十四話 娯楽会場


 右助の命令によって、ボクたち四人は娯楽会場という場所へ向かっていた。


「それで『ハイスクールの天才』は、どうして右助様方を怒らせたんですの?」


 軽蔑するような眼を向ける美華。


「ああするしかなかったんだよ。じゃないと、永遠と『試験』が続いていしまう気がしてさ」


 嘆息する美華。

 だけど、あの場合において、確かにそれが最適解だったように思えなくもない。最悪な場所にい続けるのは誰だって好きではない。それならば早く脱出するための選択を得るのは有りだ。


「…………ま、そういうことにして差し上げますわ。

 それにしても『試験』イコール『事件』だということに間違いはありませんの?」


 それはさっき言った涼の発言だ。

 涼曰く、『試験』イコール『事件』だと考えて問題ないらしい。


「大方、間違ってはいないだろうさ。飽くまで、大方だけど。

 でもそれだと矛盾が生じる」


「そうですわね。『事件』が起こる前に『試験』を終わらせた方が一人いる。これは不可解ですわ、不条理ですわ、不愉快ですわ」


 『試験』イコール『事件』


 この公式は存在しない。それは、凡人のボクだって分かっている。

 事件が発生する前に、事件を解決する人間なんていないのだから。


 もしも、有原兄弟が嘘をついているのならば、『試験』イコール『事件』と考えることもできる。その場合、今まで言ってきた左助のヒントは全て戯言となり、『試験』がかなり難しいものになるけど……。だから、ボクは左助のヒントは全て本当だと信じたいと思った。というか、涼がすでに左助の発現が本当だと言っていた。だから多分、左助の発言に嘘はない。


「っと、着いたようだな、娯楽会場」


 涼の声を聞き、ボクは眼前を、見た。

 あまりにも巨大なビルがあった。

 全面黒。

 窓はなく、中の様子は全く見えない。

 入口は一つのみのように見える。人一人が入れる程度の入り口しかない。

 まさにブラックボックス。中身の見えない箱。

 ボクたちは今、まさにこの見えない箱の中に入ろうとしている。愚かな行為だ。敵の考えに従うというのは。でも、こちらに拒否権はないのだ。『試験』の監督である彼らの命令は絶対だ。そうでないと、『試験』は合格できず願いは叶えられないし、なんなら殺される。


「入りますわよ」


 ビルの中に入る。原始的な松明が壁にあり、火が燃えている。等間隔に置かれていた。

 そして松明のお陰で見えたのは、長い長い直線の道のりが続く道のみ。

 歩く。曲がり角が見えた。一方向のみの、選択が強制される曲がり角。歩きの流れに乗って曲がる。再び直線。

 しばらく歩き、分かれ道に遭遇。

 ここから、どうすればいいんだろう?

 そういうときは、相談。うん、仲間に相談することが大事だ。


「これってどっちに曲がればいいんだ?」


「わたくしにも分かりませんわ。でーすーがっ! 一つ言えることは、やはりこのまま相手の思惑通りのままだと最悪な惨状を招きかねない、ということですわね」


「惨状を招く? それはないんじゃないかな? 『試験』が進むんだろ?

 『試験』が進展するなら、それに越したことは無いんじゃないか?」


「それが惨劇を招きかねないと言っているのですのよ、凡愚。

 確かに、相手の思惑通りに――指示通りに行動すれば『試験』の全貌が明らかになるかもしれない。しかし凡愚、それは人が死ぬことをキーにしている可能性は十全にあるのですのよ?」


「どうしてだ?」


 純粋に、疑問だった。どうして、『試験』の内容が明らかになることで、人が死ぬことが十分にあるのか、ボクには分からなかった。


「簡単ですのよ。今回、『試験』イコール『事件』にはならないにしても、『試験』と『事件』は類似している。それならば、『試験』の全貌が明らかになるとはつまり、『事件』が始まるのと同義だと考えても、あまり問題ないでしょう。そして、死人が出る可能性――殺人『事件』が起こる可能性は十全にありますわ。『ハイスクールの天才』もそう思うでしょう?」


「ああ、そうだな。だが、だからと言って――引き返す方が死人が出にくい――いや、違うか。引き返したほうが・・・・・・・・死人が出る・・・・・、実際、今現在その状況に陥っているだろ?」


「そうですわね。恐らく、どのようにしてかは分かりませんが、わたくしたちは引き続き監視されていると――そう考えた方が無難でしょう。引き返せば、『遊ぶ』ことはなかったと見なされて、きっと殺されるでしょう。――最悪ですわね」


 最悪――そう最悪なのだ、この状況は。『試験』に合格できない限り、この孤島に閉じ込められ、どうにもできない状況になっている。

 これを最悪と謂わず何と言えばいいのだろうか。

 このままでは、どちらにせよ死人が出る。

 逃れられない運命。袋小路。逃げ場は、ない。


「それでどちらに曲がりますの、この分かれ道? どちらにいけばいいのか示している目印などを見た方はいませんの?」


「目印じゃないけど」と、歩美は言い、「多分、どこに行っても変わらないと思う」


「……どうしてですの?」


「どこの場所に行っても嫌な予感しかしないから、かな。引き返すことを視野に入れたほうがまだマシなほどの、嫌な予感」


 歩美には、異常な危機察知能力がある。

 場所に対し、人に対し、物に対し――危機を感じられる特性がある。それは異常な集中によって相手の本質を見極められるからである。

 だけど、それをボクのために使うと、たいていの場合は不具合を起こすというか、過剰になり過ぎる傾向がある。だからこのとき歩美を除いた三人は、過剰になり過ぎた結果だと――この場所が異常故、歩美が不具合を起こしたのだと判断しただろう。


「歩美ちゃん、お気持ちは分かりますが、多分ここは引き返したほうが危ないですわ」


「そうなの? 分かった」


「じゃあ凡愚、適当に決めてくださいまし」


「……分かった」


 ボクは適当に左に決めた。漫画か何かで知った理論に従って、逆らわないように、抗わないように、左に決めた。

 そして再び四人は歩く。道は長い。そして今度は五方向もの分かれ道。一番左の場所に入ることに決めていたので、皆に相談も何もせずに、すたすたと歩いた。

 そしてまた分かれ道。

 一番左を選ぶ。

 歩く。

 そしてまた分かれ道。

 一番左を選ぶ。

 歩く。

 そしてまた分かれ道。

 一番左を選ぶ。

 歩く。

 そしてまた分かれ道。

 一番左を選ぶ。

 歩く。


 そして――道は広さを増し、ある会場が姿を見せる。

 それは、ただのボウリング会場。

 なんの変哲もない、ボウリング会場。特別なものも、摩訶不思議なものも何もない、会場。

 特徴があるのなら、あまりにも非常口が多い。それだけは、この四人全員が異常に思った部分だろう。これほど非常口があれば、安全――なわけがない。気休め程度しかない。この異常な島で、非常口があっても、気休めにしかならない。


「ここで遊べってことなのか?」


 ボクはそう言った。


「そう、なんだろうな」涼は言う。「ここで遊ばなければ、あいつらは人殺しをするだろう。もちろん、遊んだとしても、なんらかのアクションをあいつらが起こす可能性は十分あるが」


「そうですわね。きっと、これから最悪なことは起こるのでしょう。

 でーすーがっ、それに打ち勝つ力があれば問題ありませんわ!」


 そうだ、美華の言うとおりだ。こんな状況、いつだって打破してきたじゃないか。昔からも、そして今も。なら、今回だってどうにかできるはずだ。

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