十三話 理論超越、ネタミライセンス


 ビルの中――その中に有るのは機械程度だと思っていた。ボクは、そう勘違いをしていた。

 まさか、人がいるなんて…………。


「どういうことですの!?」


 美華も気が付いたようだ。


「言ってませんでしたか?

 僕たち――右助、左助、セバスチャン、両助にぃさん以外にも、有原小島のメインコンピュータルーム"だけ"は、人が――『奴隷』がいるということは?

 言ってなかったようですね。この場で詫びます。すいませんでした」


 有原小島。その場所は、あまりにも終わっている。ボクはそう再認識した。

 右助、左助、互いに、終わり過ぎている。

 こいつらを人間とは――呼べない。人を奴隷だといった。本当に奴隷と思い、あの十人以上の人間を最悪な破壊を行ったのだろう。少なくとも、日本人の考えとは呼べない。

 そして。

 左助と右助だけでもこれほど酷いが、何より有原小島という場所も終わっている。自然のみの場所に人工物が急に立ち上げられることはよくある話だけど、ここは群を抜くほどにそれが目立っている。そして先ほどの、未知の薬と言っても間違いのないほどの異物もある。あまりにもおかしい。こんな島に居続ければ、ボクはどうにかなってしまうだろう。おかしくなってしまうだろう。気持ち悪くなってしまうだろう。疲れてしまうのだろう。死にたくなってしまうかもしれない。終わってしまうのかもしれない――どうしようもない人間のように、どうしようもない人間になってしまうのかもしれない。


「――ネタミライセンス」


「…………えっ?」


 急に、左助は呟き、ボクはそれに反応する。


「今回の『試験』、タイトルを付けるなら、ネタミライセンスだぜっ! 肝に銘じておけよ!」


 妬み……ライセンス……? 『試験』のタイトルってなんだ? 一体左助は何が言いたい?

 そのように問おうとしたが、それは美華によって遮られる。


「謝罪はしなくていいですわ、右助様。それより、人がわたくし達以外にもいるというのは、どういうことですの?」美華は右助に問う。左助の話を無視して問うた。


 右助は答える。


「実はこの島――有原小島は、この環境を維持するには、外部だけに頼るだけでは不十分なんですよ。ですから、彼ら――『奴隷』はここにいた」


「そうですか。分かりましたわ」と、一度は言ったものの「でーすーがっ! 右助様はおっしゃりましたよね――有原小島で『試験』の邪魔を右助様方はしないと、そうおっしゃりやがりましたよね?」と言い続けた。

 …………『城』にいたときに、『試験』を行う際の禁則事項を確認してたのだろうか、美華は右助たちの行為が禁則事項なのだと言った。まあ、当然か。『試験』によって、目標が達成できるのだ。用心するに越したことはない、と美華は思っているのだろう。


「口調が変わるのは僕の弟と同じで、悪い癖になってしまいますよ『天才プログラマー』。まあ、貴方はまだお若いから直すことは簡単でしょうけど」


「話を変えないでくださいまし。

 わたくしは、右助様方は『試験』の邪魔をしましたか? と、そう聞いているのですわ」


「そう……ですね。邪魔をしました。しかしながら、今の場所は『試験』とは一切関りがありません。ですので、『試験』の邪魔をしてはいません。それに、ケガをしてしまった人折さんは治しましたし…………特に問題はないと思いますが…………」


「本当に、凡愚は治っているんですの?」


「ええ、治っていますよ。最も、本人に聞いた方がいいと思いますね。

 っていますよね、人折さん?」


「…………ってるよ」


「本当ですの? 治っていないのであれば、素直に吐いていいですのよ、凡愚。というか、今すぐ治ってないと言いなさい、凡愚」


「治っているのに治ってないって言うのはさすがに酷だぞ……」


 痛みがないのだ。これを治っていないというのは、あまりにも右助たちに酷いと思う。


「…………そうですの。では、仕方ありませんわね」


 肩をすくめ、溜息を溢す美華。


「貴方たちは」と右助は言う。「『遊び』をしないのですか? まあ、今日遊ばないのは自由ですが、それが続いてしまえば、僕たちは人殺しをしなくてはいけない。あまり、そんな真似はしたくないので、できれば自由気ままに遊んで欲しいんですけどね」


「自由……気まま、だと?」


 先ほどまで黙って状況を見ていた涼は、その言葉に反応して、冷徹に怒っていた。瞳に火を灯しているかのように、赤髪を燃やしているように、怒りを帯びている表情をしていた。


「どこが自由気ままだ? 行動を制限されて、監視されて、自由気ままにって、どれだけ俺たちのことを侮辱するつもりなんだよ。

 答えろよ、右助」


 その言葉使いは、少々荒く、本来であれば右助たちにそのような言葉使いはあり得ない。涼は、飛び級して海外の大学に行く――そのために、彼らとの『試験』を引き受けた。

 だからこそ、ある程度の理不尽があったとしても、黙るべきなのだ。それは、多分、本人が一番理解している。だけど、同時にこのような状況に陥っていることに嫌気がさしている。そんなところだろう。



