エピローグONE ホワイトデビル


 有原小島の『試験』に合格でき、最悪な話を聞き、『縛絞終ロックロックエンド』として有原を呪い、有原小島から脱出――そして一週間が経った。


 あのときの一日はやはり異様に長かったと、思う。

 涼が死んだ。いや実は生きていたが、しかし、脳のみの存在になってしまった。最悪だ。有原兄弟と面識を持ってしまった。最悪だ。また、『縛絞終ロックロックエンド』を解放してしまったボク。最悪だ。

 なにもが最悪。どうしても最悪。どうやっても最悪。どうあがいても最悪。――最悪から、外れることはない。どっからどう考えても、最悪だった。あの島に行くことは最悪だった。なぜなら、誘った相手が涼ではなく、最悪な人間なのだから。それはさぞかし最悪を巻き込む、などという考えは埒外だった。


 ボクはベットから起床した。今日は土曜日。夏休みはすでに終わっていたが、土曜講座も今日はないし、部活も入っていないボクは気楽だった。

 話は変わるが。ボクと歩美は、同棲生活だ。

 なぜ、高校生のボクにそんなことが起きているのかは、『縛絞終ロックロックエンド』という最悪な、因果を乱す性質を持ってしまったが故だと思ってくれれば間違いない。『縛絞終ロックロックエンド』で家族との関係はもう、実質ない。ボクも、歩美も。


 時計を見る。朝、8時。軽く朝食にでもするか。

 そう思い、ボクのいる部屋――二階から一階のリビングまで軽やかに移動していく。束縛がないと感じる一日をほど、最高のものはない。

 歩美はまだ寝ているだろう。ああ見えて、けっこうなロングスリーパーなのだ。もし歩美が起きていたら、一緒に朝ご飯を食べよう。


 一階には、人がいた。ただし、歩美ではない。

 『最悪な人間ホワイトデビル』だ。


 自然に椅子に座っていて、テーブルに肘をつき、手を顎に当てていた――いわゆる頬杖。こちらに気が付くと、頬杖を崩し、笑う。


「キャハハ! 暇だったから来てやったよ」


 口調とは裏腹に、透き通っている声。華奢な身体の女性。肌が、異様に白い。肌色なんて、どこにもないのではないかというほどの異様な肌白さ。髪も透き通るかのような白さ。瞳のみ、多少赤い。

 衣服は全て白。些細なアクセントもなく、それが逆に白一色だということをカモフラージュするかのように、白い。自然に白いと思うだけで、不自然な白さはない。空気はそこらじゅうにあるけど、見えない――それと同じ感覚が、『最悪な人間ホワイトデビル』の"外見の印象"。しかし、それでも――ホワイトでも悪魔デビルと呼ばれる彼女――『最悪な人間ホワイトデビル』は、最悪な人間だ。

 まあ、彼女は人を殺しすぎたからこそ、異常にその名が轟いているが、しかしそこまで逸脱した存在ではない、はずだ。

 ボクは『最悪な人間ホワイトデビル』に歩み寄る。今回、『最悪な人間ホワイトデビル』がここに来た理由は、多分情報交換だろう。


「今回は有原小島で起きた情報が欲しいのか?」


「いやあ、違うぜぇ?」


「じゃあ何しに――」


「情報の提供だけをしにきた」


 その声は、透き通るように、嘘偽りのない言葉のように感じた。


「『最悪な人間ホワイトデビル』が情報提供だけするって聞いたことないな」


「まっ、お得意様だからな回帰は。それに今回情報提供するのは有原全般に関してだ。嫌なら聞かなくていい」


「いや、聞くよ。『最悪な人間ホワイトデビル』の情報なら、ほしい」


 ましてや、有原の情報。インターネットを使おうが『裏』の部分を探せないし、『表』の部分さえ、すべては探しきれないのだ。だから、有原の情報は欲しかった。


「情報ってのは、今現在の『有原財団』の状況ってのと、あとは『試験』を受けたときのことを話すって感じな。お前、『縛絞終ロックロックエンド』のチカラ使ったから、途中から話聞いてないだろ?」


「まあ、な」


 やっぱりこいつの情報収集は恐ろしいものだ。恐ろしく目を見張るものがある。それにボクが『縛絞終ロックロックエンド』を無意識に使ったことすら察知している。まったく末恐ろしいやつだ。


「まずな。お前のチカラが原因だと思うが、有原右助"だけ"が死んだ。ただ、『表』の情報だけだと右助が行方不明ってことになってる。右助の親父が直々にそう言っている。死を隠蔽したいってことだろうが、『裏』の連中は薄々気づいている奴らもいる。ちなみに、右助がいなくなったことを知っている人間は『有原財団』でも上層部な奴らと、あとはオレ、んで今知らされたお前だけのはずだ」


