二十四話 戯言


 何を言っているのか、解らなかった。

 この脳が、有原両助だということは百歩譲って分かるとしよう。しかし、理解しようとしても、拒まれる。その拒みとは、有原両助が本当に実在していたということ。ボクはてっきり、有原両助はいないと思っていた。どこかにいたとしても、有原小島にはいないと思っていた。

 しかし、そんなことはなかった。彼らが言うには、これが――この脳のみの存在が有原両助なのだといった。


「おいおい、右助にぃ。どうやら『縛絞終ロックロックエンド』は、少しばかり驚いているみたいだぜ?」


「そのようですね。数々の殺人事件を解決し、異常な事態に何度も陥ったと言われる『縛絞終ロックロックエンド』さんと言えど、このようなことは初めてのことらしい。それなら両助にいさんを紹介して正解だったよ。驚いたようで何よりです」


 ボクはまだ事態が飲み込めない。どうしてこのような場所に両助がいるのだろうか?

 そもそも、両助という存在は『試験』において、何も意味をなさなかった。確かに、彼のことは、度々頭にちらつきはしていたが、それでも左助のヒントやその他の事柄から、そもそも両助は有原小島にはいないものだと思っていた。いるとは言っていたが、それは、死んだとしても、魂がここにあるとか、そういう屁理屈的な意味なのだと思っていた。思っていたからこそ、この現状――目の前の両助を見て、驚愕している。


「確かに、今回の『試験』において、両助兄さんがいるということは、分かりにくかったですよね。そして、両助兄さんを頼ったのは一度限り――それも些細なことです。

 だから、そんなシーン見逃していても仕方ないですよね。何せ、一度限りしか、あなた方にわかる場面がありませんでしたから」


「一度限り? いや、その前に、待ってくれ」それよりも、それよりも、「どうしてボクの考えが読めた?」ボクは一度も、『本当に両助が存在しているか』という質問もしていない。なぜ……ボクの心が読めているんだ?


「簡単なことですよ」右助は言う。「両助兄さんが、特別なシックスセンスを持っていて、それがこの部屋全体なら、そのシックスセンスで様々なものが感じ取れるのです。あなたの仕草、行動、体温、さらには脳を読み取って、両助兄さんは"あなたの考えを大方理解した"。そしてそれを僕に伝達させた――そういうわけです」


「どういう……わけだよ」


 無茶苦茶だ。あまりにも、常軌を逸脱しすぎている。相手の考えを予測したのではない――読んでいるのだという。そんな異常なことは、人間では到底為しえない技だ。人間の為せる技ではない。

 右助の言っていることはあまりにも、異常だ。右助の言っていることが正しいのなら、ボクの考えを読み取ったのは脳のみしか存在のない有原両助で、その読み取った情報を両助が右助に伝達した、ということになる。それはあまりにも、世界から異なっている。因果から外れるほどの存在――『ハイスクールの天才』や、『天才プログラマー』、『縛絞終ロックロックエンド』が因果と外れかかっている存在のように、両助も、右助も、左助も因果から外れかかっている。否、すでに因果から外れた存在なのだと言ってもいいだろう。それほどまでの、因果からの逸脱だ。


「両助兄さんは『忌み名』を持っています。一度くらい聞いたことあるんじゃないですか? 両助兄さんの『忌み名』は『死魂ソウルデッド』――この『忌み名』くらいは……」


「……わからない」


「そうですか。まあ、それでもいいです。この場において大事なのは、今回の『試験』のネタバレと『試験』のタイトル――ネタミライセンスの意味です」


 ――ネタミライセンス。……正直、複数の解釈があるから、意味などそれこそ複数あると思っているのだが、違うのだろうか?


