十八話 異常無表情


 ボクは人が死んで久しぶりに、普通の人らしく動揺した。

 なんてったって尋常な死に方じゃない。まだナイフで滅多打ちに刺されているほうが生易しい。


 二人の体を半分にして、半身はどこかにやり、もう半身は他人の半身と縫い合わせたのだ。さらに頭は一つ。

 つまり、人を殺し、半分に切り、首を切り、二つの人間を一つの人間のように組み立て、残りの一人分の頭をどこかにやったということになる。

 尋常じゃない。逸脱している。有原小島に合う逸脱の仕方――異常な死に方、今までに見たことのない死に方を、ボクは見た。


 だけど。今、それは問題じゃない。問題は、それを見た歩美・・が、紅涼が死んだと歩美が分かってしまえば――認識してしまえば、歩美がどうなるかわからないことだ。

 歩美が……狂いかねない。最悪の場合、無表情のまま、本能に従って行動するだろう。


 冷や汗が、垂れる。

 ボクはおびえているのだろうか――歩美が暴走することを。歩美が人間でないところを見るのを恐怖しているのだろうか。

 落ち着け……まだ歩美が暴走しているわけではない。落ち着け、ボク。

 歩美の方をゆっくりと見るんだ。落ち着けきっと大丈――



 歩美の表情は無表情だった。

 視線はちょうど、涼と左助の合わさった死体を見ていた。

 無表情は、歩美何かの極致だ。ボクの命令をほとんど聞かない状態。獣のように、本能のままに、しかし感情を全く表すのことのない、最悪な情態。


 一瞬で、歩美は駆け始める。対象は――有原右助。


「歩美ちゃんやめろ!!」


 ボクは声を張り上げるが、無理だ。制止しない――停止しない――縛られていない――終わらない。

 右助は歩美を対処するためか、どこに隠し持っていたのか分からない拳銃を取り出す。

 引き金を引く。銃弾は放たれた。


 しかし、それが意味をなすことはない。


 その程度の直線の攻撃は、今の歩美には通じない。半身をひねり、簡単に避ける。

 一点集中――一線集中――一面集中――全体集中。

 歩美は今現在、すべてを観ている。だからこそ、このときの状態の歩美は弾丸一つ如きでは止まらない。

 ボクはその間に歩美に追いつき、右助の目の前に立つ。


「やめろ歩美ちゃん!!」


 涙を浮かべる歩美。しかし――無表情。進撃は止まらない。

 宙がひっくり返る――否、ボクの視点がひっくり返った。一瞬にして、歩美にしてやられたことを理解した。ボクはすぐさま体勢を立て直し、再び歩美のあとを追いかける。

 歩美はすでに、右助の目の前。そして、本能による最適解をはじき出すように――最大威力のパンチを振るう。それは異常な集中力から発揮する最強の威力を持つもの。ボクシング選手でも出せない威力を一般人の歩美が放つのだ。異常すぎるとしか言えない。右助は何もしない――否、急展開すぎて反応が追い付いていない。右助は呆然と突っ立ったまま、歩美の拳を――ボクが右助を倒し、ボクがその拳を食らう。

 ボクは吹っ飛ぶ。殴られる場所は頬だと分かっていたから、頬に手を当てて、ある程度衝撃を吸収したつもりだが、それでも歯が欠けたのではと錯覚するほどに、痛い。


「あっ……」


 漏れる、歩美の声。

 ボクは歩美を見る。頬がヒリヒリするがそんなことは関係ない。

 歩美は泣いていた。表情も泣き顔に変化した。ようやく、正常になったようだ。最も、五年以上前のときの正常とは、だいぶ意味が異なるけど。


「僕をどうしようとしたんだ、歩美」右助は言う。拳銃を歩美の方に向けた。「回帰のように殴ろうとしたのか?」


 その瞳に、笑いは帯びていない。正真正銘、激昂している。


「手前が殺したんだろ! くそアマぁ!」


 右助はすでに拳銃のハンマーに手をかけていた。


「待ってください右助さん」ボクは言う。「右助さん、裏切り者はきっとあの爆破のときの生き残りの仕業です。ボクたちは『試験』が解決できないからといって、左助を殺せる人間ではないですし、ましてや仲間である涼を殺すことはできません。それに、あのような殺害ができるのは、ボクら三人の中で誰一人としていません」


 有原右助は、ボクの話を聞いてくれたのか、拳銃を構えることをやめた。

 そして、拳銃を手放して話す。


「そう……か。『奴隷』の生き残りか。あいつらなら、枷が外れれば十二分にあり得るな」


 ボクは右助のその表情――笑っていて、怒っていて、狂っていて、すべてがすべて、彼のあるがままになってしまうのではないのかと、そう錯覚してしまう右助の表情を見て、息が荒くなる。そのボクの表情を見てか、右助はボクの方を向いた。


「『奴隷』だよ、あいつら――ビルにいた奴らは。もう、全員殺したけど。でも、回帰――お前がそういうなら、きっと一人くらい生き残りがいるんだろうな。『奴隷』っつうのは賢いよな、僕のような主を殺そうとしたとき、突拍子のないことを思いつくものだ。半身を他者の半身と結びつけるなんて。よくやってくれたよクソ『奴隷』。最高の送りものだ。

 しかも、まだ残りの半身はないなんてな。怒りを積もらせてくれるな、『奴隷』野郎。絶対に捕まえて、『奴隷』時代よりも

酷い利用の仕方で、生かせてやる。

 それまで待ってろ『奴隷』。待ってなきゃ殺す。待っても殺す。何が何だろうと殺す。殺してやる。痛みという痛みを、苦痛という苦痛を、痛覚という痛覚を、地獄という地獄を、大地獄という大地獄を、闇という闇を、怖さという怖さを、恐さという恐さを、恐怖という恐怖を、異常という異常を、異様という異様を、異形という異形を、絶望という絶望を、下から上まで右から左まで底から頂まで味わわせてやるから待ってろ『奴隷』」


 ボクは恐怖するしかなかった。

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