「本当なのか? ボクは三人とも――右助も左助も両助も殺そうとしたのに。……ボクのチカラは弱まりつつあるのかな?」


「それは分からねえ。それに、有原右助が死んだかさえ、実のところは微妙だ。オレからしてみれば、多分三人とも生きている。まあ、あそこは影武者使い放題隠蔽し放題だから、『有原財団』の上層部でさえ確かな情報かと言われると、実は別なんだよな。もちろん、情報を特化させれば、絶対に情報は得られるけどな!」


 と、いいながら、無い胸を張る『最悪な人間ホワイトデビル』。


「どうする? 有原の情報がめちゃくちゃ欲しいか?」


「いや、いいよ。ボクはあいつらに復讐するよりも、涼を助ける道を知りたい」


「それなら、涼の現状を話したほうが良さそうだな。

 涼の脳は無事。さらには半身も無事ってことは知ってるか?」


「脳は大丈夫なのは知ってたけど、それ以外は初耳だな。半身はやっぱり『有原財団』が管理しているのか?」


「管理していると言えばそうだな。まっ、奪えと言えば簡単に奪えるぜ。ただ、脳のほうを奪うことはほぼ無理だ。あれは、盗めるどうとかじゃねえし、そもそも盗んだ時点で涼の脳は完全に機能を停止する。涼を助けるっていうのは、意味不明な液体から取り出すってことと変わんないからな。間違いなく死ぬだろうな。涼を殺したくはないだろ?」


「まあ、殺したくはない。だけど、脳のみの涼はきっと死にたがっていると思う。あいつは飼いならされるのが嫌いなんだよ。傲慢なんだ」


「いや、多分それはないぜ? すでに涼の脳には思考操作が施されているって話だ。

 だから死にたいとかっていうネガティブな感情は、何らかの方法で排除されているはずだ。『有原財団』ってのはなんでもやってのけてしまう異常集団だ。理論的に作ることが可能な物なら、作ることが可能な集団だ。あそこ以上に驚異的なものは、ほとんど存在しない」


「例外は目の前にいるけどな、そうだろ、ホワイトデビル?」


「そう思ってくれるのはうれしいぜ。オレは異常だ。異常な女性、異常な人間、異常な存在、異常な異常。異常の塊、固まって絡まって、だからこそ終わっている――終わっている人間。永遠とそう思ってくれればいいぜ?」


「そうしとくよ。お前は終わっている人間だ」


「まあ、お前も終わっている人間だろうけどな。キャハハ!」


「違いない」


 ボクとホワイトデビルは対等関係――似たもの同士で、終わっている人間同士。そして気の合った人間同士。まったく、最悪だ。だからボクにも『縛絞終ロックロックエンド』などという、因果を乱す存在になり替わっているんだけど。そんなの気にしない。


「ホワイトデビル、それで、続きは?」


「続きぃ? ああ、涼の話か?」


「いや、涼はもう、仕方ない。縁が合えば、助けられるような気はするけど、今は後回しだ。救出するのは遅くても問題ない」


「中々言っていることヤバいぜ、お前。脳だけの人間を救出するたぁ、相当ぶっ飛んでんなぁ。できるのか、回帰ぃ?」


「『縛絞終ロックロックエンド』に頼れば、なんとかなるかもしれない。でもそれはもう、禁止しているから、なんとか別の方法で助けたい」


「別の方法、ねえ。まっ、ゆっくりゆったりまったり探せばいいさ。オレはまた、時が来れば協力するさ」


「協力か。最悪な人間が協力するっていうのは、ありがたいし迷惑だな」


「そうさ。だから、どちらに転ぼうとしても、怒るなよ?」


「そうしてもらうよ」


「んじゃ、涼の話は一旦終わりでいいよな?」


 と、ボクに尋ねるホワイトデビル。当然、一旦は終わらしておこう。涼を助けるのはボクだけではさすがに無理だ。おまけに、助けだしても『有原財団』のチカラが無くては涼は生きていないのだというから。ボクだけが涼の救出を行ってもなんにもならない。

 だから、ホワイトデビルの発言に頷いた。


「んじゃ次は、『試験』のネタバレか。お前、『縛絞終ロックロックエンド』としてあいつら呪う前、どこまで話を聞いてたんだ?」


「遺体がなんとかってところ、かな。正直、意識があまりないよ」


「そうか。んじゃ、かいつまんで話すか。多分、涼がなんであんな遺体になってしまったのか――あたりを話したあとだよな、お前の記憶が曖昧としているのって?」


 ? 疑問。なぜ、あの場にもいなかったホワイトデビルがそこまで状況を知っているのか?