「そんな気性を荒々しくするものではありませんよ、『ハイスクールの天才』。貴方は天才だ。だからこそ、完璧に『試験』を解けばいい」


「『試験』の問題は結局のところ教えてくれないんだろ?」


「ええ。ですが、『試験』の内容はおのずと理解できるはずですよ。特に天才ならば、凡人よりも早く理解できることでしょう」


「じゃあ、質問を変える。『試験』と『遊び』――その二つは何か関係しているのか? 俺はそこが気になる。『試験』と『遊び』なんて、本来、関係性はそこまでないんじゃないのか?」


「『遊び』がなければ『試験』は進展しない」


「何を…………言って…………」


 ボクも涼同様、右助が何を言っているか分からない。文脈をほぼ無視してそう言ったのだから、何を言っているのかわからない。

 右助は、急に、唐突に笑みを浮かべ、


「『遊び』というのは、中々感慨深いものでしてね。人間というのは、年を取ると些か『遊び』というのはしなくなる。

 もちろん、『遊び』というのは、君たちが言っていたメインコンピュータルームで何かをするでも『遊び』だ。だから、それが『遊び』ではない、なんて無粋なことを言うつもりはなかったんだよ。でもね、今回の『遊び』はある程度決まっているんだ。だから、十数人の『奴隷』たちには申し訳ないけど、死んでもらった。君たちが有原小島の大事な情報を知らないようにするために。そうしないと僕たちは君たちを殺さないといけない。だから、『天才プログラマー』の考えた『遊び』はなかったことにするよ。その代わりといってはなんだけど、新たな情報を――開示しよう。

 地図に娯楽会場というのがあるだろう? そこに行って、『遊ぶ』。そうすれば、『試験』は進展する。これは間違えようのないことだと、確約しよう。有原のお墨付きだ。間違いがあるはずがない――『遊び』をすれば『試験』は絶対に進展する。だからどうかな、君たち?」


「『試験』の進展…………」


 それに、涼は食いつく。


「そうです、『試験』が進展します。と言っても、今現在でも『試験』に合格できる可能性はありますよ。ただ、あまりにもヒントが少ないだけ且つ、問題を提示してないから君たちは困っている。そうでしょう? ならば、『試験』を進展させる他、ない」


「ああ、そうだな。それは納得できる。

 だけどな、右助。『試験』の問題というのは、飽くまで常識的な考えの範囲でいいものなのか? 俺は、どうしても気になるんだ。『試験』というのは、普通の試験ではない、ということは分かる。憶測でいいなら、『試験』という言葉は、『事件』という言葉と入れ替えても差異がない。右助と左助、お前ら二人は『事件』という言葉を、『試験』という言葉に入れ替えてる。違うか?」


 ……流石、涼だな。素直に感心する。

 推察力は恐らくボクら四人の中でトップだ。

 今の結論も、お得意の知識の貯蔵庫の中から様々な知識を取り出し体系的に形成して右助たちに実行し、導き出したのだろう。

 涼の強みは――『ハイスクールの天才』の強みは、圧倒的知識量と、その知識を体系的に結びつける力が超人をも超えるほどだ。そこだけを取り出せば、恐らくは人類最強。『ハイスクールの天才』とは揶揄されず、『知識の貯蔵庫ノーレッジボックス』と呼ばれる可能性もあるというのに。涼は天才でも貧乏くじを引きすぎていると、ボクは思った。


「…………」


「だんまり、というのは、肯定だぞ?」

 

「いえ、あまりにも的を射ているのに、僕にそのような質問を投げかけた。それってまだ、貴方の中で迷っている部分があるんですよね? それが少し面白くてですね。貴方は一体どこに引っ掛かりを覚えているんでしょうかね?」


「……それは、ある言葉が引っかかっているからだ」


「ある言葉、とは?」


「『試験』の指向性が分かる前に『試験』を合格した奴がいた。それがどうしても気になるんだ。『試験』イコール『事件』という置き換えができるなら、『事件』が起こる前に、『事件』を解決するなんて、あり得ない」


「そうですね。『事件』が起きる前に『事件』を解決することは本来であれば不可能」


「本来であれば不可能? それって、どういうことだ?」


「おっと、言い過ぎてしまいましたかね。

 以上で質問は打ち切りです。これ以上『ハイスクールの天才』と対立すると、すべての情報が吸い取られそうだ。


 僕にこれだけ情報を吐き出させたのは君が始めてだ、『ハイスクールの天才』。

 だから、僕たちも『試験』の進展を、強制的に促そう」そう言って、右助は、言葉を再び紡ぐ。「君たちは、今から娯楽会場に向かって、『遊べ』。これは命令だ。拒否権は――ない」


 そう言い告げられた。

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