第13話 ついて行きたい真白さん
「え? 修学旅行ですか?」
夕飯のお刺身を幸せそうに食べながら、真白は今しがた僕が言ったことを反芻した。
「うん。だから十一月の末は、四日間家を空けることになる」
「ということは、その間ずっと私はここでひとりってことなんですか?」
炊き立てで熱々の白米を口に含みながら、僕はこくんと頷く。
「そんな……それはちょっと寂しいです」
好物の魚を食べているにも関わらず、真白は悲しそうに視線と箸を持つ手を下におろし、背中を丸める。……猫背だ。
正直、不安がまったくないと言えば嘘になる。出会って間もない真白を家に放置するのは。ひとり暮らしをするスキルに問題はないけど、いかんせん色々人間観察でずれた知識を一部得ている真白をひとりにするのは怖い。米里さんも言っていたけど、真白は「奇跡みたいに可愛い子」なんだ。どこぞの馬の骨とも知れない男に絡まれるかもしれないんだ。そうなったときが危なすぎる。
「でも、さすがに真白を修学旅行に連れて行くわけにはいかないし……」
猫になって学校について行くのとはわけが違う。そもそも札幌から本州に出るのに飛行機に乗らないといけない。飛行機に猫を持ち込むなんてこと、できるわけがない。人間は人間できちんと飛行機を押さえないといけない。
「修学旅行、どこに行かれるんですか?」
「東京、大阪、京都」
「いいなあ……。私札幌から出たことないんで、一度雪がないっていう内地の冬を見てみたいんですよ」
……猫として生きていてもきっちり言葉は訛るんですね。確かに、今言った本州の三か所は雪が滅多に積もらない。僕が東京に住んでいたときも、二・三回くらいしか雪が積もることはなかった。降ることはたまにあるけどね。
「うーん……」
箸に醤油がかかったマグロの刺身を掴みながら、考え込んでしまう真白。……素直に諦めるっていう選択肢はないんですね。
「あっ。移動のときだけ人間になって、飛行機に普通に乗っちゃえばいいんじゃないですか?」
その言葉を聞いて、僕は吹き出しそうになってしまう。
さも名案かのように真白は憂鬱そうな顔を吹き飛ばして、期待に満ち溢れた表情を作る。
「あとは好きに過ごして、ホテルだけ猫になって優太さんのかばんで夜を明かせばついていけますっ」
「……嘘でしょ?」
本気でやるつもり?
「……飛行機代でも往復二万はくだらないし、リスクを負うのは僕だけで、メリットもないんですけど……」
真白さんはハイリスクローリターンなことがお好きみたいですね。はい。もしかしたらギャンブラーが天職だったりするのかな?
「そっ、それは……その、なんでもするので、なんでもするのでお願いしますっ」
さすがに二万円が大きい額であることは真白も理解しているみたいで、箸を置いて両手を合わせて頭を下げている。
「あっ、よろしければお刺身ひとつあげましょうか?」
「別にお刺身は食べていいよ」
しかし、よほどついて行きたいみたいだ。魚に目がない真白が自分の分のお刺身を差し出すなんて。
それに、なんでもしますからって。健全な男子高校生が女子に言われてみたい言葉ランキング一位に入るよね。……別に、やましい感情は抜きにして。
「でも、真面目に飛行機代がなあ……。二万円も余裕はないし……」
「でっ、でしたら、私、バイトしますっ!」
再びの宣言に僕はむせそうになる。
「……はい?」
バイトって。……あなた天使ですよね?
「いや……そもそも真白は天使だし、何か証明を求められたら詰んじゃうし……。第一未成年だったら保護者の署名とか必要だろうし」
となると、戸籍上の僕の保護者は関係が冷え込んでいて、東京に住んでいる父親だ。
「優太さんっ。……私の見た目、二十歳でも通用しますか?」
真白はふんっと鼻を膨らませ自信ありげに僕に質問する。
「……ま、まあギリギリなんとかなるんじゃないかな」
どちらかというと可愛い系で、ちょっと童顔っぽいところもあるし、一部寂しいところがあるにはあるけど……、人懐っこい性格と高いコミュ力が合わさって、成人してますと言われても信じないことはない。
「二十歳ってことにすれば保護者のことは気にしなくてもよくなりますし、色々融通も効きそうです。二万円なら、二十時間くらい働けば稼げますっ」
北海道の最低賃金は900円いかないくらい。丸一日の時間働くことができれば、往復の飛行機代は賄える。
「い、言いたいことはわかったけど……そこまでして修学旅行について行きたい?」
「だって」
僕の問いに対して、真白は含みのない純粋な笑みでこう答えた。
「……ひとりで過ごすのは、寂しいんです……」
ちょくちょく、飼い主が家を離れると飼い猫が寂しがるって動画を目にする。今の真白の反応はそれに近いものだろうか。
「今日一日、ずーっとひとりで家にいたんですけど……テレビを見ても、エサを貰いに来た野良猫と遊んでも、本を読んでみても、なんか退屈で……。ひとりはつまらないんです。優太さんがいないと、面白くないんです」
……落ち着こうか。聞きようによっては五割方勘違いしそうになるけど、真白は天使であり猫だ。いじらしく箸で小皿に溜まっている醤油をつついているのもなんか可愛らしいけど、彼女は天使。
「こんな時間が四日間も続くなんて耐えられる自信がありませんっ。それなら自分で飛行機代は稼ぎますっ」
「う、うん。わかった、気持ちはわかった。で、でも働くって言ったってそんな簡単にはいかないだろうし」
それにこの容貌だ。十人とすれ違ったら十人は二度見しそうな可愛さをしている。それに透き通る銀髪。これだけ目立つ容姿をして、大丈夫なのだろうか。色々な意味で。
人柄やスキルについては問題ないと思う。面接だってきっとパスできるだろう。ただ、件のちょっとずれている知識が裏目に出て、変なことに巻き込まれなければいいけど。それに、真白くらい有能なバイト、短期とかそういう職種でなければやめさせてもらえないのではないだろうか。あと、そもそも本来は人間じゃないので、細かいこと調べられるとアウトっていうのも。
……考えれば考えるほど懸念材料が出てくる。なんてたって、特に理由もないのに男が入っているお風呂に突入する真白だよ? それは不安にもなるだろう。
あれ? ……でも、なんで僕は家族でもない真白のことをこんなに心配しているのだろうか。助けてもらった、もらっている身というのはあるけど……。
「と、とりあえずこの話は一旦預からせて。また明日話そう」
「はい……わかりました」
なかなか首を縦に振らない僕にしょんぼりとした真白は、落ち込んだ様子でちびちびと残りのお刺身を食べ進めていた。
普段が普段なので、そういう真白を見ると少し心が痛んだけど、ここは我慢だ。
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