二十一話 推測論


 『休憩の間』――それも、和の状態の『休憩の間』。

 ボクはそこで、座布団に座って、くつろいでいる。隣に、同じく座布団に座っている歩美、そして目の間には木材に見えるテーブル。もっとも、これは錯覚云々の話らしいので、本来は違う形をしているのかもしれないが。


 その和の場所は、初めて有原左助と出会った場所。

 そして初めて『試練』のことを聞いた場所。

 今はもう亡き、有原佐助。その遺体はセバスチャンによって、どっかに行ってしまった。セバスチャンのあとをついていけば、きっとどこに遺体があるのか分かったのだろうけど、それはあまりにも無粋。

 だけど、左助のことは忘れない。『試験』の材料として――利用する。涼が、左助は絶対に嘘をついていないといっていたことを、利用しよう。



 今回の事件の整理をしよう。


 

 まず犯行時間。ボクは腕時計を持っていたので、ある程度の時間は分かる。大体ボクが『城』に合流するまでの時間。このときに、人殺しがあった。一時間にも満たない程度だろう。

 その間に、裏切り者は左助の首を絞めて、殺した。左助と涼を撃った銃弾を撃ち、そして回収した(一つは拾い損ねた物があるが)。二人の身体を解体した。半身と半身を縫い合わせた。左助の顔を削った。そして残りの身体のパーツはどこかに捨てた。いや、捨てたというよりも埋めたのだろう。島の外――海に捨てるにはあまりにも距離のある場所だ。だから人一人分を埋める穴を作って、埋めたのだろう。

 一時間でこれほどのことができるとは、思えない。五人いて、ようやっと今の行為が一時間でできるくらい。だから、別の方法を使って、埋めたということになる。だから、その埋めた方法はとりあえず後回し。


 次に。

 ボクは目の前にある木材テーブルに、あるものを置く。

 それは――銃弾。あまりにも、簡単に見つかった証拠。これを右助に見せれば裏切り者が分かるかもしれないが、右助が犯人だという万が一のことを考えて、銃弾のことを報告するのはやめた。

 ボクは訊く。


「なあ、歩美。この銃弾、どこかおかしなとこ、あるか?」


「あるよ、ひーちゃん。私は銃弾を見ること滅多にないから、それがおかしいかどうかは微妙だけど、銃弾がおかしな潰れ方をしている、よね」


「だよな」


 やはり、ボクの錯覚ではない。銃弾は潰れている。しかもおかしなように、潰れている。


「普通に人が乗っかるだけで、銃弾が潰れるとは思えないけど、弾丸として撃てば潰れることもよくある。だけどこの潰れ方は異常だ」


 銃弾が潰れるのなら、先端から圧し潰されるように潰れているのが当たり前だ。でもこれは、この銃弾は――当たり前の潰れ方をしていない。


「有原小島だから――この島の異常な物々を考えれば、この島で作られたものの銃弾の可能性も考えられる。この島は今のところまだ、何とか説明できることしか起きていない、よな」


 そう、ギリギリ、理論的には語れるだろう。


 遺体回収時の、拾った銃弾の、あり得ない潰れ方。

 背景が一斉に変わり、材質さえも変わったと錯覚させる部屋。

 物理的な威力あるもの――爆破のことで言えば、落ちてくる何トンもの瓦礫を吸収できる素材のもの。

 そして、痛みと皮膚をすぐに治す異常な塗り薬。――否、皮膚をなるべく早く治し、さらに一時的に暗示状態にさせる塗り薬。


 最後のだけは――塗り薬の異常さには、本当に悩まされた。すべての怪我が治せる薬だけは理論的にも説明できなかった。理論だけでなら、語れそうなこの島の数々の中で、一つだけの異常中の異常――完全に傷が癒え、痛みもなくなるなどという、理論的にも考えられない薬によって、ボクは有原小島という存在が、理論では語れない島になっていると勘違いをした。

