エピローグTWO 縛絞終


 ボクと歩美だけが住んでいるこの家は、二人にしては広すぎる。その家のリビングで訪問客――『最悪な人間ホワイトデビル』は話を始めた。


「『奴隷』――と言ってたか、右助は。実はな、あれはどうやら有原小島に限った話じゃねーみたいなんだ」


「というと?」


「オレも確証はないが。飽くまで噂だ。『奴隷』が『裏』で暗躍しているらしいんだ。それをお前の耳に入れてやりたくてな」


 『奴隷』、『裏』ねえ。どちらもつい先日知ったばかりのことなのに、こいつは何でも知ってるよな。だけど、それよりも気になることがある。


「お前がこうも情報をひけらかしてくれるなんてな。どうしてだ? 情報ほど、高いものはねえってお前は言うだろ?」


「今回は特別だ。オレとお前の仲だからとでも思ってくれ。というか言ったろ、これは雑談だ。別に、お前にとっては金をもらえるほどの情報じゃないから、雑談として話しているんだ。

 話を戻すが、『奴隷』は重宝するんだ――『裏』の世界では特にな。厄介ごとは今までそれぞれのプロフェッショナルがやってきていたんだが、『奴隷』があれば、高い金を積ませずに相手の情報とかを盗みやすい。そう思っている連中が多い。たしかにプロフェッショナルの代わりに『奴隷』がすべての仕事を受け持つ――そんなことが実現してしまえば、すげえもんだ。囮を無数に作り出すことができる。情報も盗み放題。オレの情報つよつよだという強みが消えちまうんだよ」


「それで、一体ボクに何をどうしろというんだ?」


「いや、どうしろとまでは言わない。端的に言えば、もし『奴隷』を欲しがっている連中を見つけたら連絡してほしいってことだ」


「連絡って……。ホワイトデビル――お前よく携帯変えるくせに」


「そりゃあ危ない仕事をしていれば、携帯は早めに変えてかないと面倒なことになるからな。ったく、最近取り締まりが厳しいから抜け道捜すの面倒なんだよ」


「ボクはどうやってお前見たいな唐突に連絡先を変える人間に、連絡を伝えればいいか聞こうと思ってたんだけど? 一体どうするつもり?」


 因果から外れる人間はよく話が脱線する気がする。まあ、それはボクの周りに、そういう人間が多いからかもしれない。


「ん、ああ、そんな携帯なんてもん要らんよ。お前が痕跡を残してくれるだけでいい」


「痕跡?」


「このリビングになんか、物でも置いてくれればいい。お前の鉛筆が置いてあるのがサインなら、『奴隷』の情報を見つけたとき、知ったときに鉛筆を置いてくれればいい。まっ、そんなことしなくても、お前を見つけるのなんて簡単だろうから、あんま気にしなくていいけどな」


「分かったよ。じゃあ、『奴隷』のことを知ったら、リビングに鉛筆を置いておくよ」


「サンキューな。んで、次だ。

 お前が次、事件に巻き込まれたとしてもオレは変装もしないし事件をひっちゃめっちゃかにもしないし、当然助けることもない。それほど急な用事ができちまってな、キャハハ!」


「笑いごとか、それは? お前は今でも十分忙しはずなのに、それ以上忙しくなるってのは過労死するんじゃないか?」


「過労死で結構。危険な仕事を掛け持ちして、過労死で死んだら、最強だろ?」


 最強を目指す女性。そういうのも、悪くないか。彼女は、最悪という存在だけど。というか、そもそも。


「今頃なんだけどお前って、発言が女性的じゃないよな?

 男なんじゃないかって思うレベルで発言が男っぽいというか」


 これは最悪な人間なのだから、そもそも、この存在を男女で区別する必要はないのだし、現に最悪な人間は最悪な人間だからこそ男女の区別をされない。ホワイトデビルは女だけど手加減する相手はいない――なぜなら最悪な人間だから、男女とか関係せず、殺すべき対象なのだ、ホワイトデビルという存在は。

 それでもボクはようやくホワイトデビルといくらか話をして、改めてその男のような発言の数々を気になってしまった。


「理由は簡単だよ。いや、でもお前に言うなら何か対価が必要だな」


「対価か。それはなんだ?」


 ホワイトデビルの対価。それは恐ろしいものだ。ボクは知らないが、あるところによると相手の身体――淫らな意味ではなく、相手の身体をコレクションしたいがために、情報の交換とともに相手の指や、腕をもらっていくらしい。そんな最悪な人間は、一体、凡人のこのボクに何を交換しようと――、


「朝食を作ってくれ」


「朝食かよ! ……ま、いいけどさ」


 ボクは朝、いつも食べている食パンをオーブントースターに入れ、


「あ、オレ生のほうが好きだから、焼かないままくれ」


「そうかよ!」


 突っ込みながら食パンを取り出し、適当にさらの上にのせて提供した。


「サンキュー」といいながら、一気に食い終わるホワイトデビル。……有原兄弟かよ。


「じゃ、話すぜ。オレが女であるにもかかわらず、男みてーな発言をしている理由。

 簡単だよ。オレが男だった――それだけだ」


「――!?」


「簡単だろ? そうすりゃ男のまんまみたいな発言にも納得できるだろ。オレは男だったんだから。

 女になったのは、いわゆる性別転換手術ってやつをしたからだな。オレがやりたかったわけじゃなく、親がオレを女にしたいっつったから、なるがままに女にされた。親はオレが女になったから、男みたいなことはしないと思ってたらしいけどな。

 ま、それで結果はこれだ。言動男、容姿端麗頭脳明晰な可憐な美少女に大変身。これでオレも男じゃないから百合百合してる間に入っても誰にも文句言われないってことよ。いいことづくめだぜ。いいだろ?」