「まず初めにですね、今回の『試験』――初めてのトリックでもあり、かつ、外部の人間では絶対に解けないトリックだったでしょうから、解説をしていきたい」


 つらつらと右助は言うが、ボクは異議を唱えたい。


「右助さん。その前に確認を取りたいんですけど、『試験』って毎回変わっているんですか?」


「『試験』は変わらないよ――事件は変わったとしても、『試験』そのものは変わらないよ」



 ……そこだ。『試験』イコール『事件』ではないのが、不思議なのだ。


「右助さん。ボクは今回、左助さんが――あなた方が嘘をついていないということをもとに、『試験』を『事件』と捉えていたんですが、『試験』とは、本来どのような意味だったんでしょうか?」


 『試験』とは、正確には事件ではない。嘘をついていない左助はそう言っていた。

 少なくとも、今回の場合は、二人で一つの継ぎ接ぎ死体の殺人事件から、憶測でもいいから(ある程度の根拠は必要だけど)その事件を解決することが、『試験』を『合格』するためのものだったといってもいい。

 だから他にも、『試験』を『合格』する方法はいくらかでもあったと思うのだ。


「そうか。まず、そこから説明しないといけないのか」と言いだし、再び右助は口を開く。「『試験』っていうのはね、『縛絞終ロックロックエンド』さん。『試験』を受けている人の才能をしっかりと感じ取れていたら、『試験』は終了するんですよ」


 ――何を言って――


「『試験』に指向性を持たすと、それは必然と『事件』となるんだけど、それまでなら、『試験』は才能を見せてくれればいいだけになるんだ。ああ、もちろんただ才能を見せびらかすだけでは駄目だよ。僕たちを、びっくりさせるほどのことをしないと『試験』としては『合格』にならない。じゃないと、僕たちも割に合わない。僕たちは刺激が欲しいんだ。だからこそ、才能を集めたがっているのが現状なんだけどね。天才たちって、ほら、異端な人が多いじゃないですか。だから、天才をいっぱい集めて『事件』――『殺人事件』なんて起こせば、もうそれは何よりも、何事よりも、僕たちが想像していたよりも、面白い展開になりそうだなって、僕たち兄弟はそう思ったんだよ。だから僕たちは混沌をこの――」


 と、意気揚々に話していた右助は、急に無表情となり、口を閉じた。そして再び口を開く。


「ちょっとすまなかったね、今のは。両助にいさんに注意されてしまったよ。何せ、『縛絞終ロックロックエンド』さんが来てくれたってことに僕は興奮してしまってね。だから、許してほしい」


 許してほしい――そう思うなら、


「許してほしいと思うなら、涼を返してくれ」


「それはいくら僕たちでもできない。それは今回の事件を解いた『縛絞終ロックロックエンド』さんなら、理解しているだろう?」


 理論的になら、考えられそうなことが起こる――それが有原小島。だからこそ、理論でさえ語れないことを叶えてほしいなどと――ましてや死者を復活させることなど誰であろうと、有原の人間だろうと、できない。それでも、この状況なら、そう言うのが――涼を返せというのが、当たり前の行為ではないか――そう思ってしまう。

 涼が死んだこと、それに驚きはなくても、悲しいものだ。寂しいものだ。

 親しい人間が死ぬのは、ボクの年齢では中々ない。だからこそ、一層に悲しい。多分、思っている以上に悲しい。


「おいおい、何も言ってこないぜ右助にぃ。『縛絞終ロックロックエンド』って不思議な奴だな」


「いやそうとは限らないよ、左助。意外と普通のことかもしれない。僕たちは普通のことは――一般人の普通の感性はもっていないんだ。もしかしたら、これは不思議でもなく普通の情態かもしれない。

 それはそうとして『縛絞終ロックロックエンド』さん。『縛絞終ロックロックエンド』の主のもとにいなくてもいいんですか?」


 ボクの主が歩美何かなのだと、アイツらはきっとそう思ってる。


「関係ないでしょう、あなた方には。それに皆勘違いしていますけど、ボクと歩美はそんな関係じゃないですよ」


「では、どういう関係なんですか?」


「……少なくとも、主とかって関係ではないことは確かです。関係性はボクにだって明確にすることはできないと思っています」


「つまり言葉では表せない関係――といいたいのですか。中々深い関係だと思わせてくるようだけど、僕にはやっぱり主とその従者だとしか思えないよ。最も、支配コントロールしているという面で考えれば、『縛絞終ロックロックエンド』というのは、あなたが主となるけど、それ以外の面で見るなら、まるで従者のように能登歩美さんという人物に従う。

 兎に角、まぎれもなく、主と従者の関係だよ、君たちは」


「では、そう思っていただいて結構です。ですが、ボクと歩美の関係は絶対にそんな関係じゃないのは確かです」


「そうか。……っと、余計な話が長引いてしまったね」と右助は言う。「では、改めて『試験』のシナリオを話そう」


 こうして、右助は真相を語り始める。

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