 だけど、薬を塗ってもらったあのときの状況を考えれば――意識すれば、あのときのボクは異常だった。あり得ないことだらけで、異常すぎる島を、それ以上に異常な島と認定していた。

 この島が異常中の異常だという考えが崩れたのは、遺体を回収するときだ。あのとき、遺体を持った時、痛かった――左肩が痛かった。

 すでに完全に、完璧に治っていたと思っていた左肩が痛かったのだ。それはつまり、ボクはあのとき――コンピュータルームのあるビルが破壊されたあとに、塗ってもらった右助の薬で肩が完全に治っていたと勘違いしていたのだ。あの塗り薬でボクは、『完全に肩の傷が治り、痛みがなくなった』という勘違いをしたのだ。だからあの薬は――全然万能ではない。

 そして、遺体を回収するときにい痛みを感じた――それも、思った以上にキツイ痛さで感じた。そのときに、あのときの――爆破したあとの状況を振り返ったボクは、あのときのボクが、なんだかボクらしくないと思ったのだ。

 そうだ。ボクがビビるなんてあんまりない。いくら涼が無残な死に方で死んだって、どんな惨劇を見たとしても驚くことなんて、あったとしてもほんの僅かなのだ。ボクは死体を何百体も見ているから。死体を見るだけなら、簡単に驚かない。なのに、あまりにも異常な死体だったから驚いた――と、ボクは勘違いしていた。


 ともかく。

 これらのことから察するに――『試験』はまだ続いている。

 彼らの『遊び』はまだ続いている。

 ボクらに『遊び』を中断したのは、彼らが今、『遊び』をしているから――遊んでいるのだ、右助たちは。

 だから左助が死んだのはミスリードだ。あのぐちゃぐちゃでわからなくなった黒髪の頭は左助なんかではなく『奴隷』。まだ、左助は生きている。そしてあの犯行――二人の死体。

 誰が『奴隷』と涼を殺したのか。そんなのは簡単だ。右助と左助、そしてセバスチャ――……。

 …………。おかしい。

 何かが――おかしい。

 あの三人の犯行と捉えるべきが、ボクの考えなのに、ノイズが走る。左助はどこにいる? 『城』のどこかに隠れている?

 いやでも、それは、あいつらの、『遊び』を愉悦で楽しむあいつらには、窮屈で、退屈で、あまりに不向きだ。なら、監視してボクたちの状況を楽しんでいる? 否、左助は思った以上にスリリングな人間。その理由は、ボクを何度も皆の前で殺しかけるほどの終わった人間だから。左助はボクらをどこで見ているんだ?

 ――――。

 ああ、そうか。もしかすると、


「目の前で見ていたのかもしれない」


 ボクは訊く。


「歩美、訊きたいことがある。歩美は左助を観察したよな? じっくりと」


「うん、したよ」


 歩美がじっくりと観察したということは――歩美が人をじっくり観察したということは、ボクが命令しない限り、完璧に有原左助という人間を覚えている。『だから歩美は彼が――左助が誰かにすり替わったとしても、それは左助なのだから、歩美は左助が誰に入れ替わったかを教えることは、誰かが質問するまでは絶対に教えることはない』。彼女にとって、それは左助だというのが当たり前の認識なのだから、他人に「入れ替わっているこの人が左助だよ」などと、教えることはできない。

 だからボクはこう訊くのだ。


さっき・・・ボクが話していた狐面を被った人間――あれは左助か?」


「そうだよー」


 よし……。これで大方、謎は解けた。

 不安があるなら、やはり『試験』が本格的に開始する前に――死人が出る前に『試験』を解いた人間がいた、ということだけが気になった。だけど、それはイレギュラーなのだ。だから、それは今回の『試験』において、忘れていい。忘れて忘却状態でなんとかなりそうだから、その部分は謎のままでいいじゃないか――と、内心そう思っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る