら紹介しようか?」
まさしく耳寄りな情報を落としてきた。
「え、えっと……実はバイト探しているの僕じゃなくて僕の知り合いなんだけど……それでもいい?」
「……と、いうわけで、家から徒歩二十分のところにあるこじんまりとしたカフェの求人を貰いました」
「わぁっ、すごいです優太さん」
同じ日の晩ご飯の食卓、今日はサバの味噌煮だ。……ここ最近真白が望むから魚しか食べてないなあ。味噌汁の具もあさりだし。海の物ばっかり。いいんだけどね。
真白はパチパチと手を叩きつつ、僕が米里さんからもらったチラシを食い入るように読んでいる。
「米里さんの話によると、仕事内容はカフェのホール。って言って伝わる?」
「注文取ったり、料理を運んだりする人ですよね?」
「うん。それで合ってる。ってことをすればいい仕事。期間は一か月以内。時給も九〇〇円とまずまずの条件。まあ、本職のアルバイトの人が怪我から復帰するまでの臨時採用みたいなものだし、米里さんの知り合いのお店ならある程度は安心できるし、短期なら真白のニーズにも合致するしで……どう、かな……?」
あと……個人経営のお店ならもしかして色々緩くてなんとかなるんじゃないか、と思ったのは僕の心の内に留めておこうと思う。
「逆に、いいんですか? バイトしてもっ」
真白は子供みたいに輝く目をして、跳ねる声音で確認する。
「……いや、まあ……どうしても修学旅行についていきたいなら……いいのかなって……」
「わーいっ! ありがとうございます優太さんっ!」
すると真白は椅子から立ち上がり正面に座っている僕の両手を取ってブルンブルン上下に振り始める。
「ちょ、真白落ち着いて、はい、落ち着け」
テーブルに置いた味噌汁が揺れて零れそうになったり手がサバに直撃しそうになったりと諸々怖いから。
「はわわっ、す、すみません……喜びのあまり、つい……」
ようやくテンションを平常通りに戻した真白は恥ずかしそうに顔を赤くしつつ小さな声でもごもごと話す。
「……と、とりあえずご飯にしようか」
「は、はい。せっかくのサバさんが冷めちゃいますもんね。あ、そういえば今日は米里さんとはどうだったんですか──?」
いただきますと言いご飯を食べ始めてからも、真白の機嫌は上向いたままで、僕の目の前には昨日とは対照的に常にニコニコと笑みを崩さない光景が広がり続けていた。
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