「聞いちゃ、悪かったな」


「等価交換だよ、この程度は、キャハハ!」


 笑う。確かに、よく見れば男……いや女にしか見えない。それも虚弱体質な女子にしか見えない容姿。まだ、魂が入れ替わってしまったから、このようになっているといわれた方が現実味あると思えてしまうほどに、彼女は歪だ。


「そういや、これは忠告なんだが」と、急に顔を真剣な表情にして言う。「高校を普通に過ごすつもりなのか、お前は?」


「そのつもりだ。中学のときのようにはならないよう、努力しているつもりだけど」


「努力だけじゃ『縛絞終ロックロックエンド』は抑えきれるとは思えないぜ? むしろ、抑えないで解放しろ。オレに向かって『縛絞終ロックロックエンド』のチカラを解放すれば、これ以上誰も死なないだろうよ」


「それは、できない」


 いくら最悪な人間だろうと。ホワイトデビルは恨むことはできない。呪うことはできない。妬むことはできない。ボクはホワイトデビルが最悪な人間だろうと、憎めない。


「できない、か。ま、憎めないなら仕方ない。だがな、『縛絞終ロックロックエンド』は抑え込むな。これは忠告だ。有原小島では幸い十人程度で済んだが、『縛絞終ロックロックエンド』ってのは弱まるものじゃないと思う。因果から外れかかっている存在が、因果に入ろうとすれば、亀裂が入り、その期間が長いほど、亀裂は大きくなり、いずれ壊れる。因果から外れる人間はだいたいそうだ。例外もあるが、あまり可能性を信じないほうがいい。だから『縛絞終ロックロックエンド』ってのは本来抑えるものじゃねえ。解放しろ」


「無理だ。『縛絞終ロックロックエンド』は勝手に解放するもんじゃない」


「確かに、『縛絞終ロックロックエンド』は対象に負の感情を抱かないと、発動不可能だし、負の感情と言っても、妬みやうらやましいとかって感情なら、例外が多い。だが、それでも解放するときはあるだろ? 相手を全員――この世界すべてを好きになれば、『縛絞終ロックロックエンド』は永遠発動不能になるだろうが、しかし人間、絶対無理だと思える相手――存在は今後出てくる。だから『縛絞終ロックロックエンド』は適度に解放しろ。そうすれば、人が死ぬところまではいかない。せいぜい相手が骨折するとか、精神を多少すり減らすくらいの効果しかもたないはずだ、『縛絞終ロックロックエンド』ってのは」


「それで人が死んだことが、あるとしてもか?」


「そりゃ、運が悪かったんだろ、相手が。それは気にするな。オレらは本来、そういう存在なんだ。本来この世界にいてはいけない異端。本来この世界に存在するはずもない異端なんだ。常識とはかけはなれ、非常識で、存在が否定される存在で、どうしようもなくどうにもなることのない存在――回帰、お前もそんくらいは分かってるだろ?」


「ああ。ただボクは後天性だけどね。ボクはもともとは普通の人間だったのに。どうしてこうなったんだろうな」


 本当に、どうしてこうなってしまったのだろう。いや、原因そのものは明確だ。それはもう、はっきりとしているじゃないか。歩美がおかしくなったとき、ボクもおかしくなってしまったんだ。それは明確だ。明瞭だ。章々足りえて、瞭然足りえて、歴々足りえて。あまりにも、簡単にわかるじゃないか。だから二人で『縛絞終ロックロックエンド』などという存在になってしまった。

 どうすればあの悲劇を抑えられたか? そんなの、連れ去られて自分の助けしか望んでいなかったあのときに、たった一人の少女――幼馴染――歩美を助けてようと意思表示をすればよかっただけなんだ。


「意外と、あるよな。そういうことって。

 本来はこのまま因果の中にいるべき存在が、往々にして外に出てしまうのは、経験則から言えば、よくあるよ。よくありすぎて、困るほどにな。

 それによって、当の本人は当然後悔する。後悔を韜晦させずに後悔するんだ。だけど、オレは後悔なんてすでに韜晦させないし、そもそもそんな後悔ないから、なんもいえんけどな、キャハハ!

 ……でもな、大事なのは、後悔をするかしないかじゃなくて、そのあとの行動なんだ。人間ってのはたいていダメな奴ばっかだけど、それでも上には上がいる。ダメなやつよりさらにダメなやつがいて、その終着点が最悪な人間のオレだ。オレよりダメな人間なんて、この世界にいねぇ。だからお前は、なんつえばいいのかなあ、お前はお前をそれ以上卑下するな。自分を無下にするな。縛られようとするな、絞られようとするな、終わりがないとか考えるな。そうすれば、お前は『縛絞終ロックロックエンド』から解放されると、思うよ」


「それは、涼にも言われたな。歩美との関係を断ち切って、解放されて、さっさと楽になれってね。まあ、ボクはそれ以外の考えで、歩美ちゃんを助けたいんだけどね」


 有原小島で本当に解放されようと思っていた。でも、歩美は――歩美ちゃんは生きているはずだ。まだ、存在しているはずなのだ。だから呼び覚まそう。歩美何かから解放されて、何物にも縛られずに、何物からにも絞られずに、何物からにも終わりが存在するように、思わせてあげよう。それがボクの願いだ。歩美の存在をもとに戻すのがボクの願いだ。それは『有原財団』などという、馬鹿な存在には不可能なお願いだ。だからボクは今日も歩美を助けようとする。


 足音がする。それは、急ぎ足でリビングに向かってくる音。

 人影が見える。ほら、歩美がそこに――、


「おはよう、ひーちゃん。それに、ホワイトちゃんも」


 そこに、歩美ちゃんになりかけの歩美がいるじゃないか。

 笑っている少女の表情を見て、ボクは心底安心した。

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