 ああ、そうか。


「ホワイトデビル、お前『城』にずっと潜んでたのか?」


「ああ、そうだぜ。といってもそんなの考えれば分かることだと思うけどな」


「いや、解んないよ。ボクはホワイトデビルの存在をボウリング場で涼に言われるまで、ほとんど意識してなかったんだよ?」


「そうかそうか。つまり豪華客船に乗っているとき、話しかけてきたのも涼だと思ってるっつうことだな?」


「あれはお前だったのか?」


「そうだぜ。つっても別に、物語にはあまり関係性のないことだけどな、キャハハ!」


「笑わなくていい。というかお前、どこまで涼のままでいたんだ? お得意の変装ができたとしても、その人になるための変装材料がないといけないから、変装していた時間は少なかっただろ?」


「まあな。オレは豪華客船まで涼として行動しただけだ。そのあとは『城』の中に潜んでたよ。んでまあ、いろいろ情報収集してた感じだな。あとは、あいつらとは情報の交換相手だからな、オレの存在は黙っててくれたんだよ」


「ってことは、やっぱ面識あるのか、右助たちと」


「ああ。というか、お前らを困惑させてた――事件の始まる前に『試験』を合格したのはオレだしな。まさかお前らの『試験』でそんな話をするとは思ってなかったけどな」


 そうなのか。やっぱり、『試験』の指向性が定まらず、『試験』を『合格』できていたのは、ホワイトデビルだったのか。まあ、ボクたち四人全員が知っていて、かつ、『試験』を簡単に突破できる奴はホワイトデビルくらいだよな。どうしてあの島では思い出せなかったか不思議なくらいだ。


「話を戻そうか。涼とセバスチャンの遺体を残したとこだな。

 若干時間遡るが、『城』から左助はセバスチャンの格好になりきっていた。義手を装着して、狐面を被り、両袖のある黒スーツを着て、セバスチャンの首を絞め、そして射殺したんだ。このときも、『有原財団』特注のアサルトライフルだったらしい。そのまま、一目散に『城』に戻った。

 んで、美華――『天才プログラマー』って言ったほうがいいか?」


「美華でいいよ」


「そうか。美華は、『城』に戻り、二人をあの広い『城』から見つけ出して有原小島全体に声が響く装置――学校の放送室にある人呼び出す機械のやつな、それ系のもの使って、お前らを呼び出した。

 んで、お前らが来て、地下室の場所まで行った。あとは、特にはないかなあ。お前の知っている通りの展開」


「そうか。……美華は『試験』のとき、有原側ではなかったよな?」


「ん? ああ、お前そこ心配してたのか。確かに今回の事件、単独で美華が事件を起こしたことは絶対ないが、複数犯だと考えれば美華が犯人の一人だという可能性もあった。お前はそこを危惧してんだな。安心しろ。別にそんなこたあねーよ。オレが保証してやる。最悪な人間の保証付きだ」


「それは、なんとも信じられない保証で、最高の保証だね」


「ああ、最高最悪の保証だと思ってくれていいよ」


 彼女の――ホワイトデビルの身体は華奢なのに、その時ばかりは華奢には見えなかった。

 白色の髪は、女性にとっても見張るものがあるほどきれいで、当然男のボクはその髪を見るだけで見とれかけてしまう。透き通るかのような白い肌も、素敵だ。外見だけ見れば、最高の品質を保っている少女。

 それでも、それ以外は悪魔だ。デビルだ。

 最悪に最悪を重ね、重ねて重ねても彼女の最悪はボクの想像をはるかに絶するものだ。それはつまり、ボクは彼女にかないっこないということだ。いくら異常な力を有していても、敵わない相手がいることくらいボクは知っている。その相手がホワイトデビル。最悪な人間には、かないっこない。


「回帰、オレは腹が減ったよ。オレの分も朝食作ってくれ」


「最悪な人間に作る朝食があるとでも?」


「そりゃあそうだ。我慢するさ。

 ――歩美が起きてくるまで、少し話をしてもいいか?」


 珍しい。ホワイトデビルが情報ではなく、単なる雑談をしようだなんて。本当に、珍しい。そして、絶対に断れない。それは、白き悪魔だとしても、その白さは儚くて、脆くて、今にも崩れ去ってしまう、そしてそれを守りたいと思わさせてしまう力を、『最悪な人間ホワイトデビル』が持っているからだ。


「いいよ、話くらい聞くよ。ったく、本当に白き悪魔だよ、お前は」


「白き悪魔で結構。さっ、オレの話に耳を傾けてくれ」


 こうして、『最悪な人間ホワイトデビル』の話が始まる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る