十七話 継ぎ接ぎシタイ


 ボクは『城』のまでの道のりを覚えていなかった。それは、大幅な時間のロスにつながった。

 そして、多少は右往左往しながらも、なんとか『城』の前にたどり着く。

 そこにいたのは、左腕のない右助、狐面を被った喋ることのない執事――セバスチャン、『天才プログラマー』――美華、そして歩美。


 ボクは歩美がいたことに心底安心したし、心底絶望した。

 やはり、この程度ではボクと歩美ではない何かの最悪物語は終わらない。

 そしてあと二人いない。左助と涼だ。


「凡愚、相変わらず遅いですわね」


「わざと遅れようとしているわけじゃないよ。ボクは道を覚えるのが苦手なんだ――方向音痴なんだ。だから、仕方ない」


 と、言ってみるが、美華にいつもの調子が感じられない。おかしいな、いつもなら、美華からの突っ込みをもらうはずなのに。


「何があったんだ?」


 思わずボクはそう聞く。


「どうやら、イレギュラーが発生しているらしいですわ。詳しくはそれを知っている本人から――右助様から聞いたほうがいいですわ」


「はい。では、まだ状況の知らない回帰人折さんに状況を説明しましょう。

 本来、娯楽会場ではあるイベントを用意していました。しかし、あのような事態――娯楽会場にて、誰かが銃を発砲しました。

 したがって、今は一時停戦といいますか、協力しあう立場になりましょう――というわけです。

 すでに、高原美華さん、能登歩美さんから、許可は得ています。ですから、あとは貴方と、紅涼さんの同意で協力するということになっています。いかがですか回帰さん。協力する気はありますか?」


 歩美が協力に同意している時点で、完全にボクの意見は――回答は固定されている。縛られている。絞られている。終わりにされた選択肢。


「そりゃあ、協力しますよ、右助さん。何せ、そんな事態になったのなら、協力するしかありませんよ」ボクは若干誇張したように話した。そしてさらに言葉を紡ぎ、「しかし、協力といっても何をするんですか?」と、訊いた。


「簡単ですよ。裏切り者の排除です」


「裏切り者?」


「ええ。貴方たちの中から、もしくは『有原』側に裏切り者がいるから現在、このような事態に陥っているのです。だから、この中の誰かが裏切り者だという可能性がある」


「ボクらは多分裏切ってはないですよ。というか、貴方たちが自作自演しているんじゃないんですか?」


 不躾な質問だが、これは効果的だろう。散々振り回されたのはボクたちのほうだ。ボクたちの中に裏切り者はいないだろう。あの混乱の中――銃を乱射されている中、ボク以外の三人もたじろいでただろう。それを考えれば、ボクらの中に裏切り者はいない。だから、相手側の――有原右助たちの自作自演と、推測してしまう。


「結論から言えば、わかりません。ですが先ほど、コンピュータビル前で人を殺したことで、この島にはあなた方四人――紅涼さん、高原美華さん、能登歩美さん、回帰人折さん。僕たち四人――セバスチャン、有原左助、僕、そして有原両助にいさんしかいません。ですから、この八人の中の誰かが裏切り者、もしくはあの爆破のなかでも生き残ったしぶとい奴隷が場を引っ掻き回しているか、ということになります。つまり、僕がやっている可能性は8分の1以下、ということになる。だから、やっていない確率のほうが高い」


「それは詭弁ですわ」ボクと右助の会話に美華は割り込む。「人一人に平等に犯行の確率を振り分けるのは、あまりにもおかしいと、ご自身で思わないのですか?」


「愚問ですよ『天才プログラマー』。怪しいだけで確率を上げられては困る。せめて、状況証拠があって確率は変動させないと。そうでないと、偏見で誰かが犯人だという確率が上がるではないですか。

 でもまあ、裏切り者が見つかれば、そいつが裏切り者というわけです。共に探しましょう――『試験』を引っ掻き回す裏切り者を」


「そうですわね。それで? 何か策はあるのですの?」


「紅涼さんがまだ来ていませんが、それでもいいなら、策というか、ある場所に案内します。そこで、裏切り者を見つけられる算段は一応あると考えています」


 美華の目線はボクの方を向いた。おそらく、このまま右助の通りに行動して問題ないかを聞きたいのだろう。ボクは首を縦に振る。


「そうですわね。是非、案内してくださいまし」





 *****





 『城』――やはり、あまりにも広い。豪奢なシャンデリア、レッドカーペット、高価な壺、絵画、そして部屋全体があまりにも輝きすぎている。

 ボクら三人はセバスチャンと右助のあとをついている感じだ。


「実はですね」と右助は言う。「貴方たちには本来、内密にする予定でしたが、『城』には地下があるんです。そこに、今から案内します」


 配られた『城』の地図に地下はなかった。ということは、本当にその地下という場所は内密のまま、知らされることのないまま、『試験』が終わる――それが右助たち側の予定だったのだろう。

 

 歩いて歩いて、そして『休憩の間』につく。そこは、ボクと歩美が案内された『休憩の間』とは別の『休憩の間』。

 そして壁伝いに移動し、右助は「これですね」と言いながら、壁に触る――否、スイッチを押した。


「――!?」


 部屋全体が、変わっていき、さらには移動しているようにも感じる。

 違和感。異常。埒外。想像の範疇を軽く超越する。

 部屋にいるという感覚が無い。まるで宇宙にでもいるかのような感覚。なぜなら――浮いているから。重力を感じないから。

 この島の科学力というのはあまりにも常識を逸脱している。改めて、そう感じながら、部屋は固定化された。


 そして、この部屋が、地下になったということに気づくのに時間は多少かかったが、なんとか理解はできた。

 デスクトップ画面がいくつもある。四方八方に囲まれている。そしてデジタル化されたキーボードが存在する部屋。中央に螺旋階段。先ほどまでとは打って変わって違う。


「今この場所は地下です。ここでは、様々な監視を行うことができます。

 『天才プログラマー』――ここの操作の仕方をあらかたですが、教えます。それに基づいて手伝ってください」


「――わかりましたわ」


 そして、右助から様々な説明を受けていた。

 説明を一通り聞いた美華は、キーボードを使い、何かをしていた。デスクトップ画面を見ると、そこには有原小島の場所が映し出されていた。

 なるほど。これを使って涼を探す――あるいは裏切り者を探すんだな、美華は。


 だからその間、ボクは暇だった。近くに歩美がいるから、特に何も問題ない。ならばと思い、


「セバスチャン……さん」と声をかける。「左助さんは今どうしているんですか?」


 喋れないセバスチャンがどのようにしてコミュニケーションをとろうとしているのかの興味と、左助が今どこにいるのか知りたかったから、セバスチャンに話を振った。

 セバスチャンはスマホを取り出し、何かを打ち込み、ボクに見せた。

 ――なるほど。スマホ上に伝えたい内容を書く、というスタンスらしい。そしてスマホの画面にはこう書かれていた。


 左助様は現在、行方不明です。

 右助様はそれが心配で貴方様たちと協力している状態なのです。


 と、そう書かれていた。


「なるほど。わかりました。ありがとうございます」


 軽く会釈した。

 やはり、本当にイレギュラーのようだ、この状況は。でもそうでなければ、こんな展開にはならない。

 だから納得した。今の現状に。今、右助たちと協力関係の状態になっているのは、ボクたちは紅涼を探すため、右助たちは左助を探すため。


 それを知って、安心した。これはあちら側――右助たちにとっても本当に不測の事態だと思った。

 ふと、安心したからか、

 美華の方を見た。

 美華はある一つのデスクトップ画面を見て、驚愕していた。

 ボクもその画面を見た。


 それは有原小島を拡大し、さらに拡大し、人が見れる程度の拡大サイズ。

 そしてその画面には人がいた。うつ伏せになっている。顔が見えない。血が溢れている。

 半身と、別の半身がくっついている――縫い合わさっている。継ぎ接ぎされた痕――二人の身体を一つの死体に改造した痕。きっと残りの半身はどこかに隠したのだろう。きっと残りの半身もどこかに隠したのだろう。

 頭は一つだけ。半分と半分の頭になっているのではなく、どちらか・・・・の頭であることは画面から判然としている。きっと残りの頭はどこかに隠したのだろう。

 ――二人は終わっていた。魂の停止――肉体の停止――生の停止――完全停止。

 二人が誰かは衣服とこの場にいない人だと考えれば、その二人は誰なのか判断できる。


 二人は――紅涼と有原左助は――完全に完膚なきまでに死んでいるとしか判断できないほどの――死体オブジェと化していた。

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